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20 バグズノイド

 以前も国境を越える前に寄った町で雪解けを待ち、地面が見え出した頃、二人は無管理地帯へと進む。一度行き来して慣れたということやアスモライのような超大型に出遭うことはなかったため、ライトルティへと入ることができた。

 三月の始めに二人はソルヴィーナに戻ってきた。


「また予約取らないと」

「いや取らなくて大丈夫。これがあるし」


 どれと首を傾げたセリエに、預かっているペンダントを見せる。


「これがあれば自由に入れるんだ。また来ることが予知でわかったらしくて、まだ返さなくていいって言われてたんだよ」

「今日のことわかっていたのね」


 宿を取る前に神殿に向かい、門番にペンダントを見せて入れてもらい、警備の詰め所でフィナを呼んでもらう。

 待つ間にフィナに買っておいたお土産を準備しておく。買ったのは香水だ。変に高いものは誤解を与え、安物はまずかろうと悩んだ結果それを選んだ。材料は買った地方にのみある木の花で、その花の香りに近づけたものだ。外に憧れを持つフィナに、この地にはないものを感じさせるものがちょうどいいのではと思ったのだ。


「お久しぶりです」


 呼び出しを受けてすぐにフィナが現れる。

 裕次郎も久しぶりと返し、その時にお土産を渡す。


「あ、本当に持ってきたんですね。ありがとうございます」


 香水の特徴を話し、意図を知ったフィナは嬉しそうに頭を下げた。

 そんな二人の様子を見て、セリエの心に少し波が立つが、本人も気づいていなかった。

 フィナに連れられ、神殿に入る。


「なにこの雰囲気」


 相変わらずの敵意にセリエが首を傾げる。


「申し訳ありません、言い聞かせはしたんですが納得しない子もいまして」

「どういうこと?」


 なんの事情も知らないセリエに、フィナは予知ができなくなったことなどを話していく。


「予知に影響を与えた? 一個人がそんなことできるの?」

「予知を変える人はいます。しかしそれは予知されたことを知った上で行動した場合です。何も知らずに変える人など十年に一度入ればいい方なんです。けれどサワベさんはいくつもの未来に影響を与えて」

「ユージローはそれについてなにか理由知ってる?」

「これじゃないかなってことはある」

「あるんですか?」


 驚いたように振り返る。理由を知っているとはフィナたちは思っていなかったのだ。


「言っても信じられないだろうし、もう意味のないことだからそうそう言う気はないけどね」

「秘密にしていることの一つ?」

「そうなるね」


 通じ合ったように頷き合う二人を仲が良いのだなとフィナは見て、客室まで案内する。

 ちょうどカートルーナは占いの仕事をしているようで、客室にくるまで少し時間がかかると連絡がくる。

 それまで待つことになり、フィナは二人に外のことを聞き、思いをはせていく。その様子を見て、セリエはお土産を嬉しがった理由を察した。

 雑談で過ごし一時間が過ぎて、カートルーナが入ってくる。

 予知ではいなかったセリエを見て驚くが、裕次郎に関しては未来が不安定ということもありすぐに落ち着く。


「お久しぶりです、サワベさん。そしてはじめましてセリエさん」

「私の名前を? あ、客として来た時に」


 裕次郎と一緒にいるところを見て、記帳で調べたのだろうと言うセリエに、カートルーナは首を横に振る。


「いえ、そうではなく。サワベさんが変えなかった未来において、私と繋がりがあったのです。今となっては無意味な話です」

「そう」


 わからないことなので、短く返すしかない。興味もなかった。

 興味ないことへの淡白さ加減は未来視で見たとおりなので、カートルーナは苦笑を浮かべる。


「それで今日来た用事はなんなのでしょうか」

「また占ってもらいたいことがあるんです。霊峰ルトマトフィリアって場所を」


 少し驚いたようにカートルーナとフィナは眼を開く。

 その反応に裕次郎とセリエの緊張感が高まる。


「今回の用件はそれでしたか」

「えっともしかしてそんな場所なかったり?」

「いえ、知っていますが」


 カートルーナの言葉に、裕次郎とセリエは心底ほっとして、ソファーに背中を預ける。


「昔から死んだ人に一目でも会いたいという人は多いです。あなたがたもその一人なのですね。霊峰はここライトルティの西の無管理地帯にあります。詳しいことをお話するので、こちらの頼みも聞いてもらえないでしょうか」

「ただで情報貰えるとは思ってないし、頼みってのを話して」


 難しすぎることじゃないといいなと思いつつ、裕次郎が聞く。


「東の村に異能を持つ子供がいます。その子を神殿まで護衛してもらいたいのです」

「カートルーナ? それだけなら私たちでもできるよ?」


 フィナが首を傾げる。


「たしかにただ連れてくるだけなら。でも迎えに行った時になにか困ったことがあるようで、兵士では解決できそうになくて」

「解決できるのが、このお二人?」

「おそらく。解決の糸口になるかわかりませんが、魔物の姿を見ました。甲虫に人の上半身がくっついたそんな魔物を」

「たしかに魔物でしかないなそれ。退治すればいいってことなのかな」


 下半身が異形ということで近いのは海の民なのだろうが、地上でそのような姿形をとらないことを裕次郎も知っている。


「見えたものでは警戒はしているようでしたが、話してもいるようでした。だからすぐに退治に動いたのではないと思います」

「ふーん。まあなんにせよ、虫の魔物に効く毒も作っとこ」


 いざって時のために用意はしておいた方がいいと考えた。

 村のありかや子供の年齢と特徴などを聞いて、子供を引き取る時に必要な神殿からの委任状をもらう。それには子供を引き取る際の条件なども書かれている。


「これを村長に見せてもらえれば、その子を連れ出しても問題ありません」

「親とかに話は通ってる?」

「いえなにも。ですが疎まれているので問題はないでしょう」


 そう言うカートルーナとフィナは悲しげな顔となる。

 セリエの両親のように自身の子がハーフになるとわかっているわけではなく、普通の両親から生まれた異能の子を疎む両親は少なくない。受け入れる親もいて、そういった者は神殿から誘われると子と一緒にソルヴィーナに住居を移す。今回の親は事前調査でそうではないとわかっていた。一定期間の税免除などを提示すれば手放すだろうとこれまでの経験でわかっている。

 子供も異能を使わずにいれば普通の子として暮らしていけるのだが、生まれつき備わっているものを軽々しく使ってはいけないという意識はなく、家族や友達に見せて疎まれてしまうのだ。

 共感したのかセリエも難しい顔となり、重くなり始めた雰囲気を払拭するため、裕次郎は別の話題をふる。


「そういや群れる影犬ってどうなった? 国が動くかもって言ってたけど」

「色々と準備してから動いて、十日ほど前に一段落ついたようですよ」


 警備から話を聞いてたフィナが答える。


「へー壊滅した?」

「幹部は捕まえて、構成員のほとんどは処刑されたようです。ですが逃げた者もいるようで、逃げた幹部と構成員がいくつかある隠しアジトに逃げ込んだのではという話です。財力や保有技術力はがくんと落ちたので、以前のような動きは難しいでしょうね」

「やけになる可能性もある」


 セリエの言葉に、その可能性も聞いているとフィナは頷いた。

 聞きたいことを聞けた二人はソルヴィーナを出る。今回もペンダントは預かりっぱなしだ。

 向かう先はソルヴィーナから五日、山の麓にあるワクムムットという名の村だ。林業を中心とした村で、名産品といえるものはない。

 山に危険すぎる魔物はおらず、定期的に傭兵などを雇って魔物を退治しているため一般人も入ることが可能なくらいだ。

 移動の間にソルヴィーナで材料を揃えておいた殺虫剤を作り上げ、二人は三つずつ持つ。試しに使ってみようと野宿時に蓋を開けただけで、周囲からは虫の声が消えた。蓋を閉じて少しするとまた聞こえ出したことから、怯え警戒して息を潜めたのだろうとわかる。


「着いたけど、雰囲気が悪いね。もう問題が起こったのかな」

「そうでしょうね。とりあえず子供の無事を確認して、村長に委任状を見せましょ」


 馬車を預けた二人は村に入り、村長の家や異能の子の家を聞いていく。その時になんというか獲物を見るような目で見られているとセリエは感じる。

 村長の家が近かったので、最初にそちらに行くことにした。

 玄関をノックすると四十過ぎの男が出てくる。顔色はいいとはいえない。


「何用ですか?」

「あなたが村長ですか?」


 裕次郎の問いに頷く。委任状をショルダーバッグから出して、差し出す。


「占い神殿からの委任状です。この村に異能を持つ子がいると聞きました。引き取らせてもらいます」

「そういった用事ですか。これはなんの意味もありませんな」


 内容を読んで委任状を裕次郎に返す。

 家族には疎まれているが、村人には愛されていて引き取り拒否するのかと二人は考える。しかしその予想は外れた。


「あれはもう村にいませんよ」

「いない?」

「ええ、数日前に山に現れた魔物の生贄として差し出しました」

「は? その話を詳しく!」


 村長は沈痛な表情を浮かべて話し出す。

 急に山に現れた虫のような魔物に、木の様子を見に行っていた村人たちが遭遇した。十人いた村人の半分以上が捕まって、全員が魔物からの伝言を持って下山した。

 山は自分たちの縄張りで出入りしたいのなら生贄を差し出せといったものだ。一定数の生贄を出すなら人を襲いはしないし、他の魔物も追い払ってやろうという条件に村人は頷くしかなかった。魔物にとっていらない鉱石も渡すという条件もあり、それが高価な鉱石なことも頷く要因の一つだった。

 山は自分たちの生命線だし、生贄は薬を盛って自由を奪った旅人を差し出せばいいと考えたのだ。

 裕次郎たちも生贄候補だが、ソルヴィーナからの使者が不意に姿を消せば怪しまれるということで、事情をはしょって説明した。

 はしょったのは魔物の要求をのんだこと。鉱石の譲渡。村長の話では脅され、仕方なくといったことになっている。捕まった村人も帰ってきたのは一人ということになっている。


「魔物はどこにいる?」

「まさか行くのですか?」

「子供を助けないといけない事情があるからな」


 村長は焦る。有無を言わさず戦いになってくれればいいが、少しでも言葉を交わせば要求をのんだことがばれるかもしれない。

 どうにかしたいが、止める方法など思いつかない。村長が必死に考えている間に、裕次郎たちは椅子を立ち家を出て行った。妙な視線から、馬車を村に置いていくと碌なことになりそうにないというセリエの提案で村とは違う麓に置き、周辺に魔物避けをまく。食料や能力上昇薬をヴァイン用に置いて山に入る。

 二人がいなくなり、村長は村の主だったメンバーを集めて、対策を話し合う。

 その話し合いでもいい案はでずに、次第に異能の子カルテの悪口を言うだけになる。内容は、カルテがいるから魔物が現れた、カルテのせいで悩むことになる。といったことから関係ない日常的なことまでカルテに擦り付けていく。

 そうやって押し付けて不安を晴らそうとしていた。


 山に入った裕次郎たちは人の行き来で踏みしめられた道を行く。占いのとおりならリーダー格の元まで行けるはずで、明確な目的地は決めていない。

 虫系の魔物を殺すとまともな話し合いができそうにないので、魔物避けをまいて戦いを避けていく。


「どこにいるかさっぱりわっかんないな」

「生贄を置く場所でも聞いておくんだったわね」

「このまま一日中山の中を歩き回るんかなー」

「さすがに近づけば気配でわかると思う」


 とりあえず山頂を目指そうと足を動かしていく。富士山級の山というわけでもないので、三時間もあれば余裕でたどり着くことができる。


「ただのハイキングなら景色も楽しめたんだろうけど」

「そうね、早く楽しめるように問題を解決しましょ」


 色々な方角を見ていき、なにかヒントでもないかと探す。


「あ」

「どうしたの?」

「ほら、あそこ。猪っぽいもの抱えたカナブンの魔物がいる」


 裕次郎の指差す方向に、猪と同じ大きさのカナブンがふらふらと飛んでいる。


「あれの着地点が巣への入り口じゃない?」

「でしょうね」


 二人はカナブンが降りていくところを見届け、そちらへと下りていく。

 地面にやや急勾配の穴が開いており、人一人なら余裕で通ることができる。見張りの魔物もいたが、殺虫剤の蓋を開けてやると近寄れないようで一定距離から動かない。

 蓋を開けたまま二人は穴に入っていく。転げないよう慎重に下りていくと、足下が石畳になった。魔法の明かりも石床や石壁を照らす。先の方には曲がり角なども見える。


「どういうことかな」

「明らかに人為的な作りよね。遺跡ってことなんでしょうけど。魔物たちが巣として再利用した?」

「のかなー」


 セリエの言葉に同意するように裕次郎は頷く。

 あてもなく進むと、前方に魔物が現れた。カマキリの下半身に、男の上半身がくっついている。

 殺虫剤のせいで近づけないようで、離れた位置から手招きしている。


「ついてこい?」


 セリエの言葉が届いたようで、頷き歩き出す。

 罠なのかと思ったが、いつでも殺虫剤をばらまけるようにしてついていく。幾度か角を曲がり、大広間に着いた。その途中で人の気配がいくつかある部屋の前を通る。生贄たちかと二人は首を傾げた。


「ようこそ平原の民」


 大広間に入ると女にしては低めの声が二人に投げかけられる。

 声のした方向には、カミキリムシに女の上半身がついた魔物がいた。肌は透けるように白く、波打つ金髪は腰まであり、目は青い複眼。衣服は身につけておらず、均整の取れたボディーを惜しげもなくさらしている。下半身も女ならば世界で最高峰の美女といってもいいかもしれない。

 水の中にいて、下半身が隠れていれば騙された男たちが蟻のように集っていくことだろう。そしてカミキリムシに喰い散らかされそうだ


「なにか用事で呼んだ?」


 様子の変わらない二人に、魔物の方が少し驚いた様子を見せる。


「ふむ? 驚かないのだな? 目覚めてから会った者たちは皆驚いたものだが」

「驚いてはいるけど、占いで会うことはわかっていたし」


 セリエの言葉に、魔物は異能者かと一つ頷く。


「それで用事は? 餌になれとか言うならこの殺虫剤をばらまくけど」

「まあ、待て。その物騒なものはしまえ。蓋を開けずとも我らを殺し尽くせるとわかる。餌になれとは言わんよ。お前さんたちの様子は虫たちから伝わり知っている。戦いを避けようとしたようだが、どうしてだ? それを知りたく思い招いたのだ」

「占いで話し合っていたと聞いたから、その状況をなくさないよう行動していたからだけど」

「話し合っていたか。なるほどな。お前さんたちがここに来たのはなぜだ?」

「ここに異能持ちの子供がいると聞いた。助け出すためにきたんだ」


 すぐにわかったようで、あの子かと漏らす。


「もしかして食べた?」

「いや、あの子も食べはせんよ。虫たちから懇願された。あの子は使わないでくれと」

「虫たちが?」


 どうしてとセリエが問う。


「あの子の異能を知らないのか? 虫限定でのテレパシーだ。人からは嫌われているようだが、虫たちからは好かれているらしいな」

「ここから連れ出すのはなにも問題ない? というか食べないでくれじゃなくて、使わないでくれ?」


 どういうことだと首を傾げる。


「我らは人を餌にはしない。食べるものは主に草花や動物の肉だ、専用の食事もあるが現在ではないようなのでそれらで代用しているのだ。人は同属を生み出すために使う」


 生贄というので食べるものだと二人は思っていた。

 この魔物は人に卵を産み付けて、仲間を増やす。その時に生まれた幼虫が人を食べるが、それは空腹のためではなく、遺伝子を取り込むためだ。


「使わないなら連れ出してもいい?」

「好きにするがいい。だが人の間に戻したところで、また疎まれるだけではないのか?」

「同じ異能者から連れてくるように頼まれた。仲間となら安心して暮らせると思うけど?」

「そうか」


 納得した魔物は近くを飛んでいた蜂に、カルテを連れてくるように指示を出す。


「なんだか穏やかな感じで話が進んでいるけど、麓の人間と話した時本当に脅したの?」


 セリエの言葉に魔物は首を傾げた。


「脅した? どのようにだ? 我らとしては交渉したつもりだったが」


 二人は村長から聞いた話を魔物に話す。


「その話には抜けている部分があるな。我らに生贄を出す見返りとして、領域への侵入を許し、鉱石も渡すことになっている。生贄は旅人を出せばいいとも言ってたな」

「鉱石って部分は聞いてないね」

「あの視線は私たちを生贄にすればいいって考えてたのかしら」


 抜けていた部分や思惑を知り、二人ともあの村は碌なものじゃないという感想を持った。

 かといってそのことを誰かに知らせようとも思わないが。カートルーナたちに報告の一つとして伝え、あとは放置だ。霊峰に行く方が優先順位は高いのだ。村のことはカートルーナたちが問題だと思えば、それなりの対応を取るだろう。

 そこまで考えて、裕次郎は考えを否定する。


「問題解決を望まれてたんだっけ? だとすると放置はまずいか」

「放置したいって気持ちはわかるわね」


 セリエも関わる気はなかったようで頷く。


「でも解決ってどうするつもり?」

「どうしよっか? この場合人を襲わなければ大丈夫なのか」

「……ねえ、人を使って仲間を増やすと言ってたわよね?」


 セリエの問いかけに魔物は頷く。


「その使う人間になにか条件はあるの? 女じゃないと駄目とか善人じゃないと駄目とか」

「ないな。人であればなんでもいい」

「だとすると死罪になる罪人をここに送れば、生贄の問題は解決するのよね。鉱石を渡す相手を神殿とか貴族にすれば、罪人輸送くらいはやってくれるかもしれない」


 それだと村人から文句がでるかもしれないが、そこは旅人を生贄にしようとしたことを公表されたくなければと脅せば大丈夫だと考える。実際に旅人を生贄に出していれば脅しに効果がでる。それを聞くと、魔物では判断できないので後で生きている生贄を見ることになった。


「そういや食事のこと話した時、現在ではないとか言ってたけど、その言い方だと昔はあったんだよね。急に現れたことも含めると封印でもされていた?」


 そう決めるには判断材料が少ないので、外れているかもしれないと思いつつ裕次郎が聞く。

 魔物は首を横に振った。それを見て、よそから来たから急に現れたように思えたってところかと裕次郎とセリエは思う。だがそれも違っていた。


「我らは製造されて動き出す前に、なんらかの理由でそのまま保管されていたのだ。おそらく破壊地震が原因だろう。動かす者がいなくなり、現在まで保存液の中で放置されていたといったところか」

「魔物を作ったってことでいいんだよね?」

「うむ。正しくは魔物ではなく人工魔獣バグズノイドというのだ。製造していたのは森の民の研究者だ」

「……想像以上に前文明は進んでたんだなぁ」


 生物学の分野では確実に地球文明より進んでいたと、このファンタジー世界に感心する。


「前の文明は山の民が主流だったって聞いたことがある。だから前々文明じゃないかしら」

「千年以上前かー、そんな文明でも滅ぼす破壊地震ってどんだけすごいんだろうな」

「さあな、私も経験したわけはない」


 三人ともすごいといった情報しか持っていない。

 言葉で書くとすごいの一言ですむが、経験した者にとってはそんなものではない。四種族の人数は半分以下に減る。地形も大きく変わる。昨日まであった山や谷がなくなり、新たに崖や島が生まれる。

 地震について考えていると、アリ型バグズノイドの背に乗ったカルテがやってきた。若草色のシャツにジーンズのオーバーオールを着た、灰色の髪を持つ男の子だ。

 裕次郎たちは自己紹介して、神殿に行こうと誘う。


「行きたくない」


 十才くらいの少年に見えるバグズノイドの背中にカルテはしがみつく。


「どうしてかな?」


 できるだけ優しく聞いた裕次郎に、ここがいいからと答えた。自分を好いてくれるものがいる場所から離れたくないのだ。見た目が人ではないなど気にしない。


「困ったね」

「ここにいたいならいさせればいいと思う。でも一度だけそれを伝えに神殿に行ってもらえればいいんじゃない?」

「ここで暮らすってことに俺も異論はないんだけどさ。そっちの都合はどう?」

「人の子一人くらいは問題ない」

「食べ物とかどうなってる? 偏ったもの食べさせると病気になったりするけど」

「今は木の実や果物や蜜を与えている」

「そこに野菜と肉も加えてほしい。さらに生だと食べられないだろうから調理しないと駄目」

「調理はできるぞ? 道具がないからできないだけで」


 できないだろうと思っていたが、リーダーは簡単なことだとあっさり答えた。


「できんの?」

「我らはそういったこともできるように知識を与えられている」

「なにを目的として生み出されたんだろう。雑用とか?」

「我らはここの警備ために作られた。調理技能はついでに与えられたにすぎない」


 ここを使っていた者たちが死んでいる今、守る意味はあるのかわからない。けれどそれを目的として与えられているため、彼女たちは守っていこうと思っている。

 数を増やして世界征服しようとか思っていないのか裕次郎が聞く。それに対しほかの場所で埋まっている施設には興味はあるものの新たに国を興すといったことには関心を持っていないと答えた。

 関心を持てないように調整されているため、突然変異が生まれないかぎりは大丈夫だろう。


「これまでのことまとめてみない?」

「そうだね」


 セリエの提案に頷く。


「カルテは神殿に一度連れて行く。これは了承をとった。バグズノイドたちの目的は警備。人を襲わなければ冒険者たちと敵対することもない。鉱石といった貴重品を渡すかわりに罪人を送ってもらうよう交渉。麓の村人たちが暴走しないよう釘を刺す」


 こんなところかなと、紙に書きつつ述べていく。


「ここの施設を研究者に解放するって条件を出せば、印象はよくなるかもしれないわ。そこのところどうなの? 入られたくもない?」

「毎日大勢でこられると困るが、少人数が少し滞在するくらいならかまわない。施設を壊されると困るが」

「罪人連れてくるついでに、施設解放とかできそうね」


 この方向で進めてみようということになる。決めたことが達成されるか決裂するまで、ひとまず人を襲うことは止めてもらい、カルテを連れて二人は山を下りる。話し合いの結果では新たな種族として認められる可能性もある。

 ヴァインの元へ行き、村の近くで裕次郎が下りて一人で村長の家に行く。村長たちが馬鹿な真似をした時のため、麻痺毒を作っておいた。

 玄関を開けて、村長を呼ぶ。怪我一つない様子の裕次郎に、村長は嫌な予感しかしなかった。


「色々と話を聞いてきた。その上で決めたことを話すよ。鉱石の取引はなし。魔物と敵対しないなら山に入っても問題はなし。旅人を生贄に差し出したことをばらされたくなければ、こっちの言い分に従えってところかな」

「旅人はどうせ食べられていなくなっているはずです。証人がいない状態では生贄のことはばれないと思いますが」


 苦し紛れといった様子で言い返す。


「ところがまだ無事な旅人がいてね。交渉でまだ無事なままだ。その人に証言してもらえばすぐにばれる。悪あがきはするな、以前の暮らしに戻るってんなら、黙っておいてやる」

「……わかりました」


 少しなにかを考えて頷く。

 その様子を疑い、念のために裕次郎はもう少し釘を刺すことにした。


「山の魔物は虫系統ってのはわかってるね?」

「ええ、見ましたから」

「虫と意思疎通できるらしくてね。あんたたちがおかしなことをすればすぐに動くよう虫に見張りを頼んだ。ほらそこにいる虫とかも見張りだ」


 裕次郎が指差した先に蛾がいた。


「虫には小さいものもいるから、見張りはどこにでも潜り込める。結果が出るまで見張られていると思ってて」

「おかしな行動を見せればどうなるんです?」

「山に入れなくなるだけだったら運がいいと思った方がいいよ」

「襲撃も有り得ると」

「なくもない」


 大人しくしておけと助言のようなものを言って、裕次郎は立ち上がる。


「そういえばカルテはどうなりました?」

「生きてる。異能のおかげか魔物たちのも好かれていたよ」

「連れ出して神殿に送るのですか?」


 詳しいことは話さないでいいかと頷く。


「となるとあの委任状の条件は有効ということに?」

「いや無効だろ。あんたらはあの子を捨てた。今あの子の保護者は魔物たちだ。魔物に委任状の条件が適用されることはあっても、手放したあんたらに適用されることはないよ。そういったわけだから、山であの子を見かけて怪我なんかさせると魔物だけじゃなくて虫にも報復受ける可能性があるから」


 あとは話すことはないと裕次郎は馬車に戻る。

 残された村長はこのことを村人に伝え、はやまった行動をしないように伝えていく。話を聞いた村人たちはしばらく虫に怯えるように静かに暮らすことになる。

 ソルヴィーナまでの旅でカルテは大人しかった。騒がしくすると叱られると思っているからだ。遊び相手をしなければと思っていた二人だが、風景を見たり近寄ってきた虫と遊んでいたりして、一人で過ごしている姿を見て過度な接触は止めておいた。ヴァインは興味津々で近づいていったが。近寄るヴァインにカルテはおっかなびっくり触ったりして拒絶する様子はなかった。

 特に問題なくソルヴィーナに戻った裕次郎たちはすぐに神殿に入る。


「その子が村にいた異能の子なんですね?」


 迎えに出てきたフィナがカルテに視線を合わせるように屈む。


「名前はなんていうのかな? お姉ちゃんはフィナっていうの」

「カルテ」

「そう、カルテ君って言うのね。これからよろしく」


 微笑みを浮かべてカルテの頭を撫でる。


「そのことなんだけど、ちょっと事情があって向こうに戻りたいっていうのがカルテの望みなんだよ」

「え? でも疎まれていたんじゃ?」


 それほどまで故郷が好きなのかと思う。


「事情はカートルーナさんと一緒に話すよ。魔物のことも話さないといけないし」

「そうですね。では中へどうぞ」


 詰め所でする話でもないと三人を先導し、神殿内を進む。

 神殿に入ると、敵意が押し寄せてきてカルテは身を竦める。すると敵意はなくなった。


「カルテ君がいるからあの子たちも今日は自重するようですね」

「それはよかった。たまには落ち着いて過ごしたいし」

「言い聞かせて手は出さないようにはなったんですが、気持ちを抑えるのは無理なようで」


 申し訳なさそうに頭を下げる。それに仕掛けてこないなら子供のやることだし気にしないと答えた。

 客室に三人を通した後、今日は大丈夫だろうとフィナは一度部屋を出て、お茶とお菓子を持って戻ってくる。

 お菓子を食べていいのかとカルテは大人三人を見て、頷きを見ると恐る恐るブルーベリージャムの乗ったクッキーに手を伸ばす。

 裕次郎たちも食べていき、十五分ほどでカートルーナがやってきた。


「こんにちは。依頼の方は無事終えられたようでありがとうございます」

「お礼にはまだ早いですよ? 解決への話を持ってきただけですし」

「そうなのですか?」


 カルテの姿を見て、解決したと思ったのだ。

 そんなカートルーナとフィナにバグズノイドとの出会いを話していく。未来視で見ただけではわからなかったことに、二人は驚きの表情を浮かべていた。


「遺跡があり、守護していて、罪人を送る。見返りは鉱石と研究ですか。カルテ君が彼らと共にいたい。これは反対はしません。ですが交渉の方は私では判断できませんね。フィナ、ロコウさんを呼んできてもらえる?」

「わかった」


 頷き部屋を出ていったフィナは十分ほどで、三十過ぎの男を連れて戻ってきた。メガネをかけた運動の得意ではなさそうな黒髪の男だ。


「こちらは王様から神殿の監視に派遣されているロコウさんです。先ほどの話は私の裁量を超えているので、来てもらいました。申し訳ありませんがバグズノイドのことをもう一度お話してもらえますか」


 紹介に頭を下げたロコウに、裕次郎たちはもう一度最初から話していく。

 そういった魔物のような存在がいたことに、ロコウも驚いていたがすぐに落ち着く。


「そうですね……一度会って話したいです。私自身の目でもひととなりを見極めたい」

「カルテ君を送るために戻らないといけませんから、一緒に行きますか?」

「ぜひ。ところで兵を何人か連れて行こうと思いますが、相手に不信感を与えるでしょうか?」


 裕次郎は答えられず、セリエを見る。セリエも明確な答えは持っていない。


「いきなり攻撃するといったことをしでかさなければ、大丈夫だと思う。あの人たちは見た目魔物だけど、性質は穏やかなようだし」

「兵にきちんと言っておく必要がありそうだね」


 注意事項としてロコウは手持ちのメモに書き込んでいく。

 出発は明日ということになり、ロコウは準備のため部屋を出ていった。


「俺たちは宿に戻ればいいけど、カルテはどうしよう? ここで預かる? それとも俺たちと一緒に?」

「こちらで預かりましょう。向こうで暮らすにしても、日用品は必要でしょう。お古ですが、そういったものを渡したいです。あとはこちらの子たちとも一度くらいは会わせておきたいです」


 カルテにそれでいいか聞くと、戸惑いつつも頷く。

 明日の朝にフィナとカルテが裕次郎たちが泊まる宿に行くということになり、二人は神殿を出る。泊まったのは以前も使った片角の鹿だ。

 翌朝九時に、風呂敷を持ったフィナとカルテがやってくる。


「門で兵士さんたちが待っているとのことです。それとこれはカルテ君の荷物です。カルテ君には重いので、持ってあげてください」

「わかった。んじゃ帰ってきたら霊峰のこと聞きに行くよ」

「はい、お待ちしてます」


 フィナに見送られ三人はロコウたちの待つ門へと歩いていく。

 ヴァインを引き取り、ロコウに会いに行く。馬車は二台あり、その馬車をヴァインと同じラグスマグが引く。

 挨拶を交わすとすぐに出発となり、裕次郎たちを挟んでワクムムットに向かう。

 村に到着した時、村人は自分たちを捕まえにきたのかと騒然としたが、そんな様子を兵士たちが見せないことにほっとする。

 裕次郎たちのそばにいるカルテを見る目つきは険しかったが、突っかかってくることはなく睨むだけだった。

 兵士たちはどうしてそんな目で子供を見るのか首を傾げていたが、ロコウから異能持ちだからという簡単な説明でとりあえず納得した。

 ここからは裕次郎たちの案内で、山を登る。大人数に虫の魔物たちは警戒して周囲を飛んでいたが、それだけで近寄ってくることはなかった。兵士たちもロコウから忠告を受けて、手を出すことはなく警戒するだけにとどめた。

 こうした積極的な戦意のなさが、話し合いに良い影響を及ぼし、交渉が荒れるといったことはなかった。

 

「この場で話せるのはこのくらいですか。あとは王や高官たちと話し合い、煮詰めていきます。ですがそちらの主張は大きなものではないので、おそらくここで話し合ったことがそのまま通るでしょう」

「そうか。我らはここを守ることができればそれでよい。敵対することのないよう頼む」

「はい。敵対するよりも友好関係を保つ方が得だと私も思いますので、頑張らせてもらいます」


 ロコウが手を伸ばし、握手だと気づいたバグズノイドのリーダーも手を差し出す。

 一通りの話が終わり、ロコウが世間話といった感じで聞きたかったことを口に出す。


「あなたがたは眠っていたということですが、どうして急に目覚めたんです?」


 裕次郎とセリエも気になる話題で、耳を傾ける。


「定期的に目覚めていたりしたので?」

「いや違う。我らを目覚めさせた者がいた。同胞を増やすために使わせてもらったが」

「彼らには災難だったのでしょうね。未発掘の遺跡を見つけたが死んだと考えると少し同情しますな。その人たちの荷物や衣服はとってありますか?」


 どこの誰かといったヒントにくらいにはなるかもしれないと、遺留品があるか問う。


「あるぞ。持ってこさせよう」


 数分してカマキリの魔物が破れ血で汚れた服や荷物を持ってきた。

 その中に黒牙のペンダントもある。それにロコウも見覚えがあるようで、軽く目をみはる。


「これは、群れる影犬でしたか」


 大打撃を受けた彼らは組織再興のため、以前手に入れた古い地図を元に遺跡の発掘を行ったのだ。見事遺跡を見つけた彼らは探索を開始して、その探索の時にバグズノイドを目覚めさせてしまった。結果、貴重な生き残りを失うことなる。

 ちなみにバグズノイドをうっかり目覚めさせ、ただ一人逃げおおせた人間をフェンゼといった。


「先ほどは同情したといいましたが、それは取り消しですな。ここが彼らのものにならなくてよかった」


 雑談は続き、バグズノイドに説明を受けて簡単な調査ができるということになり、ロコウたちはもうしばらくここに滞在することになる。それに付き合う必要のない裕次郎たちは先に帰ることにした。それならばとロコウはついでに報告書を届けてくれないかと頼む。頷いた二人は受け取った報告書を持って、ワクムムットを出る。

 残った兵たちから調理道具をもらったバグズノイドたちは、カルテのために料理を作る。現在のものとは違った大昔のメニューばかりだがわりと美味く、カルテだけではなく試食してみた兵たちからも好評で、魔物じみた見た目さえ気にしなければ料理人としても生きていけそうだとロコウは考えた。

感想ありがとうございます


》ネタバレ

答えても問題ないことだと思って書きました。申し訳ないです。今後は自重します

ハプニングの詳しい内容を書かなければ大丈夫だと思ってました


》何かオルトマンを思い出す薬が出てきたような~

まったく同じ世界というわけではないんですが、元々その予定だったんですよね。神無の世界で出てきた薬の原型を出そうと思ってたんで、その名残かな

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