魔神と虚夢と強欲の魔王
魔王のほとんどをアンチ・ブレイズが引き受けてくれたおかげで何とか互角の位置を保っている連合軍だが、唯一アンチ・ブレイズ以外で魔王を引き受けた者がいた。
五メートルもの巨大で歪な鎌を振り回す虚夢の宴ギルドマスター、フリードである。
ジークとは過去に因縁のある仲で、対抗心を燃やしている。
そのため魔王を引き受けたということもあるが。
「……しつこいなぁ、もう!」
フリードと戦うのは小柄な少女。見た目とは裏腹に敵軍の将である魔王の一人で、強欲の魔王マモンだ。
「……あいつのギルドに、負けて堪るかよ!」
遠距離からナイフを投擲して消極的な戦い方をするマモンに対し、ほとんどの魔王が因縁の相手とその仲間達に取られ、怒りに満ちているフリードはナイフを薙ぎ払って斬撃を放ちながら隙を減らして攻撃範囲内に近付こうと突っ込む。
「……もう、煩いなぁ。一本ナイフ!」
マモンは言って一本のナイフを投擲する。
「くっ!」
たかが一本のナイフではあったが、弾こうと振るったフリードの鎌は弾かれた。
「十本ナイフ!」
続いてマモンは十本のナイフを投げる。
「……デスサイズ!」
通常の攻撃では弾かれると見たフリードは、アビリティを使ってそれを弾く。
「百本ナイフ!」
マモンは続いて百本のナイフを一斉に投げる。
「……デスフーガ・サイズ!」
フリードはそれら百本のナイフを巨大な黒い影を纏わせた鎌で薙ぎ払う。何本かはフリードの身体を掠るが、フリードはこのゲームのトッププレイヤーなので経験から、自分に直撃するナイフだけを薙ぎ払ったのだ。
「……やるね。でも、これならどうかな! 千本ナイフ!」
マモンは少し嬉しそうに笑うと千本のナイフを一斉に投げる。どんどん増えていくナイフにフリードは顔を歪める。
「……チャージ・ブラストサイズ!」
フリードは少し闇を鎌に溜め、鎌を振るって暗黒の波動を放った。直撃するナイフの大半を薙ぎ払い、再び少しだけダメージを受ける。
「……これで終わりかな? 万本ナイフ!」
マモンはフリードの様子を見て言い、一万本ものナイフを一斉に投げてくる。
「……くそがっ。オーロラノヴァ!」
フリードは吐き捨てるように言うと鎌を一万本のナイフに向けて先端から巨大な虹色の波動を放った。
「っ!」
ナイフの真ん中を消し飛ばして突き進んでくる虹色の波動をマモンは慌てて避ける。
だが消し飛ばせたのは真ん中だけのため、無数のナイフがフリードに突き刺さる。
「……痛い、だろうが!」
フリードは全身に刺さっているナイフを抜こうともせずに言い、怒り心頭の様子でマモンへと突っ込み鎌を振るう。
「いくらHPが残っててもそんなにナイフ刺さってたら動かないでしょ、普通!」
マモンは驚き慌ててフリードの一撃をかわす。
「……悪いが、負ける訳にはいかねえんだよ。俺にも通したい意地ってもんがある!」
フリードは言って横薙ぎに鎌を振るう。マモンは避けたばかりですぐには動けず、一撃で首を刈り取られる位置にいた。
「っ!」
魔王とはいえ、ログアウト出来れば普通の少女である。迫りくる巨大な鎌に対し、目を閉じてしまったのは責められない。
「……?」
だが目を瞑っても、身体を切り裂く痛みは来ない。
「……っ」
マモンが恐る恐る目を開けてみると、巨大な鎌はマモンの首を刈り取る直前で止まっていた。
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
フリードは荒く息を乱す。
「……何で、止めたの?」
マモンは訳が分からない行動に出たフリードに尋ねる。
「……俺は、あいつとは違う。女は殴らねえ」
フリードは息切れしたまま答え、鎌を引いて踵を返す。
「待ってよ! ボクを殺さなくていいの!?」
マモンは未だ錯乱しているのか自分を見逃したフリードを呼び止めた。
「……別にいい。俺は、女は傷付けねえよ」
フリードは足を止め、しかし振り返らずぶっきらぼうにそう言って、そのまま別の戦いへと向かっていった。
「……何だよあいつ。後で賠償金でも請求してやるからな」
マモンはそう言い、
「……ギルドに押しかけてでも」
付け足して微笑む。
「……あーあ。興醒めしちゃった。もうナイフも残り少ないし、ボクもう帰ろっと」
マモンは残念そうに言い、後頭部で手を組んで戦場を引き返していく。……実際には百万ナイフが出来るだけのナイフを隠し持ってはいたが、気分が乗らなかったのだ。真の姿になればナイフの残りなど気にせずに戦えるのだが、それもしない。
マモンは自分が見つけた強欲の対象のために、今は戦わないことを選んだのだった。
フラグ立てるのって、難しい……




