変化
西口にたどり着く。そこには、マリーズが立っていた。
「お嬢様!」
彼女がジゼルの姿を見て、駆けてきてくれる。そのため、ジゼルもほっと息を吐いた。
「大丈夫、だった……?」
恐る恐る、そう問いかけてみる。マリーズは力強く頷いてくれた。
「えぇ、私のほうは大丈夫でございます。……お嬢様は」
「私も、なんとか無事」
互いの無事を確認し合っていれば、敷地の外から一人の男が顔を覗かせる。
……その人物を、ジゼルはよく知っていた。
「……ギャスパル様」
帽子を目深にかぶっているが、背丈とか体格とか。諸々の要素が、ギャスパルにそっくりだった。
彼は帽子を外して、わざとらしい一礼をする。
「どうも、ジゼル様」
胡散臭い笑みを浮かべて、ギャスパルがそう言う。
……けど、どうして彼がここにいるのだろうか。ナデージュの話によれば、ここにいるのは彼女の実家の御者だろうに。
「詳しい話は、後でしましょう、お嬢様。……今は、とにかく王城へと」
「……そうね」
マリーズのその言葉に、ジゼルは疑問を振り払うようにゆるゆると首を横に振った。
そのままマリーズに手を引かれて、用意されていた馬車に乗り込む。馬車はとても狭く、座席の質も悪い。
が、こちらのほうが怪しまれずに済むだろう。この外観ならば、業者の馬車にしか見えないのだから。
「……ねぇ、マリーズ」
窓についたカーテンを閉めるマリーズを見つめつつ、ジゼルは彼女に声をかける。
「なにが、あったの? そもそも、どういうことになっているの?」
ジゼルが意識を失ってから、一体なにがあったのだろうか。
そう思って眉間にしわを寄せれば、マリーズが肩をすくめた。まるで、なにから話そうか迷っている風だ。
「……話せば、長くなるので。今はとにかく、端折らせていただきますね」
「えぇ、お願い」
マリーズの前置きに、力強く頷いた。
馬車がガタガタと揺れる。これは道が悪いのか。はたまた、車輪が悪いのか。そこは、定かじゃない。
「お嬢様が私に休憩に向かうようにと指示をされて、しばらくしたときです。奥様が、私の元にやってこられました」
「……お母様が」
「そこで、私は奥様に指示されました。……お嬢様と一緒に、逃げるようにと」
彼女がぎゅっと手を握ったのがわかった。
「そして、絶対にお嬢様を守るようにと、命じられました。なんとしてでも、エヴァリスト殿下の元に送り届けるようにと」
「……どうして」
「そこは、私にも存じ上げません。ただ、奥様の中でなんらかの変化があったのは、確かかと」
それは、ジゼルも薄々感じ取っていた。だって、ジゼルは物心がついてからナデージュに優しくされた覚えはない。
だから、これは予想外もいいところだった。彼女の行動の意味を、知りたいと願ってしまうほどには。
「……そう」
マリーズの言葉に、それしか返せなかった。
ジゼルが俯いていれば、またがたんと車体が跳ねる。天井に頭をぶつけてしまうが、そんなこと今はどうでもいい。
「ところで、どうしてギャスパル様がここにいるの? 彼は……」
そうだ。あともう一つ、重要なことがある。
その一心でそう問いかければ、マリーズは「……わかりません」と煮え切らない返事をする。
「ただ、信じてほしいと。自分はお嬢様の味方だと、おっしゃっておりまして……」
「そ、うなの」
なんだか少し話がかみ合わないような気もするが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
自分自身にそう言い聞かせて、ジゼルは馬車に揺られ続ける。
「また、あまり褒められたことではありませんが。王城には窓から入るそうでございます」
「ま、窓から……?」
「はい。なんでも、エヴァリスト殿下がそこの鍵を開けてくださっているとか、なんとか……」
彼女は歯切れの悪い言葉を口にする。……多分、彼女も半信半疑なのだろう。
(そもそも、エヴァリスト様にはこのことが伝わっているの……?)
だとしても。何処から伝わるのだろうか? ジゼルとマリーズには伝える術がなかった。可能性があるとすれば、今、馬車を運転しているギャスパルだろうが……。
(けど、ギャスパル様にも不可解なところがあるわ)
ゆるゆると首を横に振って、ジゼルは考えることを止めた。今は、それよりも大切なことがある。
「とにかく、エヴァリスト殿下に助けを求めれば、少しは落ち着くかと思います」
「……そうね」
マリーズの言うとおりだ。父曰く、この件にはバティストが関わっている。バティストに対抗するためには、エヴァリストの協力が必要不可欠。それは、間違いない。
そう思っていれば、馬車が止まった。しばらくして、扉が開く。
「ジゼル様、侍女さん。……ここからは、馬車が入れないので」
ギャスパルがにこやかに笑ってそう言う。外の様子を窺えば、確かに道はかなり狭い。
「ここから五分程度歩けば、エヴァリスト殿下が指定された場所につきます。……大丈夫でしょうか?」
彼にそう問いかけられて、ジゼルはこくんと首を縦に振った。
正直、先ほど全力で走った所為で体力は尽きかけている。……けど、やらなくちゃならないときはあるのだ。




