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散骨や山百合船を離れずに
平成二三年八月
お互い散骨にしようと生前から話し合っていた。
それは隅田川花火の日。
初美の遺言でもあったのだ。
その日は午後から雨模様で遂には雨脚が立つほどの豪雨となった。
車から降りて船宿までも行くことができないほどの強い降りだった。
しかし晴れ女を自任していただけあって出港前には、まさに嘘のように晴れてきた。
初美が好きだった曲を流しながら屋形舟は、思い出のマンションの前に停泊した。
散骨にしようと思い立ったのは随分前に遡る。
雑司ケ谷の墓地には長子相続とかいう都条令があって納骨出来ない。
それならいっそ日々眺めている隅田川を墓地に見立てようと考えたのだ。
いずれ私もそこに撒いて貰おう。
そうすれば隅田川の河底で数億分の一の確率かもしれないが二人が再び出会えることができると思っていたかった。
この句は二〇一二年の日経俳壇の年間秀作に選ばれた。




