101話 追い抜いて、追い抜かれて
それは熊のような姿をしていた。
大きさは、5メートルくらいだろうか?
巨大ではあるが、異常というほどではない。
よく育てば、普通の熊でもこれくらいになるかもしれない。
ただ、体毛の代わりに、剣のような鋭い刃が全身に生えていたり……
顎が縦に避けていて、その部分に、びっしりと牙が生えていたり……
両手はありえないほどに肥大化していたり……
一目見て、普通の熊でないことがわかる。
熊型の魔物だ。
「こいつは……」
「ゲンさん、知っているんですか?」
「近くの森を縄張りとする、主だ。定期的に暴れ、大きな被害を出しているが……くっ、まさか、主が絡んでいるなんて。なんてタイミングの悪い……」
「こんなことを言うのもなんだけど、そんな奴を放っておいたんですか?」
「見てわかるだろう。手に負える相手じゃない。騎士も返り討ちにするほどの相手だ。俺たちにできることは、身を隠し、やり過ごすことだけだ」
俺が村にいた頃は、主の話なんて聞いたことがない。
つまり、ここ数ヶ月の間に、他所から渡り歩いてきたのだろう。
強い力を持ち、昔から住まう魔物などは、時に信仰の対象となるが……
今回は、そんなことはない。
ただただ害を振りまくだけの邪魔な存在だ。
ならば、迷うことなく排除することができる。
俺は槍を構えた。
合わせて、ユスティーナは拳を構えて、アレクシアは魔導書を開く。
そんな俺たちを見て、ゲンさんが慌てる。
「お前たち、まさか、主と戦う気か……? バカな真似はよせっ、普通の者が敵う相手じゃない!」
「こういうような場面で逃げないために、戦うために、俺は学院に通っている」
「アルトさまと同じく、私も逃げるようなことはいたしません。ここで逃げれば、村に被害が及ぶかもしれませんし」
「というか、逃げる必要性を感じないよねー」
ニヤリと不敵に笑いつつ、まず最初にユスティーナが飛び出した。
見たことのない魔物だから、まずは自分が様子を見る、という思惑なのだろう。
ユスティーナなら、滅多なことで遅れをとることはない。
森の主と呼ばれている魔物は、猛禽類が赤子に見えるほどの迫力があるが……
ただ、ノルンと戦った時ほどの危機感はないし、ククルほどの圧もない。
これなら問題はないだろうと、まずはユスティーナに任せることにした。
「ほい、っと!」
主が雄叫びを響かせながら、巨大な手でユスティーナを押しつぶそうとした。
しかし、ユスティーナは片手で受け止めてみせる。
圧力に押されて足が地面に沈むけれど、それだけだ。
涼しい顔をするだけで、ダメージを受けている様子は欠片もない。
さすがというべきか。
「えい!」
ユスティーナは主の手を払いのけると、バックステップを踏んだ。
そこから、軽くジャンプして、強烈な回し蹴りを放つ。
ゴガッ! という鈍く大きな音がして、主の肩の骨が砕けるのが聞こえた。
「アルト、後は任せてもいい?」
「問題ないが、ユスティーナは?」
「あっちの魔物が、このドサクサにまぎれて逃げそうだから、仕留めてくる」
犬型の魔物がじりじりと後退するのが見えた。
「わかった、任せてもいいか?」
「オッケー!」
ユスティーナはにっこりと笑うと、犬型の魔物を追いかけ始めた。
頼りになる。
「アレクシア、俺たちでコイツをやろう」
「はい、わかりましたわ!」
アレクシアは魔導書に魔力を込めた。
それに反応して、ページがパラパラと勝手にめくれる。
ある地点で止まり、魔導書を主に向ける。
「紅の三撃!」
火竜のブレスのような、強烈な炎が迸る。
それが3回。
主の巨大な体を覆い尽くすように、灼炎が走り、唸り、炸裂する。
主は大きな体を炎から逃がすようにしつつ、悲鳴をあげた。
強靭な毛皮や刃に覆われているものの、熱をカットすることはできないようだ。
悶え、苦しんでいる。
「アルトさま、今ですわ!」
「ああ!」
アレクシアは、さらに追撃の炎を放つ。
主は顔をかばうようにして、体勢を低くした。
そのせいで視界が半分ほどふさがれて、動くことができなくなっている。
もちろん、その隙を見逃すようなことはしない。
槍を手に駆けて、一気に距離を詰める。
「グァッ!!!」
主が咆哮を響かせて、地面ごとすくいあげるように、その豪腕を振るう。
視界が半分塞がれていても、俺の接近は探知できたらしい。
体をじたばたとさせるようなデタラメな攻撃ではあるが、その威力は申し分ない。
当たれば骨が砕け、最悪、死んでしまうだろう。
だから、当たらないようにした。
竜の枷を受けていたことで得た特殊能力を発動して、一時的に身体能力を引き上げる。
高く跳び上がり、主の攻撃を避けた。
間髪入れず、第二撃が飛来する。
さきほどの攻撃は右手。
今度は左手を使い、宙を跳ぶ俺をはたき落とそうとする。
宙にいる俺は逃げる術を持たない。
さすがに、空気を蹴るとか空を走るとか、そんなトンデモ技は身につけていない。
なので、受け止めることにした。
「はぁっ!」
俺をはたき落とそうとする主の手の平に、まずは槍を突き刺した。
そのまま両足を揃えて、空中で、主の手の平に着地をする。
もちろん、そのまま地面に叩きつけられたら終わりだ。
なので、早々に槍を引き抜いて、主の手の平を蹴り、再び跳ぶ。
主の顔は目の前。
ここまでくれば、もう勝負はついたようなものだ。
刃が突き出ていて、ウニのような体をしているものの、攻撃が通るポイントはしっかりと存在する。
それは……目だ。
竜などは、目も鋼鉄のように固いが……
そこらの魔物に同じような特性なんてあるわけがない。
俺は正確無比に目を狙い、槍を繰り出した。
刃が突き刺さり、さらに槍を押し込む。
そのまま頭の深くまでを貫いて、脳を破壊した。
ビクンッ、と主は一度だけ体を震わせると、そのまま巨体を地面に倒した。
「ふう」
槍を引き抜いて、小さな吐息をこぼした。
力だけはある魔物だ。
空中でのやりとりで失敗していたら、潰されていただろう。
そのことを思うと、少しだけ肝が冷えた。
「アルトさま、さすがですわ!」
アレクシアが笑顔で言う。
ただ、ちょっとだけ微妙な顔をしているような気がした。
気の所為だろうか?
「まさか、本当に主を倒してしまうとは……」
呆れているような感心しているような、そんな複雑な顔をゲンさんが見せた。
ゲンさんは、ユスティーナと一緒に周囲の魔物を掃討していたらしい。
その腕前はさすがの一言で、ゲンさんの周りには魔物がいくつも倒れていた。
「強くなったな、アルト」
「え……?」
「いつまでも子供のように思っていたが、そんなことはなかった。いつの間にか、俺を超えていて……本当に強くなったな」
「……ゲンさん……」
兄貴分のようなゲンさんに認めてもらえる日が来るなんて。
うれしくて。
ちょっと照れくさくて。
そして、一歩、前に進むことができたような気がして。
「アルト」
「はい」
俺は、ゲンさんとハイタッチを交わすのだった。
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