85/91
春浅しアバヨとぐらい言って逝け
平成二十七年三月
老小説家。三日にあけずメールを交換し合っていたメル友。
この四週間、全く何の連絡もつかない。
彼はまだ、この世に踏ん張って居るのだろうか。
最初の交信から数年間、彼の名前も知らずに通信し合っていたのだ。
或る日、突然、彼から「日経俳壇で知った。俳風が気に入った。だから弟子にしろ」と宣言があった。
私はそんな力はないし、柄じゃないと断った。なんでも昭和三年生まれとのこと。イイから読めと高圧的で早くも序列が決まった。
彼、兄貴は多数のペンネームを使い分け、推理小説、テレビ・サスペンス、はてはSM小説までも書き捲っていた御仁だった。
しかし俳句に関しては典型的な写生俳句。私は黒田杏子先生の教えをそのまま受け売りすることに徹した。
紙面が尽きてきた。
さて、彼についてはこれだけでは書き尽くせない。そうだ、彼はまた独居老人だったのだ。




