119話 願うことは?
「「っ!?」」
アベルの自己紹介に、俺とユスティーナは驚き顔になる。
大きな声を出さなかったのは、単なる偶然。
心の中は大きくかき乱されるほどに驚いていた。
「……今、なんて?」
もしかしたら、聞き間違いかもしれない。
なにかしらの間違いかもしれない。
そんなことを思い、念の為に聞き返すのだけど……
「僕、犯罪者なんだ。フィリアでは背教者って呼ばれていて、そこそこ有名なんだよ」
間違いなんかではなかった。
確かに、アベルは背教者と名乗った。
「それは……本当のことなのか?」
「もちろん。って……あ、しまった。証拠とかないんだよなぁ……まいったな。僕が背教者であることの証明って、なかなかに難しいんだよな。どうしよう?」
「いや……信じよう」
こんなウソをつく必要がないというか……
そもそも、こんな子供が背教者などというウソをつくことはできない。
ククルの話通りならば、背教者の情報は機密扱いだ。
俺達は、ユスティーナの関係者でククルの協力者ということもあり知らされているものの……
間違っても一般に出回るような情報じゃない。
ましてや、こんな子供が知るわけがない。
「っ!」
隣の席のユスティーナが、いつでも戦闘に移行できるように身構えた。
それを見て、アベルが苦笑する。
というか……ユスティーナが戦闘態勢に移行したことを、よく見抜いたな?
最小限の動きによるものだから、普通は気づかないものなのだけど……
「そんなに警戒しないでほしいな。僕は、今日は争う意思はないんだ」
「その証拠はあるの?」
「ないけどね。でも、そのつもりなら、不意打ちでアルトさんやあなたを襲うこともできた。でも、そうすることはしない」
「……」
「そんな僕なりの誠意を汲み取ってほしいんだけど……それとも、竜はそんなこともわからないくらい愚かなの?」
「……アルトに変なことをしようとしたら、一撃で吹き飛ばすからね」
ユスティーナは戦闘態勢を解除して、テーブルの上のジュースを口にした。
ただ、警戒は解いていないらしく、ピリピリとしたものを感じる。
そんな時、料理が運ばれてきた。
ピリピリとした雰囲気を感じ取り、店員はおっかなびっくりとした様子ではあるが……
何事もなく配膳が終わり、俺達の前に料理が並べられる。
「まずは食べようか。僕、お腹ぺこぺこなんだよね」
「むう……毒が入ってるとか、そういうことは?」
ユスティーナは疑いを持ち続けている様子で、すぐに料理に手を付けようとしない。
ただ、香ばしい匂いに食欲をそそられているらしく、とても物欲しそうな顔をしていた。
「安心してよ。ここは、本当に適当に選んだ店なんだ。僕の仲間が関わっているとか、そういうことはないよ。って、まあ、同じセリフの繰り返しになるんだけど、それを証明する術はないんだけどさ」
「……いただくよ」
「アルト!? そんな、もしも毒が入っていたら……」
「たぶん、大丈夫だ」
「どうして、そう言い切れるの?」
「……勘かな」
アベルは普通の子供には思えなくて、どこか大人びたところを感じる。
他に、普通の子供からは感じることのできない、異質な雰囲気がする。
でも……不思議と、悪意の類は感じられない。
俺たちを害するとか騙すとか、そんな雰囲気は欠片もない。
まあ、演技の達人と言われれば、それでおしまいなのだけど……
判断材料が少ない今、俺は、自分の勘を信じてみようと思う。
そもそもの話、信じないことには話が進まない、という問題もあるのだが。
「うんうん、いいねー。勘! それだけで僕を信じるアルトさんのことは、好きだよ。あ、バカにしてるわけじゃないからね? 勘違いさせたらごめん。僕としては、本気でアルトさんのことを褒めているんだ」
「……それはどうも」
話しづらい相手だ。
なにを考えているのか? 本心がどこにあるのか?
まったく把握することができない。
「それで……?」
料理を口にしながら、問いかける。
「というと?」
「今日、俺を呼んだのは、単純に昨日のお礼っていうわけじゃないんだろう?」
「なら、なんだと思う?」
アベルは楽しそうな顔をして、逆に問い返してきた。
隣のユスティーナがイラッとした顔になる。
たぶん、彼女にとってアベルのような性格をした子は、根本的に相性が悪いのだろう。
このままだと、ユスティーナが暴れ出しかねないので……
とにかくも話を進めることに。
「……自己紹介、かな」
「へえ」
アベルが感心したような顔になる。
「どうして、そんな風に思ったのか聞いてもいいかな?」
「アベルが言うように、戦うような意思はないと思う。それなら、不意を突けばいいだけだからな」
「うんうん、それで?」
「もちろん、単純にお礼をするだけとは思えない。それなら、背教者なんてことを明かす意味がない」
「なるほどー」
「アベルは俺たちの前にわざわざ姿を見せて、背教者と名乗った。そこから考えられることは、いくつかあるが……自己紹介の可能性が高い、と考えた。特定の犯罪者に見られる、自己顕示欲故の行動だ」
そんなことを、以前、座学で学んだ覚えがある。
「ふむふむ……まあ、だいたい合格でいいかな?」
「だいたい、っていうことは当たりでもあり外れでもある?」
「そういうこと」
アベルは子供のように無邪気に笑う。
いや、まあ……実際に子供なのだから、今の表現はおかしいのかもしれないが……
ことアベルに限ると、子供のような、という表現はおかしく感じるんだよな。
こうして相対していると、たまに、とんでもなく年上に感じる時がある。
まあ、ほんの一瞬だけではあるのだが。
「僕のことで、アルモートとフィリアの上層部が動いているみたいだけど……正直なところ、彼らは眼中にないんだよねー」
「眼中にない……? 竜騎士と聖騎士が動いているのにか?」
「戦力としては相当なもの……それは、もちろん理解しているよ。でも、ただ強いだけじゃ意味がない。力で全てが解決するなら、僕なんて、とっくに捕まっているからね」
なるほど、とつい納得してしまう。
アベルの言葉は、ある意味で正しいような気がした。
「僕たちの敵になりそうな人は、竜騎士や聖騎士なんかじゃない。ズバリ……アルトさん、あなただよ」
「俺……?」
「まるで自覚がない、っていう顔をしているね。やれやれだねー。アルトさん、もうちょっと自分のことを把握した方がいいよ? 今まで、何度も何度も僕たちの計画を潰してきたじゃないか」
ということは……
一連の事件、全てにアベルが絡んでいる、ということか。
そんなことを俺に教えていいものか? と訝しむけれど……
たぶん、上層部はすでにその情報を掴んでいるのだろう。
アベルはそのことを予想していて……だからこそ、簡単に情報をこちらによこしたのだろう。
見た目は子供だけど、なかなかに食えない相手のようだ。
頭の回転が早い。
「そんなわけで……改めて、自己紹介をしようか」
アベルは席を立ち、優雅に一礼してみせる。
「僕は、アベル。名字は捨てた。反竜組織『リベリオン』の幹部を務めているよ」
「……『リベリオン』……」
それが、俺たちの敵の組織の名前か。
初めて、その名前を耳にした。
いったい、どれだけの規模の組織なのか?
今、なにを企んでいるのか?
そして、最終的な目標はどこに設定しているのか?
色々な疑問が生じて、それをアベルに尋ねてしまいたくなる。
が、さすがにそこまで丁寧に答えてはくれないだろう。
「今日、俺たちの前に姿を見せたのは、自己紹介をするだけじゃないんだろう? なら、本題に入らないか?」
「うんうん、アルトさんは話がわかるねー。やりやすくて助かるよ。あ、そうそう。隣のお姉さんも抑えてくれると、助かるかな」
「隣……?」
言われて、ユスティーナのことを忘れていたことに気がついた。
隣を見ると……
「お、おいっ!?」
ユスティーナは、文字通り目をギラギラと輝かせて、攻撃の一歩手前のモードに入っていた。
目の前で堂々と反竜と言われたことで、相当頭に来ているのだろう。
まあ、それも仕方ないが。
ユスティーナからすれば、「お前のこと嫌いだから」と言われたようなものだからな。
「お、落ち着いてくれ。こんなところで暴れるのは、いくらなんでもまずい」
「うぅー……でもでもぉっ!」
「えっと……我慢したら、あとで俺のできる範囲でなんでも一つ、お願いを聞くから」
「ホント!? なら、我慢する!」
わりと扱いやすい子だった。
うまくいってなによりだが、しかし、これでいいのだろうか……?
「……これでいいか?」
「あはは。アルトさん、ずいぶんと困っているんだね」
「言うな」
なぜ、敵に同情されなければいけないのか?
「それで……本題は?」
「ああ、そうそう。あまりにおもしろいから、ついつい忘れるところだった。いけないいけない」
てへ、とアベルは舌を出してみせる。
こうして見ると、ただの子供なのだけど……
そんな簡単な相手ではない。
どのようなことを口にするか?
どのような目的、野望をいだいているか?
しっかりと見定めなければならない。
「僕がこうしてアルトさんの前に姿を見せたのは、とある提案をしたいからなんだ」
「提案?」
「僕たちの仲間になってくれないかな?」
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