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49 対談

「少し時間が余るね、ツアさん約束だった模擬戦しよう。というかこっちから教えを受けたんだけどね」


 ようやく戦えるとツアは表情を明るくする。だがツアが望むような模擬戦はできそうにない。

 天衣無縫は持ってきてるが、天下無双は持ってこなかったのだ。

 天衣無縫のほうでも強いことにはかわりないので、ツアとしては不満はなかった。


「じゃあ、早速外に出ようか」

「私はここでゆっくりとしている」


 水竜は椅子に座ったまま目を閉じる。シュギーは暇潰しになるかと、裕次郎たちについていくことにする。

 遺跡を出て少し開けた場所で立ち止まると、まずは薬を飲まずに、教えてもらった基本の型を確認してもらう。


「動きやすいように体に馴染んだ部分と変な力みがあるね」

「一度教えてもらったあとは我流ですからね、変な癖がつくのは仕方ないかと。修正してもらえると助かります」

「いいよ。その方が模擬戦が楽しくなりそうだし」


 基本的な体の動かし方から始め、同じ型を繰り返していく。その日から三日は基本の繰り返しで時間が流れていった。体力の高さと疲労回復薬の使用で、集中して行い、体捌きはだいぶましとなる。

 それなりのセンスと薬による集中指導のおかげで、ツアの裕次郎への評価は中々いいものになっている。

 四日目からは天衣無縫を使わない模擬戦を繰り返し、学んだ技術の実践と経験を積んでいく。

 劇的に強くなっていくことはないが、一撃の重さや攻撃の速度がわずかに上がる。薬を使って能力を上げれば、馬鹿にできない上昇度となるだろう。


「そうそう、そんな時は避けるよりも、受けた方がいいよ」

「はいっ」

「じゃこれはどうする?」


 ツアの左足に魔力が瞬時に込められ、残像を残す連続した蹴りが裕次郎へと迫る。

 前日にこういう技があると教えてもらっており、一撃一撃の威力は軽かったことを覚えていた。

 ならばと前に出る。


「耐えて、攻撃の終わりに反撃する!」


 実際に受けて、ダメージが高くないことを実感した。これならば狙い通りにいけると口端が笑みを模る。


「そう上手くいくかな」


 ツアは攻撃が終わる前に、右足にも魔力を込めて、左足を強く地面に叩きつけ、右足を動きを止めている裕次郎の腹へと蹴りだす。

 連続した蹴りとは比べ物にならない衝撃が裕次郎の腹から体全体にはしる。踏ん張り耐えることよりも、勢いに逆らわず吹っ飛ばされ、少しでもダメージを流すことを選び、裕次郎は地面を転がってすぐに立ち上がる。

 体の側面や肩や背面ならばコートに魔力を流し、仕掛けでダメージを減らせたが、前を閉じていなかったため、それはできなかった。


「あれは一撃が軽いことは教えたけど、足止め目的に使えることは教えなかったから、そっちの警戒はしなかったようだね」

「けほっきつい一撃でした」

「痛い目を見たら次からは警戒するだろう。さあ、次に行こう」

「はいっ」


 痛みが引いてから立ち上がり、ぶつかっていく。

 ツアが攻撃法と対処法を教えていくのは、薬を使用しての模擬戦をよりよく楽しむためだ。

 その時に裕次郎がどのように動くか楽しみだとツアの表情には、今から笑みが浮かんでいる。

 こうやって過ごしていくうちに、シュギーが海の民の本拠地へと移動し、裕次郎たちも戻れるまでに準備が進む。

 その夜、いつも訓練している場所に、二人のほかに水竜もいる。回復薬を渡され、ぶつかる二人を見ていた。回復役とやりすぎた場合の止める役を頼まれたのだ。

 状況はツア有利だ。当然だろう。経験技術ともに上で、足も治り、体を動かすのに不自由しない。少し訓練した程度の裕次郎が倒せる相手ではない。それでも倒そうとするなら、この連日の教えを自分なりに消化し応用してみせる必要がある。

 それは裕次郎もわかっていて、自分なりに考えて攻撃していく。けれど生半可な応用ならば、ツアは即座に対応してみせるため、ハードルは上がっている。

 これでもツアは手加減していた。防御のみで攻撃に魔術を使用せず、培った技術のみで戦っているのだ。それで裕次郎はようやく追いすがることができていた。

 飛び上がって、太い木の枝を蹴って急落下した裕次郎の蹴りが地面を砕く。破片の飛ぶ軌道と範囲を見切って避けるツア。


「相変わらず、厄介ですね!」

「これでも緊張はしてるんだよ。一撃くらうと即ダウンって感じだからね」


 そうは言うものの飄々としているように見えて、裕次郎は悔しげな思いを抱いている。せめて表情を変えさせるくらいはしたかった。

 そう思いが動きに出たか、無駄な力が入っていると駄目だしが飛んでくる。


「一度くらいは驚かしたいんですけどねっと!」

「私もそれを楽しみにしてえるんだけどね」


 ジャブからのストレートを受けし流し、裕次郎の顔目掛けて掌打を繰り出す。それに裕次郎は頭突きで対抗し、ぶつかり合い止った体勢で、右の拳を突き出す。

 ツアはそれを下がって避けて、体勢を崩した裕次郎の脇腹へと蹴りを叩き込み、蹴り倒す。

 その蹴りの勢いは殺せなかったが、コートに魔力を通してダメージは減らしており、すぐに立ち上がり、左肩からぶつかるように突進する。

 ツアは肩へと蹴りを突き出し、タックルを止める。

 裕次郎はその足に左手の甲を当て、体をずらし肩に当たる足を押しのけ、体をずらした勢いで右足をツアへと振りぬく。それも脛でしっかりとガードされる。


「もう一度!」


 一度下げた右足をガードしている脛へとぶつけ、数度繰り返す。これで体勢が崩れたらと思ったが、大きく揺れることもなかった。

 このキックのダメージで足が痺れることを期待して、裕次郎は下がる。


「こういった牽制とかは当たるんだけど、本命がなぁ」

「まだまだ読みやすいしね」


 余裕を感じさせる口調からは、足にダメージが入っているのか判断できない。


(昨日思いついたはいいけど成功するかはわからないやつやってみるか?、出し惜しみしてたらいつまでも当てられないか)

「なにかしてくるのかな?」

「やっぱり厄介ですよ」


 表情からなにかしようとすることを読まれて、小さく溜息を吐く。

 内容までは悟られていないことを、励みとして気合を入れ、両足に魔力を込めていく。左足に多めに魔力を込めたことで、そこから感じ取れるものから、本命は左かとツアは考える。

 そのまま留めておき、ツアに接近し連続して拳を振るい、蹴りを放つ。


「砕脚!」


 なんの変哲もない左足での格闘魔術に、ツアは少し疑問を抱きつつ下がって避ける。

 避けられることは計算済みで、空振った左足でしっかりで地面を踏みしめ、軸として右足を使った回し蹴りを放つ。

 魔力自体は篭っているものの、ただの蹴りで牽制目的かと受け止め軸足を払うことをツアは選ぶ。


「これならどうだ!」


 ツアの左肩辺りを目掛けて迫る踵が、不自然なほど軌道を下げて腰辺りへと狙う軌道となる。

 魔力を攻撃に使うのではなく、足の側面から魔力を噴射し、軌道を変えるために使ったのだ。魔術が攻撃用ではなく、移動用にも使えることを思い出し、こういった使い方もできるかと考えたのだ。


「っ!?」


 ツアの表情に焦りと驚きが同時に浮かぶ。そういった感情を出しながらも、瞬時に反応してみせ、下がることで変則回し蹴りは、掠るのみで有効打となることはなかった。

 それでも裕次郎は小さく喝采を上げる。

 当たりはしなかったが、表情を変えさせることはできたので、幾分か満足感が得られた。


「それは教えてなかったはず、自分で考えたのかな?」

「あったんですか、こういう使い方」

「似たようなものがね。君のは軌道を大きく変えることのみに使ってるけど、私が知っているのは少しだけ軌道を変えて威力の高い攻撃を相手の防御の中心からずらして当てるというもの。相手の体勢を崩せるんだよ」

「意表をつこうと考えてた俺のとは違いますね」

「そうだね。でも試行錯誤するのはいいことだよ」


 続けようとツアが構え、裕次郎も頷き、二人は動き出す。

 用意していた回復薬は結局裕次郎だけに使われた。そんな一方的といえる戦いでも、ツアは満足できた。弱い者いじめできたからというわけではなく、思う存分動くことができ、裕次郎が時々見せる漫画などの見よう見真似な攻撃法にインスピレーションを得たからだ。多くは半端なものだったが、手を加えて修練を積めばきちんとしたものとなる。そういったものが見れただけでも、楽しい時間だった。


「じゃあ、また」


 ワープ装置で帰る日の朝、一足先にツアが遺跡を出る。村を長く空けているので、様子を見に帰るのだ。出身地ではないが、もうあそこも故郷のようになっている。オルガンの料理もそろそろ恋しくなったきたことだしと言い、去って行った。

 ヘプシミンの遺跡を使い、またライトルティの遺跡にくるつもりだ。裕次郎が王たちと会う時に、経緯がどうなるか気になるので護衛としてそばにいようと思っていた。

 ツアを見送った裕次郎は遺跡に戻り、水竜と一緒に深淵の森に戻る。


「ただいま」


 そう言い村に入ると、すぐに二人が帰ってきたことは広まっていった。

 二人に近しい者は帰還を聞いた途端仕事を放り出し、周囲に集まる。


「怪我とかはしてない?」「おかえり、寂しかったよ」「今日はずっと一緒にいる!」「今日だけじゃなくてしばらく隣にいる!」「お疲れ様」「なにか変わったことはあった?」


 などと一斉にいろいろと喋るものだから、二人はなにを言っているのか聞き取れなかった。

 それだけ心配していたのだろうと、無事なことを伝えて、集会所に向かう。ゴゼロたちが集まるまで、裕次郎はセリエと多尾狐を隣に座らせ、膝上にマカベルを座らせる。同じように水竜も人型のシュピニアを膝上に座らせ、リュオーンとドライアドを隣に座らせている。


「やっぱりセリエがそばにいるといいよね、こうやってすぐに手が取れるし」


 そう言うと裕次郎はセリエの手をしっかりと握る。剣だこが硬いが、柔らかさを失っていない温かな手の感触を楽しむ。

 セリエも裕次郎の手の温かさに安堵していて、されるがままでいる。


「やわらかー」

「私の手も」

「マカベルのは、手だけじゃなくて体全体の温かさを感じ取ってるよ」


 髪の感触を味わうように、頭部に頬を当てる。


「く、薬師さんっ僕も!」


 多尾狐が言いながら、背中にくっつく。服を通して多尾狐の体温が伝わってくる。


「村でくっついてくるのは珍しいね」

「僕も寂しかったから」


 裕次郎にだけ聞こえるように小さく答える。

 それに小さく笑みを浮かべた裕次郎は少しずれてもらって、多尾狐の頭を撫でる。親馬鹿の気持ちが少しだけわかったような気がした。

 はにかんだ多尾狐をヴィアシーが集会所の入り口からじっと見ている。ああいった姿を見たのは初めてで、驚きと戸惑いがあった。友達を取られるという嫉妬が湧き上がり、嫉妬なのだという自覚がなく感情に戸惑っていた。結果、可愛らしく睨むといった形となっている。

 穏やかな時間をすごし、長たちが集まる。


「毒ハ手に入っタのか?」

「荷物の中に入れてある。解毒薬はできると思うけど、長くて二ヶ月くらいは薬作りに集中したい」

「反対はせんヨ。邪魔スることは愚かだトわかる」

「薬が出来上がったら実験をしたいから、小型の獣か魔物を捕まえてと頼むことになるよ」

「わかっタ、その時になったラ言ってくれ」

「あとは、海の民と会って話した。もしもの時はあっちの領域に逃げることになると思う。遺跡のある島は見つけてある」


 これは予想できていなかったゴゼロたちは首を傾げた。

 海に行ったのだから、海の民に出会うことはまだわかる。しかし裕次郎の言うもしもの時がわからない。


「なにがあるって言うの?」


 セリエが聞く。


「薬を作ってレシピを渡すかわりにこっちの要望を通すつもりなのは話したよね。その条件を向こうが突っぱねる可能性がなくもない。その時に俺を捕まえようとしたり、俺に対しての人質にしようと森を攻めるかもしれない。もしそうなったら、前回の一国だけじゃなくて、六ヶ国が攻めてくる。さすがにそれだけ多くとは戦えないし、逃げたい奴をつれて逃げるつもりだよ俺は」


 前回の戦いで勝ったのは偶然だとよくわかっている。もう一度やれと言われても無理だ。

 じりじりとにじり寄る戦いの気配に、皆の表情が強張る。

 戦いの怖さを思い出したか、膝上のマカベルがきゅっと体を縮める。マカベルの頭を撫で、皆を安心させるように笑う。


「まあ、そんな戦いなんて人間がよほど馬鹿じゃないと起きないだろうけど。戦いなんてやってる間に解毒薬作りに必要な時間がなくなるしね。それがわからない奴なんていやしないよ」

「逃げるというのは万が一を考えての発言?」

「うん。海の民とそういったことを話したってだけ」


 余裕を感じさせる笑みに、戦いの気配が遠のいて、皆体から力を抜いた。

 話は終わり、裕次郎たちがいなかった間に起きたことを報告してもらい、その後は宴かという勢いで賑やかに盛り上がる。

 その夜、裕次郎たちは騒ぎ疲れたマカベルを背負って家に戻る。


「楽しそうだったわね」


 ベッドに寝かせたマカベルに布団をかけて、微笑みを向ける。自分自身もそうだが、マカベルも裕次郎が帰ってきて嬉しく思いはしゃいだのだろう。母が帰ってきて同じような思いのシュピニアと楽しげにしていた。

 裕次郎がいない間も、不自由することはなく過ごしていたが、時々寂しげな様子を見せていたのだ。そんな時は一緒のベッドで寝ていた。


「俺も楽しかった。これからも出かけて、寂しくさせるかもしれないけど、二人をいつも思ってる」

「私もよ」


 笑みを向け合い、裕次郎は部屋に戻ろうとする。そこに今日はマカベルを挟んで一緒に寝ようとセリエが提案する。


「いいよ。ついでに裸にシャツだけ着てくれない?」


 ふと思いついたように裕次郎も提案する。今ならいけるかもと思ったが、


「……それは断るわ……恥ずかしい」

「残念。すごく見たかった」


 嫌なら仕方ないと、諦めてというか今後に望みを託してマカベルの隣に移動する。顔を赤らめ照れたセリエを見れたので満足した。

 そういうものはもっと付き合いを深めてと思いつつ、セリエもマカベルの隣に移動して、目を閉じる。


「おやすみ、ユージロー」

「ん、おやすみ」


 翌日から解毒薬の材料集めに奔走していく。村での医療はよほどのことがなければフォーンや留学生たちに任される。

 そうして五日ほど過ぎて、難しい顔をしたバグズノイドが家にやってきた。


「今日はなにか用事?」

「遺跡に来てほしい。客がいる、あまり好ましくはない奴が」

「この前来た二人じゃなくて?」


 バグズノイドは首を横に振り、声を潜めて告げる。

 それに裕次郎の表情は呆気に取られた。


「暴れたりしなかったのか!?」

「していない。武装も荷物もこちらに預けて、静かにしている」

「どうして来たんだろ」

「魔王への謝罪とここへの移住が目的だとか」

「……なんだそれ」


 その言葉通りに受け取ることはできなかった。すぐに罠だろうと考える。

 仲良くしようと言い出し、油断したところでマカベルを狙うつもりなのかと考え込む裕次郎に、バグズノイドが声をかける。


「詳しいことは本人から直接聞けばいい」

「……そうだね」


 とりあえず勇者がここにきていることは誰にも知らせずにいようと、セリエたちには材料をとってくると言ってから家を出る。


「なにか少し表情が硬かった?」

「マカベルもそう思う? また厄介事かしら……」


 わずかな変化を見逃さずにセリエとマカベルは首を傾げた。このことを裕次郎が知れば、隠せなかったことに困った感情を抱くとともに、細かい変化に気づいてもらったことに嬉しく思えるのかもしれない。

 そう言ったことが話されているとは知らずに、裕次郎は緊張感を高めて遺跡に足を踏み入れる。バグズノイドの案内で、ロンタのいる部屋の前に来て、入る前に天衣無縫を飲む。回復薬や海から持ってきた毒も念のために持ってきていた。解毒薬が完成していない今これを使うと裕次郎も死ぬので、脅迫道具として持ってきているだけで使う気はない。


「準備は整ったか?」

「うん、開けていいよ」


 バグズノイドが壁に触れるとドアがゆっくりスライドしていく。

 目を閉じて椅子に座っていたロンタは目を開けて、部屋に入る裕次郎とバグズノイドを見る。

 一定の距離を取って止まる裕次郎。その目と表情と態度が高い警戒心を示していた。対してロンタは戦う意思なしと、身構えることなく隙だらけのままでいる。バグズノイドは基本傍観に回るつもりで、壁そばに立っている。


「久しぶりですかね」


 口調も決して歓迎の感情は篭っていない。

 こういった態度をロンタは気にせずにいる。自身に非があり、責められる立場だと理解している。


「ああ、久しぶりだな」

「謝罪と移住目的で来たと、簡単に聞いたんだけど」

「その通りだ」


 すまなかったと頭を下げる。


「魔王の暴走はない。調査でそれがわかった。俺たちが命を狙った時点で既に安全だったんだ。だから俺がやろうとしたのはただの人殺しになる」

「自分がやったことは間違いだったと?」

「ああ」


 頭を下げたまま肯定の返事を返す。


「間違ってたから謝る。それは正しいと思う」


 ロンタの雰囲気に喜色が混ざる。裕次郎もそれに気づく。

 さらに裕次郎は続ける。


「でもっ謝ったところで、どうにもならないことはあるんだ。戦えば傷つくのは当たり前だけど、あの子は戦う覚悟なんてなかった。お前たちが体に与えた傷は治った。心に与えた傷はまだまだだ。その傷に効く薬はなく、時間をかけて治していくしかない」


 実のところはキットレーゼに使った魔法薬を使えば、多少なりともどうにかなる。だがそれを言う気にはならない。

 喜色の気配など消えうせた。


「謝りたいといったな? 会えば殺されかけた恐怖が蘇ると思わなかったのか? 治りかけた傷が開くと思わなかったか? 謝ることで自分のやったことが許されて、罪の意識がなくなると思ってここに来たんじゃないのか?」


 頭を下げ続けていたロンタが勢いよく顔を上げた。


「最後のだけは違う! 考えたらずなのは言うとおりだっ。だけど謝ることで自分の気を楽にしたいとだけは思っていないっ」


 責める視線の裕次郎をしっかりと見返し言う。


「言葉だけではなんとでも言えるんだけどな」


 自分が責めるものもどうかとも同時に考える。

 ロンタたちを責めることができるのは実際に被害を受けたマカベルで、今ロンタを責めているのはマカベルのことを思っているという自分勝手な考えでしかないんじゃないかと思うが、言葉を止めることはできなかった。

 セリエに四対一で戦った時に怪我を負わせた八つ当たりもあるのだろう、自身の心に引きずられた形となった。


「どうすればいい? どうすれば謝罪の意思が伝わる? 腕一本渡せというなら渡そう。俺にできることならやるっ」

「いや腕をもらったところでどうしようもないし、やってもらうこともない。マカベルにすまないと思うなら、このまま帰ることだ。マカベルにあんたらのことを思い出させない、これが一番だろうさ」

「……そうか」


 謝るということすら相手を傷つける。それを突きつけられ自分がマカベルにやったことの深刻さを思い知らされた。

 落ち込むロンタを見る裕次郎の目は、ほんの少しだけ柔らかくなっている。悪いと認め、素直に謝っただけヘプシミンよりはましだと感じていた。

 雰囲気的にも嘘は感じられず、本気で謝ろうとしているのだろうと思えた。なのでいつか五年先か十年先かわからないが、マカベルに勇者が謝っていたと伝えてやろうと思う。それくらい先ならば、謝意を受け入れることは可能かもしれない。


「こういった理由で移住も論外だとわかるな?」

「ああ、近くにいられるはずもない」

「しかしなんで移住なんか考えた、お前勇者だろう? わざわざここにくる必要もない」

「勇者は辞める」

「辞める? そう簡単に辞められるものじゃないだろうに」

「だろうな。でもこのまま勇者でいれば俺も魔王と同じように命を狙われる。それに魔王を討てという王命に反するんだ、セジアンドで暮らしていけるはずもない」


 命を狙われる理由がわからず不思議そうな裕次郎に、ロンタは自身の知ったことを話していく。

 大事なはずの勇者ですら殺そうとすることに、よほどのことを考えているのだろうかと首を傾げた。


「……魂を集めてなにをしようとしているだろう」

「わからん」

「その剣はほかにもあるのか?」

「それもわからん。だがないとも言い切れん」

「輝きの鈍い青い宝玉だったか、注意しておく必要があるかな」


 致命傷でも治療できるが、魂を奪われるとどうにもできない。該当する武器を持った人間には注意しておこうと心に刻む。


「ここからさっさといなくなった方がいいな。帰るよ」

「その前に聞きたいんだが、よく魔物たちのいる森で暮らそうと思ったな? 俺はここが大層な森だと知らなかったし、バグズノイドが知り合いみたいなものだったから、そこを通じて暮らせていけるようになった。でもセリエは最初抵抗を感じていた。それが普通なんだと思う」


 日本人だと可愛いと思えるフォクシンにもセリエは抵抗を感じていたくらいだ。ゴブリンや他の魔物との暮らしを勇者が受け入れるとは思えなかった。


「魔物と暮らすことは俺も難しいとは思うが、追われることを考えると贅沢はいえない。森で暮らすといっても互いに接しないようにすればなんとかなるかもと思っていたんだ」

「少し考えが甘いような気もするけど、俺も似たようなことやったしなぁ。ところでこれから逃亡生活か?」

「いや解毒薬を手に入れるまでは、勇者であると偽る。それまでは絶壁ってところで逃亡生活が楽になるように力をつける」

「……絶壁? たしか三魔域の一つだったっけ」

「ああ、そうだ」


 意表をつかれたような表情になった裕次郎を見て、ロンタはどうしたのだろうと思いつつ頷く。

 これは偶然かと裕次郎は考え込む。オーギットはこれを予言できていたから、王食の珊瑚を手に入れるように指示を出したのか。だとしたらありがたかった。

 いまだ礼を言えぬ知人に感謝を抱いたが、オーギットのほうはそこまで深い考えあっての指示ではなかった。一つでも材料を探し出しておけば後が楽だろうという考えだったのだ。

 勘違いしたまま考えを進めていく、先ほどロンタはできることはすると言った。一般人ならばきついかもしれないが、勇者たちならばフォローすればもしかしてと思う。


「さっき俺にできることならばすると言ったな?」

「言った」

「やってもらいたいことがある。ただしそれをやったところで謝意を伝えるわけじゃない。それでも聞いてもらえるのか?」

「お前たちにも迷惑はかけた。やれることならやろう」


 裕次郎はロンタの言葉に嘘偽りがないかと、強い視線でロンタを見る。やましいところがあれば、動揺するか目を逸らすかするだろうと思ったが、真っ直ぐ見返してきた。

 心の奥底まで探るのかと一分以上静かに見合い、裕次郎バグズノイドを見て口を開く。


「免疫薬の報酬の一つとして勇者たちのワープ装置利用を頼めないか?」

「かまわんぞ」


 ありがとうとと言い、ロンタを見る。


「遺跡のある孤島を紹介してやる。逃げ先の候補地にするといい」

「助かるが、いいのか?」


 驚いたように裕次郎を見る。


「やってもらうことはきついことだし、そのくらいの報酬は必要だと思ったんだ」

「なにをやればいい?」

「絶壁にある茸を取ってきてもらいたい。名前は陽黄茸。風通しのいい高所に生える。笠の部分は丸く下地が淡い黄色で、中央に白丸、それを中心に白の筋がいくつもはしっている。石突き部分は薄い茶色。人間にとって毒物だけど、触るだけならなんともない、食べると体調を崩すが」


 大きさはこれくらいと指で示す。

 毒というが、大災害で広がるようなものではない。この茸は光合成で大量の養分を発生させ溜め込む。栄養価が高すぎるため、食べると栄養過多で体調を崩すのだ。


「それをなんに使うんだ?」

「薬の材料になる。一つでも十分だけど、できれば二つ三つほしい」

「わかった。必ず取ってくる」

「今日明日で回復薬と疲労回復薬を作ってやる。少し待ってろ」

「いいのか?」

「絶壁はここと違って登山もしなけりゃ駄目だろう。それくらいのフォローはしてやるさ」


 薬を渡すまではまた監禁ということにロンタは不満を見せず頷き、裕次郎とバグズノイドは部屋を出る。


「採取を頼んだ茸は大災害用に必要なのか?」

「いやあれとは別件。水竜の体調を回復させるために必要なんだ」


 作ろうとしている薬は、完全に回復するものではない。けれど体調自体は八割がた戻すことができ、今後の投薬も必要なくなる。寿命も十年から二十年は延ばすことが可能な薬だ。

 材料は王食の珊瑚、陽黄茸、巨体種からとれる水玉、宝石ではない水晶、綺麗な水。

 作り方は簡単だ。水の属性布の上に置いた器の中に、これらを一緒に入れるだけ。一晩経った後、その器ごと火にかけて、沸騰した液体を冷まして飲む。

 水の力がふんだんにつまったそれは、水竜や水に関する魔物にとって特効薬になるのだ。

 必要そうな薬が完成し、バグズノイドと一緒にロンタに会う。薬を渡すと、すぐに帰ることになった。

 バグズノイドに連れられロンタはワープ装置のある部屋に去っていく。最後に暴れる可能性もあるため、裕次郎は部屋の前までついていき警戒していたが、最後まで戦意など見せずにロンタは帰っていった。


「帰ったぞ」

「結局怪しいところはなかったな。バグズノイドはどう見た?」

「同意見だ」



 ライトルティの遺跡に戻ったロンタは、少し増えた予定を告げてレラたちとセジアンドに戻る。

 その足でロンタの生まれ故郷へと向かった。


「ただいま」

「おかえり! 後ろの二人もおかえりなさい」


 久しぶりに村に戻ってきたロンタを、ミュールが笑顔で出迎える。だがすぐにロンタの表情をみて、首を傾げる。


「なにか元気ない?」

「まあ、色々とあったから」

「いつものように家で話を聞かせてちょうだい」

「わかったよ」


 ミュールに手を取られて歩く。手の暖かさに安堵を覚えるものの、これから話すことが気を重くさせた。その後ろをレラとカルマンドが歩く。

 オロスがいないことはミュールは気にしない。誰かがいないことはこれまで何度かあった。今回も別行動中なのだろうと考えたのだ。

 三人にとっておきのお茶と茶菓子を出して、ミュールは話を聞いていく。

 魔王に関して話し終え、気まずそうにしているロンタの気持ちがミュールにはわからない。


「んー……正直私は魔王を倒してなにが悪いの? としか言えないよ。子供の頃から魔王は悪いものとして教えられてるから、悪くはないんだって言われても理解しづらい」


 ミュールにとっては理由があっても、他の人間と同じように魔王は悪いものでしかない。魔王を殺しかけたことを責めるようなことはなかった。そしてこれが世界的にみれば普通の反応だ。


「勇者を辞めることについては止めないよ。あちこちに行かなくなるってことでしょ? 一緒にいられて嬉しいもの」


 これまで一緒にいられなかった分を取り戻せると相好を崩すミュール。

 勇者でなくともロンタはロンタなのだ。勇者という肩書きがなくなるだけで、ミュールにとっては好きな人という認識は変わらない。


「辞めても落ち着くのはすぐには無理だと思う」

「どうして?」


 王命に反することだからといったことを説明し、ソーラガイスか孤島に逃げることも話す。

 辞めますの一言ではすまない問題に、ミュールは戸惑うしかない。


「そ、それなら魔王を倒せば旅は終わるんだし、魔王討伐を続けるしかないんじゃない」

「魔王を倒そうと思ったら、何年も修行しないといけない。また待ち続けることになるよ。それに俺にはもう倒す気はないし」


 声を潜めて、魔王を倒し終わったら自分が殺される可能性があることも話す。もちろん周囲の気配を探った後、誰にも言わないように念押ししてだ。

 隠していてもよかったが、全て知ってもらってついてくるか考えてほしかった。

 以前レラが紙に書いたように、さらって連れて行くという方法もある。けれどそれはミュールが悲しむことにしかならないと思え、やる気はしない。


「そんなことって!? これまでロンタ一生懸命やってきたじゃない!」


 悲鳴じみた声をあげるミュールの口を押さえる。

 多くの人々を助け続けたことの結末が死ということに、ミュールは納得いかずにいる。

 わけがわからないと憤慨するミュールの隣にロンタは移動し、背をさすって落ち着かせようとする。

 

「ちょっといいかな」

「なに?」


 話題を逸らし気持ちをリセットさせようと、レラが口を開く。ミュールは目の端に涙を浮かべて、レラを見る。

 自分もロンタが好きで一緒にいたいと告げる。ミュールが一番でかまわないから、少しだけも一緒にいさせてくれないかと。


「……助けられた時からずっと憧れていた、か。たしかに命を救われたのならその思いはわかるけど……」


 身近な話題に、ミュールは少し気持ちを静めることができた。

 涙を指でぬぐって、ロンタを見る。


「ロンタはどう返事したの?」

「ミュールが一番大事だからミュールの返答次第っていうふうに」

「それは……」


 レラにはっきりとした返事をしなかったことに複雑な思いを抱く。

 話を聞けばレラがロンタをどれだけ想っているかはわかる。それでも自分だけを選んでもらいたい、そう思う程度の独占欲はある。


「本音をいえばロンタの隣は誰にも渡したくない。ほかの誰も見ずに私だけを見てもらいたい」

「それは、うん、そうでしょうね」

「でも……私がついていかなかったら、ロンタの隣にいるのはあなたになるんでしょうね」


 口を開きかけたロンタはなにも言わずに息だけを吐く。そういう選択があることはわかっていた。

 ずっと故郷で過ごしてきたミュールにとって、村を捨てなければならないということはとても悩むことだった。故郷への愛着は強いし、ほかの土地へ移る不安もある。

 ロンタが自分だけを選んでくれるのならば、喜んでついていく。けれどその部分も曖昧では回答は出せない。


「しばらく考えてみる。そうとしか言えないわ」


 そんな返事しかできず、ミュールは絶壁に向かうロンタたちを見送ることになる。

感想誤字指摘ありがとうございます


》丑三つ時に白装束をまとい、藁人形に釘を打ち付ける」呪いくらい行いそうで

魔法のある世界ですから、大勢がもった恨みとかはわりと簡単に呪いになりそうですね


》あと、予言だと本来いる筈がなかったユージローの存在までわかるのかな?

》予言で裕次郎が出てきちゃってるけど、別の世界の存在なわけだし~

指摘ありがとうございます

わかると言いたいところですが、矛盾してました

後日修正して、どうにかして都合をつけたいと思います

さすがにこの矛盾は放置できないですね


》祭ともまた違いますが、大きなことの前触れらしさが出ていると思いました。

でていましたか。大事が実現するかしないかは裕次郎の腕にかかってる!

よく考えると事が起こってからの薬を作っているんだから実現するかしないかは関係ないのか?


》なんというバタフライエフェクトw

毒の広がる理由を連想していくうちに、あのような流れになりました


》世界半滅亡確定だったんでしょうか

》いずれ広がる毒ならユージロー居なかったら詰んでいたのか

つむまではいかないけど、かなりのダメージを受けたことは確かです


》予言とは遥か未来を確定してしまうのでしょうか…?

》え~と、非天然毒で揮発性かぁ~

深く考えずに書いてますので、いい加減です。もう少し考えてから書けばましになってた、のかなぁ?


》なんか水竜が段々裕次郎に・・・って感じにおもえるのですがww

なにか決定的なことがなければ仲間止まりですね


》それを勘違いしてロンタとか他の人間が馴れ馴れしくしようとしたら痛い目を見る

痛い目見ますね。裕次郎はゴゼロたちの助言や薬の投与などで助けて仲良くなれただけですので


》もうこの人(裕次郎)は端から人間と問題が起こる事を前提に考えてますね。

》裕次郎が完全に個人はともかく集団を信じていないところ 

常に最悪を想定して行動する、今回裕次郎はこれを基準にして考えています

その斜め上をいくと断言しないでいいだけ、気が楽です


》裕次郎「薬が欲しいか? 欲しい? 欲しいよね~?~

そこまでドSじゃないですよ! いやでもSかもしれない


》無造作に蹴破ってるけど数百年単位で密閉された遺跡ですらよどみ腐った空気で身体壊す

咳き込んだり、ハンカチで口を覆う描写必要でしたね、あとで付け加えておきます


》毒って生物全体に影響を与えるようなとんでもスペックだったんですか!

わりと大事になるような考えでいました


》そういえばユージローとセリエはまだそういう関係になってませんよね~

森の中で一人処理してるってことでいいと思います。さすがに我慢し続けるのは無理かと


》2回目ですが、水竜さん回復フラグ?

》流れ的にスイさん完全復活フラグかぬ・・・?

完全回復ではありませんが、回復フラグでした


》ご婦人方も美容のためならものすごい行動的になる気がする

無管理地帯に突撃してくることはないけど、傭兵を雇って薬のレシピを聞いてくるよう依頼するくらいはしかねないのか

傭兵が穏便に接してきたらいいけど、ゴブリンとか殺して侵入したらまた余計なハプニング発生ですね


》珊瑚で作れる薬が気になります

水竜治療のための薬でした。完全に回復する薬からワンランクツーランク落ちた代物です


》薬士であって錬金術師ではないんですよね

ないですね。ホムンクルスは専門外です。大昔の森の民は創ってそうですが


》あと被害を抑えるなら一定条件で硬化する建材か充填材みたいなので破損部分を~

海の民に動いてもらえば可能ですね、これ。魔法薬とかで水中でも瞬時に固まる接着剤みたいなものを作って、毒の漏れ出すのを止めれば被害を抑えられる? これによって動植物へのダメージも減らせそうな予感!

対策としては解毒薬を遺跡のある海域にばらまいて、少しでも毒を薄めるくらいしか思いついてませんでした


》人間が奪いに来なければいいけれど

奪いに来たら、バグズノイド対平原の民の戦争勃発しかねませんね

ちなみに技術を使えるだけで、新たに生み出すことはできないです


》…すいません。言わなきゃいけない気がしました。

イメージが完全にそれですから、無理ないです


》最後の一つの材料が何なのか、そしてどうやって手に入るのか、気になります!

わりとあっさり判明したので、がっかりされたかもしれませんね

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更だけどふと思った。 目的に適合する魂だったってのもあるけど 主人公は3000年相当(魂は)生きる事が可能で それを今世の寿命が尽きたら輪廻の輪に戻さないのを条件に色々なチートを貰ったん…
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