魔神と剣聖
喧嘩祭が開催されてすぐに、俺はいつか戦いたいと思っていた強者であるスレイヤと対峙していた。
射程が長すぎる目の前の剣士と戦うなら、俺の土俵でもある近接戦を挑むしかない。
「――魔神ソウル“第三形態"」
とはいえ相手は最強のプレイヤーの一人とされるほどの実力者だ。第二形態では歯が立たない可能性もある。さっきの斬撃も屈んで避けたとはいえ角を斬られちまった。完全に回避するにはもう少し身体能力を高める必要がある。
揺らめくドス黒いオーラが全身を覆っていく。捩れた二本の角、細長い尻尾、牙に爪、蝙蝠のような翼。それら漆黒の体躯の中で、自分では確認できないが瞳だけが真っ赤に染まっている状態だ。仄かに光を放っているせいで、力を暴走させた悪魔みたいな感じに見えるだろうか。
「いくぜ爺さん、アスラブースト!」
俺は身を屈めたまま瞬間的に移動速度を上昇させ、一気に駆けた。背後を取ってそのまま攻撃してやろうと思っていたが、明らかに俺の方が速いのにも関わらず、爺さんは最低限の動きで反応して向き直る。振るった手に合わせて伸びた黒い爪が、爺さんの刃に阻まれた。
「チッ」
「まだまだじゃな」
舌打ちしながら両手でスレイヤの剣と打ち合っていく。爪が頑丈な故か技を使わない限り斬られることはなさそうだ。射程が物凄い長い剣だと思って打ち合っていると、なかなかに厄介だ。特に上下から振り被られると対処がしにくくなる。横薙ぎの場合は受け止めてやれば俺の身体にまでは達しない。だが上からの場合は押し込まれやすいというのもあるが受ける位置によって頭に届いてしまう。
「アスラブーストッ!」
近距離戦で使うのは体感速度が上がるせいで難しいのだが、この爺さん相手に慎重に戦うなんてアホらしい。俺は高速移動を行いながら爺さんの周囲を回るように攻撃を加えていく。
「剣気集中」
だが爺さんもなにかを発動し、半透明な白い湯気程度のオーラを纏った。それだけの変化だったが、高速移動しているはずの俺の速度についてきた上で爪による攻撃を全て弾かれてしまう。ブーストされた俺の速度にあっさりついてきやがった。流石としか言いようがねぇ。
やっぱり、喧嘩ってのは強いヤツと存分に戦えるからいいんだよな。
いくら雑魚を屠ったところで満たされることがないのは、ここに原因がある。その点スレイヤは俺と渡り合うくらいなら易々やってのける強敵と言えた。雑魚狩りも楽しいのだが、心躍る戦いってのが一番いいとは思う。
高揚する心に合わせて攻撃も苛烈さを増していく。
右手の爪で顔面を狙えば剣で受け流され、左手で足を狙って黒い波動を放てば回避される。相手の動きとこっちの速度。このままだと戦闘経験が豊富そうなスレイヤに天秤を傾けさせる案があるような気がしてしまう。今のところは同等だが、正直攻めていても敵の守りを突破できる気がしていなかった。どうしても二本の腕じゃ足りない。
だから俺は背にある翼で地面から足を放し、手足を使って攻撃を重ねていく。流石のスレイヤも足に地面を着ける必要がない状態で戦われると怯むようで、俺の攻撃が少しずつ当たるようになってきた。当たると言っても直撃はしない。最低限次の対処に支障を来たさない程度に抑えるよう立ち回られているからか。こうなると爺さんも反撃の隙を窺ってくるはずだ。このままHPを削り切られて終わり、だなんてこの爺さんがその程度なわけがない。
「剣神招来」
防戦一方だった爺さんが一言アビリティを呟き発動させた瞬間、俺の目ですら手元がブレる速度で剣を振るい始めた。高速で剣を振るっているせいか、斬撃が複数にすら見える。避け切れない分を受け止めようとすれば押し返され、追撃の機会を作られてしまう。なんとかアビリティを使わずとも爪で応戦できるが、今までのように俺が一方的に攻撃を仕かけるようなことはできなくなっていった。
「ぐあぁ!」
スレイヤと戦っている途中、俺が斬撃を避けていたら背後から悲鳴が上がった。何事かと思って一瞬視線をそちらに向けると他のプレイヤーがいる。こちらを狙ってきていたらしい。それを爺さんが射程の長い剣で倒したことで、俺と戦いながらも漁夫の利を狙うヤツらを倒し地道にポイントを稼ぐということができていた。……チッ。よく見てやがる。このままじゃ爺さんとのポイント差が開くだけだな。
忌々しいことに、多くを倒しているスレイヤを討てたとしても増えるポイントは一のみだ。そこをカバーしランキング上位を維持しながら俺とやり合っているのだから、まだ必死さを出していないってことになる。俺は割りと本気で殴りかかってるんだがな。
やっぱ強ぇ、と感心するのとは逆に、まだそんな余裕があんのか、と苛立ちもする。だがそれだけの余裕を持たせているのは俺の実力が原因だ。
そこで視野を広げてみると、スレイヤの後方にこちらを窺うパーティが見えた。どっちが勝つにしてもバテた方を狙う算段なのだろう。気に喰わない。
俺は爺さんから一歩後退して左手を前に突き出す。親指を上にする形で指先を前へ向け、
「アスラネイルショット・アーザスッ」
漆黒の長い爪を、前方へと発射した。急な攻撃ではあったが爺さんは屈んで容易く避けてみせると、右腰に長剣を構えて踏み込んでくる。
「覇刀」
そのまま俺の右上に向けて振るわれた長剣から斬撃が発生する。ただその斬撃は射程が長いわけではなく、面として広がってきた。俺は構わず左手を斬撃の中へと、黒いオーラを纏わせて突っ込む。ダメージはあるが気にせず掌に力を集束させ、
「アスラブラスト」
漆黒の波動を放った。アビリティ発動中のスレイヤはダメージを負ったようだが、俺も左腕が切り刻まれている。技は直撃させたはずだがHPの減り具合はあまり変わらないように見えた。俺の防御が低いとしても、ステータスの差は大きそうだ。
さて俺の放った爪はというと、スレイヤの後ろで待機していたパーティに当たっていた。あの技は発射した爪が当たった瞬間に炸裂して大きな風穴を開けるようなモノだ。掠っても効果があるので完全に避けなければ手足の一本くらいは持っていけるアビリティなのだが。まぁ急に飛んできて慌てて避けようとしても難しいか。
その後も俺とスレイヤは互角の戦いを繰り広げながら周囲で待機しているプレイヤーを狩り、一日を終えた。
「……チッ。決着はつかなかったか」
「そうじゃな。ここまでやるとは思っておらんかったが、ここまでにしようかの」
「ああ。悪いな、本気でやれなくて」
「それはお互い様じゃろう。まだ初日じゃ。多くのプレイヤーが見ている前で奥の手を晒す必要はないじゃろう」
「そうかよ。じゃあ、次会っても戦うだろうが、そん時はよろしくな」
「毎日これは勘弁して欲しいものじゃが。いずれ決着をつけたいものじゃな」
俺とスレイヤはそう言って、互いに背を向け歩き出す。ある程度距離が開いたとこで振り返り波動をぶっ放すが、斬撃によって阻まれてしまった。当たったのが丁度中間ぐらいだったので、爺さんも不意打ちする気満々だったわけだ。
「現実でも爺さんなのかは知らねぇが、若い頃は俺みたいだったかもしれねぇな」
ある程度大人しくはなっているのだろうが、戦っている最中でなんと表現したモノか、鬼の片鱗を感じたていた。
次会う時は、もっと追い詰めて死力を尽くして戦えればいいな。
そう思いながら、俺は二日目に参戦するかのメッセージに向けて、参戦を表明した。




