強敵が出るみたいですよ
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ハジメが5階へ上がるとそこは10畳ほどの広さの小部屋だった。小部屋の出入り口であろう扉はかなり立派で頑丈そうである。明らかにボスの部屋といった感じを受ける。ハジメはその部屋の中で座り込んで考えている。この階の条件は『魔法の無効化』となっている。幸いなことに魔力循環による魔力浸透に関する効果は変わっていない。体術なんてやったこともないから不安しかない。
「もう一回ステータスを確認してみるか…。何か方法考えないと……」
そうしてハジメはステータスとスキルを確認したのだった。それから1時間ほどして扉を開けた。
「うぎぎぎぎぎぎ」
目の前から空気が震える凄まじい威嚇の声と共に長い尻尾が地面を叩き、塔が揺れるような地響きを立てている。彼の前には先ほどの猿よりももっと大きい猿が立ちふさがっていた。
「……ハヌマーン……」
それは風神と天女の子で特徴はその激しい威嚇の声と長い尻尾である。有名どころで言えば、『西遊記』の斉天大聖孫悟空のモデルと言った方が分かりやすいかもしれない。
ハジメは対峙していたが向こうからは攻撃をしてこない。すると来いとばかりに右指で挑発してくる。
「じゃぁお言葉に甘えてっ」
とハジメは一気に加速して蹴りで腹部を狙う。単なるロケットキックである。確かテレビでパンチよりもキックが強いという話を聞いたことがあったからだった。とは言ってもハジメは物理攻撃をしたことはほぼないと言ってもいい。そんな付け焼き刃のようなものが当たるはずもないのだが、ステータスでどうにかなるかと思ってしまったのは安易な考えだった。もうすぐ当たるとハジメが思った時、足はハヌマーンの右手で簡単に掴まれていた。当然のことであった。猿は『にたり』と気味悪く笑い、ハジメをぶん投げようとしていた。それに気づき破裂丸を猿の真下の地面に落とす。ハジメを投げるために一歩踏み出した足で破裂丸を踏んだことで鉄の針が猿を襲う。そしてその飛び出した針が他の破裂丸に当たり、誘爆を起こしてた。その衝撃で猿はハジメを遠くまで投げれなかった。
ハヌマーンが座り込み、足の裏を見ている。そこには鉄の針が刺さっただろう傷がついていたが、埋まった筈の鉄の針は盛り上がってきた筋肉に押し出されて地面にカランコロンと落ちていき、その先からすぐに傷は塞がっていく。ダメージはあったとしても微々たるものだろう。いや、無いと言った方がいいのかもしれない。
一度死んだハヌマーンは生き返った時神によって不死と力を与えられた、という伝承を持つ。
「まずは不死と力を奪う」
彼は物事を考える時、口に出して整理する癖があった。もともと早とちりする性格である。それを職場の先輩に『メモするだけじゃなくて、一回口に出して整理してから行動してみたら』と言われ実行したところ、0にすることは出来なかったが、早とちりの数は明らかに減ったのだ。それ以降ずっとそうしていて、既に癖の様になっている。ハジメは魔力関連の数値よりも敏捷や体力、耐久のレベルは低い。その中でもまだ敏捷は高い方だ。それで勝負に出るしかない。ハジメは猿に向かって再び走り出した。猿は構えを取っている。これからは反撃すると言ったところだろうか。
「まずは目くらましから・・・。連携、ワンド A」
ハジメの右手には1枚の”棒”カードが握られていたが一瞬にしてそのカードが消え、ハヌマーンの周囲を円を描くように炎が走る。
「良かった、アルカナは使えるみたいだ・・・」
強者ハヌマーンの様子など弱者のハジメには観察する余裕はない。ただ畳みかけるしかない。
「継承、ソード8」
猿を囲む炎から鎖がハヌマーンを襲う。右足に1つの鎖が巻き付くのが見えた。
「継承、カップ9」
猿に絡みついた鎖が二回りほど巨大化する。ハジメはハヌマーンの後ろ、視界の外に回り込む。
「完成、コイン王」
炎が一段階強くなり、鎖も更に太くなり、ハヌマーンの動きが緩慢になった。その時間を勝ち取り、今までのカードよりも一回り大きいカードを2枚、猿の背中に貼り付けた。
「終わりの始まり、塔」
その瞬間、ハヌマーンから白い光が溢れ出し、消え去る。
そしてもう一枚の大アルカナを発動させる。
「終わりの始まり、審判、逆転」
最後の一枚が淡く光ったあと、ハヌマーンは座り込み立ち上がれなくなる。目だけは鋭い眼光をハジメに向けてはいたのだが、絡まった鎖は猿の肉体を締め付け、血を流している。もう回復は出来ないようだった。
このアルカナは発動にごく少量の魔力と引き金となる言葉を必要とするのだが、錬金術師6レベルと7レベルで手に入れることが出来る錬金術師の物理攻撃扱いの戦闘スキルである。『起動、カード名、逆位置の時のみのワード』で構成される。それは元の世界のタロットカードに良く似ている。
タロットカードで言う小アルカナのカードはひとつ前のカードの効果を継承することによって強くするのである。そして完成で全てのカードの効果を一段階更に上げることが出来るのだが、難しいのは直前に使ったカードの数以下のものは使えないというところである。ソードの8を使った後に7のカードは使えないし、8の数字のカードも使えない。使うのは9以上のカードのみである。従って、全て使うことが出来ても継承させられるのは14枚ということになる。
付け加えると、塔の正位置でハヌマーンの不死を『破綻』させ、審判の逆位置で猿の体力を『衰退』させたのである。
ハジメが安心したような顔で猿に近づくと、突如猿の頭が落ち、そこから3つの猿の顔と人間の顔が生えてくる。そして腕が4対にょきにょきと生えてきたのだった。
「五面十臂・・・」
五面十臂とは5つの顔に、10本の手を持っていることを言う。そのうち4つは猿で1つが人間である。人の手の1対には剣と盾が、猿の手の1対には弓矢がある。1体で遠距離、中距離、近距離に対応できるようになっているようだ。
「ぐるるるるるぁぁぁぁぁ」
無手の手を大きく広げて怒りを表す咆哮をあげ、引き絞った弓で矢の雨を降らせる。ハジメは回避行動をとるのだがいかんせんその数は多く、顔や腕、足などに多くの薄い傷を負う。
「カードの効果が無くなってる。あの体は1つに見えるけど、そうじゃないってことかな」
ハジメはなんとか避けきり、間合いを取ろうとしたのだが、それをさせるまいと剣でハジメを切りにかかってくる。スピードも速くなんとか回避できる程度だ。ハジメは大地を削ったハヌマーンの剣の余波に乗って距離を取りつつ破裂丸を投げたのだが、盾で簡単に防がれた。勿論破裂し飛び出してきた鉄針は盾で防がれたのだが、どんな素材で出来ているのか分からないが、盾への損害もまったくないようすだった。
「んー。厳しい・・・。大アルカナは貼らないと発動できないしな・・・・」
小アルカナは遠距離タイプでハジメから離れたところで効果を発揮するのだが、大アルカナは発動したいモノにダイレクトに貼らないと発動できないのだった。遠距離では弓矢が襲い、近づくのに成功しても剣が襲い、上手く掻い潜れても太い腕が飛んでくるのである。今のハジメの敏捷レベルでは、体に触れることは難しいのだった。
「あれ?じゃぁ、自分自身だったら?問題ない」
ハジメはカードを1枚取り出し自分の体に貼り付ける。
「終わりの始まり、悪魔 、逆転」
こうしてハジメを束縛していた魔法の無効化から解放されたのだった。飛んでくる弓矢は暴風と風の守りでほぼ無効化できた。
「後は武器をなんとかしないと。異世界で定番と言えば定番の方法で」
「連携、ワンド A、継承、ワンド 2、継承、コイン3、継承、ワンド 8、9、完成、コイン王」
青白い炎が猿に向かって火炎放射の様に伸びる。ハヌマーンはそれを盾で防いだ。盾に当たった青白い炎は6方向に分かれて消えていっているのだが、ハジメは炎を使い続けていた。猿は反撃しようとするのだが、炎に当たるとかなり痛みがあるようで、体毛もところどころ焦げ、タンパク質臭が周囲に漏れだしている。
「吹雪、圧縮」
吹雪は広範囲を対象にする魔法であるが、それをハヌマーンを中心に半径5m範囲に絞る。するとすぐに盾と剣に罅が入ったのだった。




