魔神と他の魔王
大魔王軍の奥、本陣。そこに魔王は集結していた。
「……何だよ。あの戦闘狂野郎、ルシフェルが取ってるじゃねえかよ」
裾が広がった服を着た魔王ベルゼブルが大魔王軍の奥で不満そうに呟いた。
その視線の先には同じ魔王ルシフェルと戦うジークの姿があった。
「……加勢したら一千万貰えないかな?」
ベルゼブルの隣にしゃがみ込むのはパーカーを着た美少女、魔王マモン。
「……逆に加勢したら金取られるのではないだろうか」
落ち着いた声を放つのは全身にアクセサリーを身に着けた魔王スパーヴィア。
「……それはやだなぁ。ボクさ、金取るのはいいけど取られるのはやなんだよ」
マモンは眉尻を下げて言った。そのわざとらしい表情は、分かっていて言ったと書いてあった。
「ん?」
ベルゼブルがあるモノに気付く。その声を聞いて遅れながら他の魔王達もそれに気付いた。
赤の信煙弾、援軍の合図だ。
これが人間の場合、『ピンチだから助けてくれ』という解釈になるが、魔王達の場合は違う。
『面倒だから滅ぼすぞ』という解釈になる。
もう戦い飽きた、もう人間が見苦しく抵抗するのを見飽きた、等の理由だ。
「……ルシフェルのヤツ、もう勝負を決めにかかる気かよ。魔戦百人隊が加わってこっちが余裕だってのによ」
ベルゼブルは呆れたように言う。
「……そうでもない。魔戦百人隊が、トッププレイヤーに押されている。雑魚が減ろうが、あやつらがいれば我らに勝ち目はない。あやつらを消してこいと、そういう意味合いだろう」
スパーヴィアが落ち着いた声音で言い、アクセサリーをチャラチャラと鳴らしながら二本のレイピアを腰から抜き去った。
「……殺るだけ」
ボソッと暗い声で呟くのは、黒い巫女服に身を包む魔王アセディア。
ユラリと薙刀を構え、重い足取りで歩いていく。
「あ~、やだやだ。めんどくさいったらありゃしないわ」
ボンテージを着た魔王アスモデウスが鞭を肩に担いで言った。
そう言いながらもしっかり戦闘に参加しようとしているのは、やはり仲間だからだろうか。
「……はぁ。後で報酬を請求しないと割りに合わないよ」
マモンもため息をつきながら両手の指の間八つに八本のナイフを挟んでいる。
「……しゃーねえ。行くか」
ベルゼブルもめんどくさそうにしながら、両手にクローを装着する。
全員、口では微妙な反応をしているが、完全に加勢する気満々だった。……ただ一人を除いて。
「……だりーしめんどくせーし、俺はいかねーよ」
だら~ん、と見ているだけでだるくなってきそうな怠けっぷりを見せるのは、魔王ベルフェゴール。
「……それでいいんじゃねえの? てめえが加勢したらこの戦争があっさり終わっちまう」
暴食の魔王は怠惰の魔王に賛成する。その言葉には、ベルフェゴールの強さに対する信頼が現れていた。
「……じゃ、頼むわー」
ぐで~、としながら片手を上げて見送るベルフェゴールに、同じく片手を上げて返すベルゼブル。
「……いくぜ、人間共の殲滅だ」
ベルゼブルの一言を合図に、一斉に走り出す。
魔王による、人間の蹂躙が始まった。
魔王達は素早く散開すると、戦っている味方を無視して敵へと一直線に駆ける。
「何だっ!?」
そう驚きの声を上げた戦士職のプレイヤーが、首を飛ばして倒される。
「ぐっ!」
「くそっ!」
魔王の通り道には、敵はいない。全て殺し、消えているからだ。
「魔王様達だ!」
「いける、いけるぞ!」
「進め! 今がチャンスだ!」
魔王が高速で敵軍を蹂躙していくのを見た大魔王軍は、高揚し士気を増して連合軍に襲いかかる。
トッププレイヤーと同等、またはそれ以上の実力を誇る魔王が一斉に出てきたともなれば、普通のプレイヤーでは応戦する間もなくただ倒される。
成す術もなく蹂躙されていく連合軍の士気は下がるばかり。
その時だった。
「いくよ、姉さん!」
「……うん!」
アセヴィアの下に二人の姉妹が、
「……何その格好。苛めるのもいいけど苛められるのもいいものよ?」
アスモデウスの下にキラリと光を携えた美少女が、
「……魔王は殲滅」
スパーヴィアの下に二本の鎌を手繰る美少女が、
「……野郎のギルドに、取られてたまるか!」
マモンの下に巨大な鎌を持った少年が、
「俺もかよおおぉぉぉぉぉぉ!?」
ベルゼブルの下に情けない声を上げる少年が、現れた。
「……」
他の魔王達はそこそこ緊張感のある対峙を見せているが、ベルゼブルと少年のみ、気まずい雰囲気が流れていた。
「……くそっ」
少年はどこからか降ってきて、地面に頭から突き刺さっていたが、呻いて地面から頭を抜いた。
「……よしっ、戦おうか」
少年は籠手と剣、丸盾と小刀を構えて気を取り直す。
「……ああ」
ベルゼブルは魔王の自分に向かってくるには役不足を感じながらも、見なかったフリをして頷いた。
……いいヤツだ……!
少年は内心でベルゼブルの優しさを垣間見た気がして感動した。
「……おっと。てめえ、情けなく頭から突っ込んだ癖に何誤魔化そうとしてんだよっ!」
その横を二刀をルシフェルと交えながら移動するジークが茶化してきた。
言葉の端が乱暴なのは、ルシフェルと剣を交えているからだ。
「……せっかく相手も見逃してくれたのに、触れるなよ!」
「……てめえ、こいつと知り合いか。こいつぶっ殺したら殺してやるから待っとけよ」
リューシンがジークに抗議するのを無視してベルゼブルはジークを睨む。
「……何? 優しい人だと思ったヤツにも眼中にないってか?」
リューシンが驚いたようなピリついたような声で言った。
「……ま、お前ならその程度だろ。ベルゼブル、お前はそいつを。俺はこいつを殺してやるから、次戦おうぜ」
「……ルシフェルに勝てたら、の話だけどな」
二人の戦闘狂はニヤリと笑い合う。……二人と相対している二人はカチンときたのか険しい表情だ。
「……俺がお前に、負けるか!」
ルシフェルはジークに怒りをぶつけ弾く。
「……どこでも脇役? ざけんなよ! 俺だってやる時はやるんだよ!」
ついに怒りが爆発したらしいリューシンが雄叫びを上げる。
「……精々頑張れよ」
ニヤリとしてジークが言ったのは、誰にだろうか。




