32 魔王の新生活
「ユージロー」
「なに?」
「なんていうか、薬を飲ませた後ちょっと強引っていうか煽ってる。そんな感じがしたんだけど」
「ばれたか。たしかに煽ってたよ」
「どうして?」
「制御を成功させるため。あれは異能に関する薬じゃなくて、洗脳する薬? ちょっと違うか、人の言うことを信じやすくなる薬」
洗脳というほど強力ではない。強く疑いの心を持っていると効果は発揮しない。
「そんな薬を使う必要あったの?」
「マカベルの能力だから、制御できないはずないと思ったんだよ。今は振り回されているみたいだけど、心の底からできると信じて努力すれば制御できるんじゃないかって。それを手助けするのにちょうどいいなと思って渡した」
ある程度手を抜いて作ったので、盲目的に信じるような効果もない。あくまでも背中を押す程度の手助けになればと思ったのだ。
だがその手助けは裕次郎の予想を超えたことも起こす。仲良くしてくれて、手助けもしてくれ、信じてくれた。それはマカベルの心に強く影響を与えてしまう。刷り込みにも近い好意が発生した瞬間だ。
それを予感したかセリエは首を傾げ、小さく唸っていた。
気合十分の鍛錬が始まり、手探り状態でも思うがまま突き進んだマカベルは、十五日ほどできっかけを掴むと、それまでの足踏み状態がなんだったのかというくらいに異能を制御していった。黄色の月の始めには、裕次郎たちが薬を飲まなくとも問題ないくらいに制御してみせた。眠っている時にも力を垂れ流すことはなくなり、森入り口での生活を終えることになる。
「今日から遺跡暮らしでいいと思うけど、セリエはどう思う?」
「制御はできてるし、私も反対はしないわ」
今二人は力を防ぐ薬なしにマカベルのそばにいて、体調が悪くなっていない。
「ほんと? ほんとに?」
やったーと大喜びして裕次郎に抱きつく。
「はいはい、さっさとテントを片付けて遺跡に戻るわよ」
言いながら、マカベルを裕次郎から離す。時々見せるマカベルのスキンシップに、セリエは心のなにかを刺激されるのを感じていた。
離されたマカベルは、はーいと素直に返事をして、少ない荷物をまとめ始める。
荷物を入れたトートバッグを持ったマカベルが外に出て、裕次郎とセリエはテントを片付けていく。
「早く行こ!」
裕次郎とセリエの手を取ってマカベルは森へと進もうとする。それを裕次郎が止める。
「その前に畑の様子を見に行こう。この時間なら爺さんもいるだろうし、挨拶しとくのも悪くはないと思う」
「そうね、いずれ会うんだし、今日挨拶しても同じか」
「爺さんって誰?」
「ゴブリンの長。フォクシンって魔物とも協力して畑を作ってるんだ」
付き合いが深まり、裕次郎はゴゼロを名前ではなく、爺さんと呼び始めていた。
「魔物? 怖くない?」
「魔物よりも怖い魔王がなに言ってるの。敵対しなければ向こうも普通に接してくるわよ」
森に来た頃のセリエからはでない言葉だろう。それだけここでの生活に馴染んだということか。いろいろな魔物に会い、魔王とも何事もなく接しているのだ、いい加減慣れもするのだろう。水竜の前に立つ度胸がついたかはわからないが。
三人は手を繋いだまま、森の縁にそって南に移動する。雪はとけ始めており、十日も経てばとけてなくっているだろう。
三十分ほど進むと、鍬などを持ったゴブリンたちの働いている様子が見える。その中に大きな体のゴブリンもいた。
畑は雪が降る前よりも広げられている。それにあわせるように、魔物や獣対策のための塀も設置され始めている。塀は裕次郎が暇潰しに作り、完成させた煉瓦をフォクシンたちが真似たものを使っている。この煉瓦は集落の方にも使われ始め、腹を減らした魔物の襲撃を防げるのではないかと期待が高くなっている。
キットレーゼから得られた知識も伝えられ、季節に合わせた野菜や果物を植えるようにしている。野菜だけではなく、成長促進薬といった薬の材料も育てられ始めていた。
片言で人間の言葉を話しだしたゴブリンたちに挨拶され、ゴゼロに近づく。
ゴゼロは畑の端にいた。そこには上部が砕けた岩があり、まだ地中に埋まっている部分がある。その岩に上り、拳を引いて目を閉じている。
裕次郎たちが近づく前に、目を開いたゴゼロは拳を岩に叩きつける。岩の砕けた音が畑中に広がった。
「爺さん、はりきってるな」
「ん? クスシか」
「魔術に慣れたみたいだね」
「岩ヲ砕くくらいならバな。若イ頃は魔術なしデも岩を砕くことくらイ簡単だっタんだが。衰えタものだ」
「二つ名持ちの魔物だから、それくらいはできたんでしょうね」
父から聞いたゴゼロの話を思い出し、岩を砕いたことにセリエはたいして驚かない。
ゴゼロが砕いた岩の上からどくと、ゴブリンたちが岩を畑の外へと運んでいく。その石に中に火晶などが見え、裕次郎は後でもらっていくことにした。
「その人間の子供ハ話に聞いテいた魔王カ?」
「そうだよ。遺跡で暮らせるようになったから、会わせておこうと思って」
「は、初めまして」
見た目がいいとはいえないゴゼロに怯え、裕次郎の背に隠れて挨拶をする。
「これかラよろしくナ」
「よ、よろしく」
これがあの気配の主なのかとゴゼロは首を傾げる。力の大きさはなんとなくわかる。しかしあの時の気配が感じ取れない。裕次郎たちが嘘をつく意味はないので、マカベルを軽んじることはない。試しに気配を出してもらおうかと考えたが、口に出すことなく止めた。ここであの気配を放たれるとゴブリンたちや育てている野菜に被害がでる。
「畑の進み具合はどう?」
「早い収獲ノほかにゆっくりト育てる方も始めたゾ。ほかの者たちモ作業に少しずツ慣れ始めているようダ」
「順調にいけばいいね」
「いかせたいナ。今後ノためにモ」
生活が楽になり、ゴブリンやフォクシンの数が増やせるチャンスだ。失敗してほしくないとゴゼロは心の底から思っている。
薬の追加注文を受けてから、裕次郎たちは遺跡に帰る。その途中で以前治療したハーピーに声をかけられた。彼女はこの森を定住の地に決めた。怪我や病気になった時、すぐに対処できるからというのが理由らしい。
「こんにちはです、クスシ様、セリエ様」
木の上から下りて、耳心地のいい綺麗な声で挨拶してくる。けれどまた病気にでもなったのか、顔色が悪い。
「こんにちは。顔色悪いけど、またどこか悪くした?」
「いえ、今さっき気持ち悪くなっただけで、もう収まりかけてますわ」
「……あ、マカベルの進路上にいたのか」
今も上空へと力を放出している。それが木の上にいたハーピーに接触したのだろう。少しだけ影響を受けたのは、まともに接触したのではなく、掠ったからか。収束させて放出しているので、直に触れると気分が悪くなる程度ではすまないのだ。
「どういうことですの?」
「この子は異能を持っててね」
どういう異能で今どうなっているのかを説明する。
「そういうことでしたか」
「えと、ごめんなさい」
「気にしなくていいですわ。不幸な事故ですもの。私はハーピーのヒア。よろしくね」
「よろしく」
人とは違う姿ながらゴゼロのように怖い外見ではないので、怯えることなく返す。
特に用事はなく挨拶だけだったのか、ヒアは三人に微笑みを向けると散歩のため羽ばたいていった。
ヒアとわかれた三人は遺跡に戻り、ヴァインとフォーンに出迎えられる。
「ヴァインっフォーン!」
ヴァインの姿を見たマカベルが嬉しげに駆け寄る。ヴァインとフォーンも二度ほど裕次郎たちに同行し、マカベルと会っていた。動物と触れ合うことが楽しみだったマカベルは、薬を飲んで近くにいても平気なヴァインたちと遊べることが嬉しかった。ヴァインの方もマカベルに敵意がないことを理解して、すぐに警戒を解き遊び相手になってもらった。フォーンは臆病なため、すぐに慣れるといったことはなかったが、二度目の最後にはなんとか話せるようにはなっていた。
「今日から遺跡に住むようになったんだ。まだ怖いかもしれないが、少しずつ慣れてくれないかな」
「うん。頑張る」
いまだ少し怯えた表情でフォーンが頷く。その表情のまま来客を告げる。
「ハインドさんがきてるよ」
「また暇潰しかな?」
ハインドはキットレーゼが薬を必要としなくなっても、時々お菓子などを持って遊びにきていた。腕のいい薬師とのツテを切らないようにするため、主から命じられていたのだ。
全員でリビングに入ると、ハインドはフォーンが入れたお茶を飲んでいた。
「お帰りなさっ!?」
部屋に入ってきた裕次郎たちを見てハインドは驚愕の表情を見せた。
「ただいまってどうしたのさ、そんな驚いた顔をして」
「そそその方はどのような方なのでしょう!?」
ハインドの視線はマカベルに固定されている。視線には畏敬の感情が篭っていた。
恐怖ではなく、敬いの視線など初めて向けられたマカベルもどうしていいのかわからず、裕次郎の服を握り締める。
「説明する前になんでそんなに驚いているのか聞いても?」
「圧倒的な魔力に、ひれ伏すことも躊躇わない。そんな感情が湧いてくるのですっ」
魔力の多い者の血を好む吸血鬼が、血を吸いたいとは思わず、感じ取れる魔力の豊富さに血を吸いたいと思うことすら不敬と思えている。仕える者がいなければ、即座にひれ伏していただろう。
「この子は魔王と呼ばれる存在なんだよ」
「たしか平原の民に時々生まれる突然変異のことでしたね。そういった存在がいるとは幾度か耳にしましたが、目にしたのは初めてです。ここまでとは」
「そこまで驚くような存在なの?」
セリエの問いに頷きを返す。
「はい。吸血鬼ならば誰もが同じ思いを抱くことでしょう。王として君臨するとその方が言いだしても、反論は出にくいでしょうね」
「そこまでか」
力が強いといえども他種族だ。それなのに反論が少ないだろうと真剣な表情で予測することに、裕次郎とセリエはマカベルの高い潜在能力を垣間見た気がした。マカベルが吸血鬼を傅かせているところは想像できなかったが。
「マカベルのことはひとまず置いといて、今日はなにか用事がある? それともただ遊びにきただけ?」
「そのどちらもですね。大旦那様が腰を痛めたので、その薬をもらえればと」
「腰を痛める吸血鬼」
セリエが思わず呆れたような声を漏らす。
「もう老齢といっていいお年ですから。そういうこともあるのですよ」
「魔法薬じゃなくて、普通の薬でいいよね」
「ええ」
「それならすぐにできる。ちょっと待ってて」
裕次郎がフォーンを連れて、外に出る。遺跡周りの野草で材料は揃い、それの説明をフォーンにしつつ材料を集めていった。
粉末にした草を一定の割合で混ぜ、熱した石鉢で煎る。小皿に移して熱を冷まし、油で混ぜて瓶に入れた。
この程度ならばシュミセン家にいる薬師にもできるが、どのような薬を持ってくるか薬師にも興味があり、裕次郎を頼ることに口を挟むことはなかった。
「布をこれに浸して、患部に張っておけば大丈夫だから」
「よろしければレシピももらえますか? うちの薬師が興味あると言っていたので」
わかったと頷いて、ハインドが差し出した紙にざっと書き出していく。
「できた」
「ありがとうございます」
受け取った紙をポケットにしまい、裕次郎たちと少し話した後、屋敷に帰っていく。今回は急ぎだったようで、鳥の血を用意して翼を生やし空を飛んで帰っていった。
セリエは昼食を作り始め、裕次郎は遺跡内の案内をする。部屋は一人部屋を用意したが、マカベルが二人のどちらかと一緒がいいと言ったので、セリエと一緒になった。
昼はハインドがお土産に持ってきていた冷凍サーモンを使ったムニエルだった。夜はサーモンを入れたスープらしい。牛乳があればシチューを作ったのにとセリエは残念だった。裕次郎的には醤油があれば刺身でも食べてみたかった。ワサビ醤油か大葉醤油が用意できれば、いつもより食が進んだだろう。
昼は勉強と鍛錬で、時間が流れていく。日が暮れて、夕食を終え風呂に入る時間となる。
「ユージローと一緒に入る」
使い方がいまいちわからないだろうから、セリエと入るように裕次郎が言うと、マカベルは首を横に振ってそう言った。
「まあ、別にいいけど」
「駄目」
そのくらいならと裕次郎が頷いたすぐ後に、セリエが口を出す。
「どうして?」
「男女一緒に入るのはおかしいことなのよ」
「でも」
「駄目」
「一回くらいならいいんじゃない?」
裕次郎の助けに、マカベルは表情を明るくした。
その裕次郎にセリエはとても冷たい視線を送る。言葉にできない迫力があり、裕次郎は背筋を伸ばす。
「もしかしてマカベルの裸に興味あるの?」
「ないです、はい。セリエと一緒に入るのが一番だと思います」
「裕次郎もこう言ってることだし、行くわよ」
「そんなぁ」
セリエに背を押されてマカベルは浴室へと歩いていく。
二人があがった後に、裕次郎はフォーンを連れて入る。
マカベルは久しぶりの風呂の気持ちよさに、一緒に入れず残念といった気持ちはどこかいったらしく、ふわふわとした気分のまま眠りについた。
翌日は、フォーンの里帰りを兼ねてフォクシンの集落に行くことになる。ヴァインの背にはフォーンのほかにマカベルも乗っている。大人一人分の重量もないので、ヴァインが苦しそうな様子を見せることはなかった。
冬篭りから出てきて腹を減らした魔物に襲われはしたが、特に苦戦することなく到着できた。その戦いにマカベルが参戦することはなかった。負けることはないのだが、怯えてフォーンの背中にしがみついていた。
木の柵だけだった集落は急ピッチで煉瓦製の塀に代わっており、フォクシンたちは忙しそうに動いている。
フォーンが帰ってきたことに気づくと、フォクシンたちは手を止めて集まってくる。裕次郎たちにも手を上げて挨拶をしてくる。見知らぬマカベルには反応は悪いが、人見知りすると知っているのでマカベルが落ち込むことはなかった。
一通り挨拶がすんで、裕次郎たちはこれまでやってきたことの成果を見せてもらえることになる。
集落の端に移動すると、土が高く積まれている。以前にはなかったものだ。煉瓦作りのための材料として置かれている。
「まずは魔法だって」
一列に並んだフォクシンたちがこれからやろうとしていることを、フォーンが聞き通訳する。
「クー!」
一匹にフォクシンが大きく声を出すと、炎の矢が飛び土に命中した。
同じように次々とフォクシンたちが声を出し、氷の飛礫や土の塊が飛ぶ。
「私たちが使うものと遜色ないわね」
「だね。補助薬を使えば、自衛のための立派な武器になるね」
感心したように裕次郎とセリエが言う。人間用として教えた魔法を、自分たちに扱いやすいように改良して成果を出している。十分褒めるに値することだろう。
一方でマカベルは首を傾げている。
「そこまですごいこと?」
「マカベルと比べると劣るけど、平原の民と比べたら劣ってるところなんてないんだよ」
「そうなんだ」
マカベルは短時間で、以前森の民が使った威力と同等の炎の魔法を作り出している。それと比べられるとフォクシンたちが可哀想だ。
魔法の実演が終わり、次はクロスボウの試作品披露となる。
「協力魔法はまだ未完成だから、やらないって」
「未完成ってことはそれなりに進展があってるってことか。ほぼノーヒントですごいな」
「協力魔法ってなに?」
マカベルが裕次郎の服を引っ張り聞く。
「さっき見たように一匹が放つ魔法は大して強くなかったな?」
「うん」
「それをどうにかしようとしたのが、平原の民特有の魔法なんだ。魔法薬を使って複数人で、一つの高威力の魔法を使う。それが協力魔法なんだ」
「私たちも使える?」
「やり方わからないから無理だな。そんなものをフォクシンたちはゼロから作り出そうとしているんだ」
「すごいね」
さすがにこれにはマカベルもすごいと思えた。自身に当てはめると、裕次郎たちから魔法を教えてもらわずとも魔法を使えたということだ。それは自分には無理だったので、素直に驚く。
実際にはまったくのノーヒントではないので、驚きの少しは勘違いだった。
そんなことを話していると、フォクシンたちが作り上げたクロスボウを持ってきた。
いやクロスボウではなくバリスタだ。フォクシンたちは自分たちサイズのクロスボウでは威力が足りないと、大きなものを作り上げたのだった。
「あれがクロスボウってやつなの? 弓って感じがしないけど」
「あれはバリスタって備え付けの大型弓だね。クロスボウはあれの小型版で持ち運びが容易なんだ。大型で持ち運び可能なのはアーバレストっていうんだっけか?」
土山から八メートルほど離れた位置にバリスタを置き、発射準備を進めていく。
フォクシンたちが作ったバリスタは、弓の弦の中心に紐が結ばれており、その紐は後方にある大きめのリールに繋がっていた。リールには左右に取っ手がついており、二匹から四匹で紐を巻くようになっている。
今も二匹のフォクシンが懸命にリールを巻いている。コッキングロープという弦を引くことを容易にするしかけもクロスボウにはあるのだが、裕次郎がその部分を知らなかったためこのバリスタには使われていない。
試運転にはちょうど良いだろうと思われるほどに弦が引かれると、別のフォクシンが合図を出す。二匹のフォクシンは巻くのを止めて、リールが回転しないよう力を込めて止めている。手を離しても大丈夫な作りではないらしい。
弦が引っ張られている状態で、フォクシンが長さ一メートル太さ三センチほどの細めの木の杭を浅く掘られた溝にセットする。そのフォクシンは急いで離れ、弦そばに誰もいないことを確認して、リールを止めているフォクシンたちに合図を送る。
リールから手を離し、弦が勢いよく杭を押す。発射された杭は深々と土の中に食い込んだ。
「すごい威力ね。少なくとも私の弓より強力だわ」
魔術込みの威力でも負けてそうだと食い込んだ杭を見て思う。
これがあれば以前来た蛇も怖くはないだろう。命中すればの話だが。量産すれば巨体種にも対抗できるだろう。やはり命中すればだが。
「連射性は、弓に負けるけどね」
「まあ、あれだけ手間かけてたら連射は難しいわね」
「ほかに命中が難しいということも皆わかってるみたい。だからなにか考えはないかって言ってる。皆は魔法で足止めしてから発射する使い方を考えてる」
運用方法はフォクシンたちなりに考えている。そのほかになにか考えがないかと聞きたがった。
「俺もすぐに思いつくのは魔法で足止めするくらいかな。あとはネットやとりもちみたいので動きを制限する?」
「ネットやともりもちってどんなのかだって」
どちらもフォクシンたちの知識にはないものだ。彼らも魚はとるが、網は使わず追い込んでの手づかみだ。
「ネットはフォクシンたちが着てるカーディガンの目をもっと荒くして大きく作ったもので、それを対象に被せて動きを制限するんだ。対象をおびき寄せて木の上から投げつけたりするのかな。とりもちはべたべたとした物体。それを投げつけるか、設置した場所に対象をおびき寄せる? もっと単純に麻痺毒を対象にぶっかけるって手もあるか」
それをフォーン経由で伝えると、フォーンにとりもちかその代用品と麻痺毒を教えることになる。
麻痺毒を有効に使うため、クロスボウも量産されることになる。致命傷は与えられずとも、刺さるくらいなら小型でも可能だと気づいたのだ。
足止めならばボーラも有効かもしれない。しかし裕次郎はボーラを知らないし、大型の魔物や蛇のような足のない魔物には有効とはいえないので言い出さなくて正解だったのかもしれない。
バリスタの披露で、開発品発表はお開きとなった。
フォクシンたちは作業に戻っていき、フォーンも皆の成果を知るためにあちこちと動いていく。
「これからどうするの?」
少し暇に感じてたマカベルが、ようやく自由に動けると二人に聞く。
「んー今日は泊まりになるだろうし、ここらで狩りとか薬の材料集めでもしようかなと思う。ついでにドライアドさんのとこに挨拶にでも行こうか」
「それでいいわ」
「ドライアドってどんな人?」
「木の精霊よ。そこには水竜って上位竜の子供もいるから、怪我なんてさせないようにね。子供を傷つけられると水竜が大暴れする可能性もあるし」
「水竜って?」
「とっても怖い魔物。会わずにすむならずっと会いたくない相手」
「……怖いの?」
途端にマカベルの瞳が不安で揺れる。
安心させるように裕次郎がマカベルの肩を軽く叩く。
「湖に行かなければ会うことはないし、必要以上に怯える必要はないよ。セリエが言ったように水竜の子シュピニアをわざと怪我させるようなことがなければいいんだし」
「気をつける」
元気付けるためか擦り寄っていたヴァインにお礼を言って撫でる。
フォーンに出かけてくることを伝え、裕次郎たちは集落を出る。
西に進み、ドライアドの本体に到着した。だが裕次郎たちが近づいても姿を見せない。念のため幹をノックしても反応はない。
「留守かな? 散歩中か遺跡に行ったか」
「少し待って帰ってこなければ、戻りましょ」
そうするかと裕次郎は周囲を見渡し、薬の材料を探す。セリエとマカベルは一緒にヴァインのブラッシングをして時間を潰していく。
十五分ほど経つと、セリエとヴァインは近づいてくる気配に気づいた。ドライアドの気配なので、ヴァインは警戒せず寝転んだままだ。
すぐにシュピニアを抱いたドライアドが姿を見せた。
「あら? こっちにきてたの。どおりでいないはずね」
「遺跡に行ってたの?」
「ええ、バグズノイドに出かけたと聞いて、戻ってきたのよ。その子は話に聞いてた魔王? 随分と可愛らしいわね」
笑みを向けられて、マカベルはセリエの後ろに隠れた。
恥ずかしがりやなのかしらと小首を傾げたドライアドの腕の中から、シュピニアがするりと下りてマカベルの足下に移動する。
「この子が水竜の子?」
「そうよ」
マカベルはしゃがんで見上げてくるシュピニアを見る。
傷つけては駄目ということなので、異能を抑えこんでから手を伸ばす。それをシュピニアはするりと避けた。マカベルはもう一度手を伸ばし、また避けられる。それを繰り返していくうちに、そういった遊びになったのか、両者は楽しそうな雰囲気をまとう。
「見たかぎりだと危険はなさそうね。大きな力は感じられるけど」
「本人が争いを好む性質じゃないしね。異能が暴発とかしなければ安全だと思うよ」
暴発しても大丈夫なように、異能が制御できている今でも薬の開発は進めている。
マカベルについて話していき、バンパイアの反応でドライアドは納得したような表情になる。
「魔力に影響うける魔物だからね。あの子の力を感じ取れば納得の反応だと思う」
シュピニアと遊んでいる様子からは、バンパイアを従える様は想像しにくい。この先はわからないが、今はああやって遊んでいる姿が似合っていると裕次郎たちは思う。
マカベルがシュピニアに触れて遊びに一段落ついたところで、ドライアドはマカベルに近づく。少し話して人格などを掴んでおこうと思った。
その間に、裕次郎たちは少し離れて狩りをすることにした。
「少し私と話さない?」
「いいけど、ユージローたちどこに行ったの?」
置き去りにされたのではと不安げに周囲を見る。
「大丈夫よ。狩りに行っただけだから。すぐに戻ってくるわ」
「ほんとに? ほんとに?」
重ねて問うマカベルに、ドライアドは微笑みを浮かべてしっかりと頷く。それで少しは不安が晴れたか、そわそわとした様子はなくなる。
「自己紹介は、いいわね。互いに名前は知ってるし。今の暮らしはどう? なにか嫌なことがあったりする?」
「一人じゃないし、すごく楽しいよ。ご飯も美味しい。嫌なことなんてない」
「あの二人に遠慮なんかしてない?」
これまでの生活と比べて大きな差があるとわかる。その差で嫌なことに気づいてなかったり、知らず知らずにうちに我慢していないかと聞いてみた。
「遠慮? 例えば?」
「そうね……朝は食べないのにせっかく作ってもらったのだからと食べる、これはなんか違う気がするわね。二人が楽しく話しているところに加わるのを躊躇うとか?」
「そういったことはないよ」
「そうなの。じゃあなにか困ったこととかわからないことは? これまで一人で、ほかの人と暮らすことでわからないことってありそうだと思うけど」
マカベルは首を傾げて、すぐに思いついた。
「ユージローと一緒にお風呂入りたいのにセリエに駄目って言われる。男と女が一緒に入るのはおかしなことだって。それがよくわからない」
「セリエが駄目って言うの? ユージローは?」
「最初はいいって言ってた。でもセリエに駄目って言われた後は駄目だって」
「ふーん」
嫉妬かしらと内心首を傾げた。
「人間の決まりごとでは、一定年齢を超すとそう言われるらしいわね。私も詳しくはわからないけど倫理とか節度の問題?」
「よくわからない」
倫理と節度と言われてもマカベルには理解できなかった。
恥ずかしさの説明をして納得してもらうのが一番なのだろうが、人間社会からはみでて久しいマカベルにそういった感情は薄く、幼い頃に学んだ規律は記憶の彼方だ。サバイバル生活ではそんな規則などなんの役にも立たなかった。
ドライアドもマカベルも裸をさらすことは恥ずかしいと思っていない。服は防護用や保温用だ。
「説明が難しいわね」
そもそも人外種族が人間にそういったものを説明するのがおかしいのだ。
「機会があればいつか一緒に入れると思うしかないんじゃない?」
「入れるかな」
「おそらくとしかいえないわねぇ。ほかになにか疑問に思ってることはある?」
明確な助言はできないので、話題を変えることことにした。
「ほかに……ユージローもセリエもヴァインもフォーンも大好き。でもユージローと話したり手を握ったりすると時々体がギュっとなる」
「ギュ? 痛かったり苦しかったり?」
違うと首を横に振る。
「嬉しい、のかな」
少し頬を赤らめて言うマカベルを見て、もしかしてとドライアドは推測を立てた。
三角関係かと顔がにやけそうになるのを我慢して、真面目な表情を取り繕う。
「それは特別な好きって思いをユージローに抱いてるからよ」
「ユージロー特別?」
「そう特別。私も行きずりの蜂や木のそばに咲いた花に似たような思いを抱いたわ。けれど寿命の違いには勝てなかった! ああ、懐かしき青春の日々!」
昔の記憶を掘り起こし、ドライアドはどこか遠くを見る。思い返されるのは飛び立っていく蜂の勇姿、種から成長を見守り一人前となった花、一夜の宿を求めて身を寄せてきた渡り鳥、樹液を求めて近づいてきた与え奪っていくだけの関係のカブトムシ。様々な出会いと別れの記憶が、セピア色で浮かんでは消えていく。まあ、ほとんどの記憶が一方的な思い込みだが。
どうしてあなたたちはそんなにも早くにいってしまうの、と大きな動作つきて言っているドライアドを、マカベルとシュピニアは呆然と見ていた。
落ち着いたドライアドにマカベルは聞く。
「特別な好きを抱いた私はどうすればいいの? なにかしなくてはいけない?」
「そのままでいいと思う。今はまだ無理になにかをする必要はないわ。その気持ちを大切に育てていきなさい。ただその思いが……いやまだ早いかしら」
裕次郎の気持ちがセリエにしか向いていないことはドライアドも知っている。今ここでそれをマカベルに伝えても、傷つけるだけかもしれないと思えた。
特別な好きとただの好きの明確な違いをわかっていない状態だ。特別な好きが自分に向いていないと知ると、単純に反対の嫌いという思いを向けられていると勘違いし傷つくかもしれない。
裕次郎の思いの種類や方向をマカベルが自力で気づけるほどに成長すれば、身を引くかもしれない。諦めきれずに追い続ける可能性もある。その時は「既成事実」という、樹齢約三百年の間に得た無駄知識を与えようと考えた。
「育てるってどうすれば育つの?」
「ユージローと一緒にいなさい。そうすれば自然とね。薬作りを教えてもらいたいって言えば一緒にいる口実になるわね。ついでにセリエには料理も教えてもらいたいと言えばいい誤魔化しになるかも」
マカベルの行動は、セリエ自身が把握しきれていない思いに対し良い刺激になるだろうと考える。ついでに薬について学べば最終手段「媚薬」入手も可能となると内心呟いた。
ドライアド式時限爆弾設置の瞬間である。爆発するかしないかは、マカベルの成長次第だ。
茂みの向こうから足音が聞こえてくる。
「戻ってきたみたいね」
ドライアドの言葉にマカベルは表情をいっきに明るくした。
姿を見せた二人に駆け寄って抱きつく。その様子を見ると、三角関係に発展するのはまだ先のことではないかとドライアドは思えた。
「マカベルから頼みがあるそうよ」
「頼みってなに?」
二人は抱きついてきたマカベルを撫でながら、ドライアドの言葉に首を傾げた。
「あのね、薬と料理の作り方を教えてほしい」
「いいよ」
裕次郎は即答し、セリエも頷く。
「私もいいけど、急にどうしてそんなことを?」
どう言えばいいのか口篭るマカベルのかわりにドライアドが説明する。
「二人のしていることに興味がでたらしいわよ。色々なことに関心が湧くのはいいことだと思うけど」
「そうなんだ?」
裕次郎の確認に、マカベルはうんうんと頷く。
それに二人は怪しむことなく納得する様子を見せ、遺跡に戻ったら始めようということになった。
二人から離れたマカベルは、色々なことを教えてくれて助けてくれたドライアドにありがとうと感謝の言葉を贈る。
どういたしましてと微笑みと共に返す。去っていく裕次郎たちの背を見てドライアドは、マカベルのそばに彼らがいるかぎりは普通の少女とかわりなく過ごすのだろうと、魔王という存在に危惧を抱くのを止めた。
感想ありがとうございます
》巫女服だと…おのれユージロー羨ましい、許せん!
欲望に忠実だった裕次郎の勝利!
》これで、ヒロインに魔王が加わるのか
ヒロインのような妹のような娘のような
このままではマカベルはふられることは確定
》マカベルて平民の民だからセリエに拒否反応?起こさないの?
平原の民という前に、魔王というインパクトが強いのでそちらに反応はしませんでした
》久しぶりに神無の世界見てたら…文献でユージローさん発見
直接的な繋がりを持たせようとしてやっぱりやーめたという名残ですね
今は平行世界という感じで考えてます。神無の世界とこちらの裕次郎は異世界同位体?
》世界の常識的に魔王は本人の性格にかかわらず殺すべき対象
ですね。この考えであってます。地球生まれの裕次郎が受け入れたのはこちらの常識とずれているということで説明できますが、セリエが受け入れたのは異常と言ってもいいです。裕次郎の接し影響を受けたことや森での生活で、セリエも変わってきています
》性格が『好戦的ではない魔王』なんて名誉欲のある人からすればこの上ないカモだし~
多くの人は魔王の顔を知らないのでしばらくは暮らしていけますが、成長速度の違いから長居できませんね。ばれたらもちろん殺されます
》占いで見つかった魔王に巻き込まれるって事だったんですね
イエス。ここらへんは明日明後日の勇者編で書いてます
》魔王の居場所を占いで発見されて勇者が派遣されてくると王族殺しで指名手配~
並の傭兵なら返り討ちできますね、薬使用時の裕次郎たちなら。大量にこられると戦い方を考えないといけませんが
》途中のなんの疑いもせずに薬を飲んだってとこドキリとしましたね
入ってました。軽く洗脳した状態ですね
》魔王は娘ポジなんだろうか、それとも恋のライバルポジ?
恋のライバルポジでしょうか。ドライアド姉さんが頑張りすぎました
》大馬(鹿)王ユージロー
そう大外れでもないという
》やったねユージロー!娘ができたよ!
これ書かれると裕次郎たちの将来を鬱展開にしないといけないような気がしますね! しないけど!
》セ リ エ が 可 愛 す ぎ て 生 き る の が 辛 い
可愛く書けていると言われると嬉しいですね
毎日更新は無理だけど、エタらないよう頑張りまっする
》おまわりさん、コイツです
やめてあげてっ勇者にも事情が! まあ迂闊といえば迂闊なんですけどね
》魔王様かわいいなあ、絶対悪のポジションじゃなかったんですね
裕次郎とマカベルが人間に殺されれば、大暴れして悪と呼ばれるように! その場合異能を撒き散らしつつ、炎で出来た動物たちを従えての大行進ですよ
》マカベルとウィアーレが繋がった気がする。歪み使い的意味で
その発想はなかった
》勇者が来たら勇者一同VSゴゼロ、セリエとユージロー+強化薬~
この面子だとふるぼっこ確定ですね。というか水竜だけで圧勝です。いや本調子じゃないから負ける可能性もあるのか
》魔王ちゃん単体だけでも勇者勝てなくなるんじゃね
異能をある程度制御して積極的に戦うようになったら勇者の勝率はかぎりなく低いです。収束された力は裕次郎の作った薬を簡単に突き抜けますし
》王族殺しの嫌疑がかけられている主人公の事を勇者はどう思ってるんでしょう
》占い師に王族殺しの真実を尋ねる者はいないのでしょうか
ここらへんは明日明後日の勇者編で
》魔王も可愛いがヴァインも可愛いな
最近影が薄いヴァインです。もふもふでマカベルに気に入られてます
》魔王の境遇が不憫でかわいそうです。 幸せになればうれしいです
マカベルが幸せになれるかは裕次郎にかかってる! のかもしれない
》マカベルちゃん・・・・良い♪ ってか守ってあげたくなりますね
強いって自覚して戦えるようになると、誰にも守られずに生き残れますけどね! これまでの経験が影響して戦いは好きではないです




