109話 背徳者
アベル。
男。
12歳。
聖フィリアの商人の息子として生を授かる。
明るく優しい子供で、幼少期はなにひとつ問題なく過ごしていたという。
人生のターニングポイントが訪れたのは、彼が6歳の頃。
父親、母親、生まれたばかりの妹、叔父叔母、従兄弟などの親族……
その全てが死んだ。
なにが起きたのか、未だ明らかにされていない。
事件は未解決。
迷宮入りとなっている。
そして……
その日、アベルは姿を消した。
それから6年後。
国に仇なすテロリストとして、背教者として。
再び表舞台に立つことになった。
――――――――――
「そんなヤツが……」
ククルから話を聞いた俺は、なんともいえない声をこぼした。
思っていた以上に壮絶な話だ。
背教者を追うというククルの任務もそうだけど……
そのターゲットが、まさか、12歳の子供だなんて。
「でも、そいつ12歳のガキなんだろ? わざわざククルが出る必要あるのか?」
「グラン、それは浅慮というものだよ。子供だろうが大人だろうが、罪を犯す。そのレベルは正しく測ることはできず……いや、むしろ、子供だからこそ凶悪な犯罪に手を染めるのかもしれないね」
「テオドール殿の言う通りであります。アベルはまだ子供。それ故に、善悪の判断がしっかりとついておらず、平然とした顔でとんでもないことをするのであります」
正直なところ、俺たちはピンと来ていないが……
フィリアでは、名の知れた恐ろしい犯罪者なのだろう。
一切余裕のないククルの表情が、事の深刻さを告げていた。
「でも、フィリアの犯罪者がどうしてウチに?」
「しかも、学院に入学までするなんて……もしかして、なにか関わりが?」
ジニーとアレクシアの疑問はもっともだ。
フィリアの犯罪者が、なぜアルモートに?
一見すると、特に関係ないように思えるのだけど……
「アベルが所属している組織は……反竜を掲げるテロ組織なのです」
「反竜の……? なぜそんなところに」
「それはわからないのであります。アベルの6歳までの情報は簡単に集められるのですが、それ以降は極端に難しく、まるで雲を掴むような話で……情けない話であります。聖騎士が一人の子供に振り回されるとは」
ククルががくりとうなだれる。
それなりに責任を感じているみたいだ。
ただ、ククルのせいなんてことはない。
当たり前の話だが、犯罪者の方が悪いに決まっている。
それなのに、自分の責任と感じてしまうなんて……
出会った頃から思っていたが、ククルは少し、気負いすぎるところがある。
どうにかしてやりたいとも思うが、おせっかいとも言い切れず……
今はなにもできないでいた。
「っていうことは……アベルっていう犯罪者が、アルモートに来てて、なにか企んでいる……っていうこと?」
「その通りであります」
ジニーの疑問に、ククルが頷いてみせた。
「なにを企んでいるのか? そこは、なんともいえないところなのですが……アベルがアルモートに入り込んだことは、ほぼほぼ間違いないと思っています。だからこそ、自分が派遣されたのであります」
「それはわかりますが、でも、どうして学院に?」
「それは……」
ククルが迷うような顔を見せた。
簡単に口にはできないような内容なのだろう。
「俺たちを信じてくれないか?」
「アルト殿……」
「なにか大変なことなんだよな? 多くの人が知ったら混乱が起きるような、そんなことなんだよな? 決して口外しない。それに、ククルの力になるとも約束する。人手は多い方がいいだろう?」
「そうそう、あたしたちでよければ協力するわよ」
「ええ。ぜひ、力にならせてください」
「……ありがとうございます」
みんなの気持ちを受け取り、ククルはわずかに目を潤ませながら、頭をぺこりと下げた。
「実は……予告状が届いたのです」
「予告状?」
「『アルモートの未来を潰す』というような内容でした。具体的なことは書かれていませんでしたが……未来という単語から、竜騎士を育てる学院が狙われるのでは? という意見が出まして……」
「それで、ククルが派遣された……と?」
「はい、その通りであります。もちろん、候補は学院以外にもあります。他にも、数人の聖騎士、数百名の騎士がアルモートに派遣されています。アルモートの憲兵隊、竜騎士と連携して警戒を強めています。もちろん、全てを信用することはできず、自分たちの目を逸らすための陽動であるという可能性もありますが……」
「それ、けっこうやばそうだな……」
「バカ兄さん。十分に大事なのよ」
ジニーの言う通り、かなりの事件だ。
なにしろ、テロ予告だからな……
そんなものが発生したら、どれだけの被害が出るか。
また、事件を許してしまった場合、相手が調子に乗ってしまうという可能性もある。
その結果、さらなる事件が誘発されてしまうことも。
一見すると、アルモートは平和のように見えていたが……
まさか、裏でそのような事件が起きていたなんて。
「っていうか、そんなことが起きてるなら警報とか出した方がいいんじゃねえか? 備えることができないと、あぶねえだろ」
「グランの言いたいこともわからなくはないが、それはオススメできないね。パニックになる恐れがあるし、疑心暗鬼に陥り、いらぬ事件を招く可能性もあるからね」
「公表するとしたら、事件を完全に特定したからだろうな。あるいは、解決してからか……どちらにしろ、今は無理だ」
「そうなのであります。それに、予告されている日は一ヶ月後で……それを信じるならば、という前提がありますが、今はまだ問題はないと思うのであります」
一ヶ月後……初秋の辺りか。
確か、学院では竜友祭が開かれる時期だ。
竜友祭というのは、学院で開かれる祭りのようなものだ。
生徒たちが中心になって準備して、行われる。
店などを出したり、見世物などを開いたり……
本物のお祭りと変わらない騒ぎになると聞いている。
「自分は、あらかじめ学院に入り、内部から情報を集める役目を与えられまして……しかし、学院は不慣れなのであります。また、人手も足りず……」
ククルがビシッと背を正して、まっすぐにこちらを見つめてきた。
それから、深く深く頭を下げる。
「お願いするのであります! どうか、自分に力を貸してください! みなさんを危険に巻き込むことであり、決して褒められたことではないのですが……しかし、しかし、どうか平和を守るために!」
フィリアとしては、自国の犯罪者がアルモートに迷惑をかけるのを避けたいのだろう。
下手すれば外交問題だ。
故に、全力で阻止したいと思っているのだろう。
しかし、ククルが動いているのは、それだけじゃない。
アルモートに暮らす人々のことを心から心配して、平和を守ろうとしているのだ。
そんなこと、なかなかできることじゃない。
「ありがと」
この場のみんなの気持ちを代表するように、ユスティーナが優しい顔で言う。
「この国の人を……ボクたち竜の友達の心配をしてくれて、ありがと。すごくうれしいよ。その問題は、ボクたちの問題でもあるから、もちろん、協力させてもらうよ」
「ユスティーナと同じく、俺にできることがあるなら、なんでもやるつもりだ。遠慮なく言ってほしい」
他のみんなも同じようなセリフを口にして、協力を約束する。
「いいので……ありますか?」
「もちろんだ。俺たちは……友達だろう? 困った時は、助け合うのが当たり前だ」
「っ……!」
ククルは小さく息を吸い、
「ありがとうございますなのですっ!」
にっこりと笑うのだった。




