魔神と不意打ち
切り札を使うことも考慮する。
とはいえ。切り札は強力だがそれ故に制限があるため、早々に切ってしまうのは惜しい。できれば制限がなくて現在最強である魔神ソウル“最終形態”で倒したい。
……とはいえきっついな!
流石にトッププレイヤーと呼ばれるだけはある。俺も戦闘力に関しちゃ負けてはねぇと思っていたが。
「流石にやりやがる!」
「そっちもね」
俺の猛攻を防ぎつつ隙を作れば剣で切りかかってくる。堅実で俺の嫌いな戦い方と言ってもいいが、実際相対してみるとなかなかにやりがいのある戦いだ。
俺は根っからの喧嘩好きなので、拳と拳で語り合う、みたいなのが性分だ。こういうまともな戦い方は苦手だった。
「アスラブースト!」
ただでさえ圧倒的身体能力を誇っている“最終形態"でありながら、高速移動を行う。俺の視界がブレてセイアの背後を簡単に捉えられた。しかしここの対応の早さは流石だ。
「ディフェンスウォール」
静かに呟いたセイアの言葉に応じて殴りかかる俺の拳の前に障壁が築かれる。拳一発で砕け散ってはくれたが、最初の一発は止められてしまった。その間にセイアは俺に向き直ってくる。……チッ。俺の考えそうなことは読まれてるか。
「八往斬ッ!」
今後はセイアが攻撃してくる番だった。左上から右下へ斜めに切り込んだ後に剣先を移動させて左下から右上へと切り上げる技だ。だが俺の目には剣の軌道は見えているので、紙一重で二回共避けてやった。そこで俺は一旦距離を取る。
「……魔神ソウル“最終形態”。厄介な力だ。一撃一撃がスキルを使った時のような威力で、こっちがスキルを使っても回避される。君が回復を持っていなくて、本当に良かったよ。回復されていたら確実に勝てなかった」
「まるでもう勝ちが見えてるような言い草だな」
セイアは俺よりも先への見通しができる。おそらくこいつには俺を打倒するビジョンとやらが見えているはずだ。……しょうがねぇか。これは切り札を切る他ねぇ。じゃなきゃ、俺はここで負ける可能性が高い。
「もちろん。このままいけば、だけど。まだ君には切り札があるんじゃないかと睨んでる。そして、その切り札があったとしても勝てると踏んでいる」
目は真剣そのモノだ。つまり俺がこれからどう戦おうが勝てるという自信があるらしい。だがそれは、セイアの発想から外れなければ、の話だ。
「……なるほどな。じゃあ仕方ねぇ。とりあえず切り札の一つでも切るしかねぇなぁ」
言って俺は構えを解く。
「……なにをしてこようとも対応できるという自負はある。――天威顕現、明星を見よ」
セイアがなにかを呟くと、ヤツの全身が光り輝き始めた。眩しい。
「これが現在最大の強化だ。容易く破れると思うなよ」
今まで研鑽を重ねてきた自負を持って、光を放つ聖騎士が立ち塞がる。今まで以上に攻撃力、防御力共に上がるのなら確かに、俺が今以上の強化を持ってしてもこのまま押し切られる可能性が高いか。
しかし真正面から戦えば、の話だ。
「……なるほどなるほど。確かにあんたにも強化がある分、俺が強化しようと押し切られる、か。ただまぁ、そりゃまともに戦えばの話だな」
「なに?」
俺の言葉にセイアが眉を顰める。
そう。俺がこれから使おうとしているのは、まともな戦いにならない、させないためのモノだ。セイアが相手ならより効果的になる。
「さぁ、目ん玉ひん剥いてよく見とけよ。これが俺の新たなフォルム! ――魔神ソウル、“真幻形態”!!」
唱えると俺の姿が変化していく。“最終形態”は順当な強さだけを極めた形態だ。この“真幻形態”ってのは敵を蹂躙するための形態。
視界にいるセイアが小さくなっていく、いや俺の身体が大きくなっていく。両腕の肘から先には黒い毛が生え、両足の膝から下も同様になる。衣服やなんかは必要なく、灰色の肌を盛り上がった筋肉が押し上げる。両手足の爪が鋭く伸びて尻の少し上辺りから蜥蜴やなんかと同じ先にいくに連れて細くなる尻尾が生えた。背中の肩甲骨の辺りから蝙蝠のような黒翼が生えてくる。顔は確か牛に近かったかな。捩じれた黒い二本の角と唯一赤い瞳もあるだろう。
「……な、な……っ」
セイアが驚きの余り口を大きく開けたまま現れた巨大な怪物――俺を見上げている。
「はははっ! いいだろこの姿、悪魔っぽくてよ」
「な、なんだその姿は! 巨大化するなんてありか!?」
「なんでもありだ。ゲームだしな」
力が湧き上がってきて、矮小なセイアを踏み潰してやりたい衝動に駆られる。俺は十メートルもある身体で屈み込む。
「あー……。セイア? そんなちっちゃぇ剣で敵うとでも?」
「うっ……」
俺の言葉に彼がたじろぐ。そんな彼を徐に引っ掴んだ。
「くっ! は、離せ!」
「やだよ。さて、蹂躙の時間だぜ」
俺はにやりと笑い、立ち上がると握ったセイアを思い切り上空へと放り投げた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!?」
投げ飛ばされた、なんて生易しいモノじゃない空気抵抗を受けて絶叫するセイアに飛翔して追いつく。
「ほらほら、抵抗しねぇと終わっちまうぜ?」
「無理を言うな。悪魔か!」
「残念魔神だッ!」
俺は上空に投げたセイアの身体を両手を組んで上から叩き込み、より強い勢いでセイアを地面へと叩きつけた。この形態は攻撃の伸びがえげつないので、セイアのHPがごっそりと削れた。自動回復も追いつかないほどだ。
「おらぁ!」
俺は地面に叩きつけた彼へと急降下し、踏みつける。悪足掻きではあったが剣を立てられたせいで足に刺さってしまう。おっと。まだ抵抗する力は残ってたか。
「……どうやら、僕の負けのようだ。でもその力、最初から使わなかったのは防御力が著しく落ちるからか。次は、破る」
最後の足掻きをされたせいでこの形態の弱点に気づかれてしまった。だから切りたくなかったんだよ。
「けっ」
俺は吐き捨てると、もう一度足を振り下ろしてセイアのHPを真っ白にした。
そう。この形態は魔神とはどういう姿かを想像した上で真の姿はこれだ! というような姿形を再現したモノだ。要は実はとんでもねぇ化け物だった、という形態だ。この姿になると攻撃能力と身体能力がバカみたいに上がるが、変わりに防御の能力がなくなる。0になるのだ。物理も魔法も例外なく0になる。だから蹂躙するための形態とは言ったが大人数相手では使用できないという欠点がある。
とはいえ単体ならこれこの通り。
「よし、勝っ――」
悪足掻きのせいでHPがごっそり持っていかれたが、それでも勝ちは勝ち。トッププレイヤーの一人を下したという達成感に包まれてガッツポーズすると、ずぶりとなにかが腹部に刺さった。
「……あ?」
思いがけない事態に唖然として自分の腹から突き出た剣を見下ろす。
「いやぁ、ラッキー。瀕死状態のプレイヤーがこんなとこで見つかるなんて、なっ」
背後から聞こえてきた声には聞き覚えがあった。というか今回のイベントで最大の敵認定した――
「リューシンッ!」
振り返った俺の視線の先には、間違いなくリューシンが立っている。
「どちら様か知りませんが。ポイント、ありがとうございまーす」
「てめえ……!」
明らかにわざと挑発してやがる。HPが0になり消え去るだけの俺の凄みなんか見ちゃいない。
「てめえ、絶対叩き落してやっからな!」
「できるもんならいつでもどーぞ」
俺の宣戦布告にも笑って返してくる。そこで、俺の意識は途切れてしまう。
こうして俺はイベント初のデスペナルティを受ける羽目になるのだった。




