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耐え難く転居したれど春霙
平成二十五年四月
ワイフが亡くなって三年目に入る。
遺影の前に百合を欠かしたことはない。
朝昼晩に話し掛ける。
しかし何時までも追憶に浸っているばかりにはいかない。今後のことを考えなければならなかった。
このジレンマから脱するには想いで多い此処から離れるしかないと考え転居を決行した。
幸い私には仕事があった。
此処から離れることを新宿御苑の総理大臣主催の「桜を見る会」にご一緒した介護ホーム「さわらび会」の理事長夫妻にお伝えした。
その日は四月とはいえ、霙れ混じりの強い風が吹き荒れていた。
一人になることが不安だった。
今までは周囲に私を気遣ってくれる人々が居てくれた。これからは文字通り独り切りになるのだ。
荷物を整理した。
頂いた本、開高健の大型本、山田無文大老師の屏風、いやワイフの歯ブラシ、箸はどうする!
アルバムは……。
薄寒く暗い決断だった。




