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赤錆しキュポラを囲むキリン草
平成二十五年十一月
早船ちよ原作の「キューポラのある町」で有名だった川口。
駅に降りると鋳物の匂いがした。
正確に言うとシェルを焼く匂い、もっと正確に言えばフェノール・レジンでコートした砂を焼成する匂いだった。
昭和二十年から四十年代のことである。
私の職業は鋳造業だからよく知っている。
当時、七百五十軒あった鋳物屋が昭和の終わり頃は七十軒となり現在はもっと減ってしまった。
荒川の鉄橋を渡るとキューポラ、鋳造学会ではキュポラと呼ぶが、鉄を溶かす溶解炉が立ち並び、屋根を接した工場が犇めいていた。
川の堤防を境に貧しいが活気のある街。
豆腐屋のラッパが聞こえ、作業を終えた職人たちが酒屋の前に屯して昭和レトロな風情を湛えていた。
それが工業の空洞化の波に押されて萎んでいった。なまじ東京に隣接していた為に宅地化されたことも理由の一つだったかも知れない。




