163話 自立を
「それは、どういう……?」
言葉をそのままの意味で捉えていいのだろうか?
そうだとしたら、自立したいということになるが……
五大貴族の娘であるアレクシアが自立?
普通に考えて、望むことは後を継ぐことではないだろうか。
そんな俺の疑問に答えるように、アレクシアは苦笑しつつ言う。
「アルトさまはご存知だと思いますが、私の父は、少々過保護がすぎまして……」
「ああ……まあ、なんというか……確かに」
以前、アレクシアの父親と顔を合わせた時のことを思い返した。
失礼なことを口にしたくはないが、でも、過保護と言われても仕方のない態度だった。
「幼い頃の私は、お父さまの態度になにも違和感を覚えませんでした。むしろ、私のことを愛してくださっていると喜んですらいました」
「悪いことではないな。過保護ということは、逆に言えば、それだけアレクシアのことを愛しているということなのだから」
「はい。ですから、大して気にしなかったのですが……学院に入学して、その考えが変わりました」
「それは、どんな風に?」
アレクシアの考えていることを知りたい。
友達だからという理由もあるが……
それだけではない。
なにを思っているのか知ることができれば、俺の迷いを晴らしてくれるような気がしたのだ。
「私はなんて弱いのでしょう……そう思うようになりました」
「それはもしかして……セドリックの?」
「はい。あの時の私は、彼の強引な誘いに流されてしまいそうになり……それだけではなくて、助けてくれたアルトさまに恩を返すこともできず、逃げ出す始末。あの時ほど、無力感を覚えたことはありません」
そう言うアレクシアは、唇の端を噛んでいた。
とても悔しく思っているのだろう。
己の無力を歯がゆく思っているのだろう。
しかし、彼女が気にする必要はない。
悪いのはセドリックであり、アレクシアに非なんてものは一つもない。
逃げ出したことも気にすることはないと思う。
あの時は、俺も抵抗することができず、されるがままになっていた。
全部にあきらめていて……
ある意味で、現実から逃げていた。
同じようなものだ。
そう言うと、
「ぜんぜん違いますわ」
アレクシアが否定する。
「アルトさまは、なにもしていないということはありません」
「そんなことはないさ。俺はなにもできず、諦めていた」
「耐えていたではありませんか」
「え?」
思わぬ言葉をかけられて、驚いてしまう。
「私は伝え聞いただけなのですが……彼の嫌がらせに完全に屈することはなく、私のように逃げることもなく、その場で踏みとどまり続けた。耐え続けた。それは、とてもすごいことだと思います。少なくとも、私には真似できません」
「そう……なのだろうか?」
アレクシアはそう言うものの、俺の考えは違う。
抵抗することもできず、されるがまま。
それのどこがすごいというのか?
ただ、彼女は別の考えを持っているらしく、尊敬するような目をこちらに向ける。
「俺は別に……」
「大したことはしていない、ですか?」
台詞を先取りされてしまう。
「アルトさまがそう思っていたとしても、周りからはそう見えない、ということですわ」
「正直、わからないな……」
「とても強い心を持っていらっしゃる。それがアルトさまの魅力であり、力なのだと思いますわ」
やはり実感はできないのだけど……
しかし、そう言ってくれるアレクシアの想いはうれしかった。
「そんなアルトさまに比べて、私はどうなのか? 耐えることもできず、逃げ出して……恩を返すことすらしていない。そんな自分がとても情けなく思いました」
「それは……」
「仕方のないこと、とアルトさまはおっしゃるかもしれませんが、私はそうは思いませんでした。お父さまや周りに甘えてばかりで、自分で立ち上がるということを忘れていたと思います」
そこで一度言葉を区切り、アレクシアはまっすぐにこちらを見た。
そして、胸に抱く熱い想いを伝えてくるかのように言葉を紡ぐ。
「アルトさまを見て、アルトさまのようになりたいと思い……私は、強くあろうと決めたのですよ?」
「そう……なのか」
「はい、そうなのです」
茶目っ気を出して、アレクシアが小さく笑う。
「どのような状況になろうと、決して諦めないように。何度でも立ち上がることを目標として、私は戦い続けようと決意をいたしました。エルトセルクさんのお母さまに稽古をしていただいたのも、そのためです。まだまだ力が足りていないと感じたから……もっと強くなりたいと思ったから。ですから、私は前に進むのです」
「……なるほど」
アレクシアは、俺のことを強いと言うが……
そんなことはない。
この強い想い、まっすぐな心。
それは、アレクシアが本来持つ、彼女自身の力なのだろう。
そうでなければ、途中で折れてしまうだろう。
こんなところまで、ずっと続けることはできないだろう。
彼女の心の強さがうらやましいと思う。
良い話を持ちかけられて迷う俺とは大違いだ。
とはいえ、自身を卑下してばかりもいられない。
アレクシアは、こんな俺のことを憧れていると言っている。
それならば、その期待に応えられるようにならなければ。
彼女の憧れにふさわしい成長を遂げなければ。
そうすることが、男というものだろう?
「ありがとう、アレクシア」
「なぜお礼を……?」
「色々とあって、迷っていたことがあって……でも、アレクシアの話を聞いて、少し考えが晴れたから」
「そうなのですか……私でよければ、お話を聞きますが?」
「そう、だな……」
いっそのこと、相談してみるのもアリかもしれない。
どうするか?
「……あぁ、そうだ」
あれこれと考える中で、ふと、もう一つの疑問が思い浮かぶ。
この際だ。
せっかくなので聞いてみることにしよう。
「悩みとは関係ないのだけど、もう一つ、聞いてもいいか?」
「はい、なんなりと」
「アレクシアは、どうして竜騎士になろうと?」
五大貴族の娘。
おしとやかな性格をしていて、争い事には向いていないと思う。
それなのに、なぜ、竜騎士になろうと思ったのか?
なぜ、学院の門を叩いたのか?
今になって、そのことが不思議に思えてきた。
「知りたいですか?」
「できるなら」
「そうですね……なら、一つお願いがあります」
アレクシアはにっこりと笑い、顔を近づけて言う。
「私とデートをしてください」
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