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予期せぬ訪問者

 ゆっくりと、瞼を開けた。


「……わ、たし」


 小さく呟いて、きょろきょろと忙しなく視線を動かす。


 身体も動かそうとしたが、上手く動かない。それに気が付いて、自身の身体を見下ろす。


 ……あの鎖が、ジゼルの身体に絡みついていた。


(というか、ここって……)


 這いつくばって、少しだけ動く。そうすれば、埃が舞い上がる。


 その所為で、自然とせき込む。……この場所を、ジゼルはよく知っていた。


「ここ、私が死んだ場所……」


 そうだ。ここは、一度目のジゼルが殺された場所だ。


 つまり、エルヴェシウス侯爵家の物置小屋ということ。


「……とにかく、逃げなくちゃ」


 父がどういう理由でここにジゼルを閉じ込めたのか。それはわからない。そして、ジゼルを鎖で拘束する意味も。


 すぐに思いつくのは、やはり逃げられないようにするため、だろうか。


(せめて、手が動いてくれたら……!)


 そう思って、もがく。けれど、やっぱり動かない。鎖は頑丈に絡みついており、ほどける気配さえ見えない。


 しばらく鎖と格闘していれば、物置小屋の前に誰かが立ったのがわかった。


 音を立てて物置小屋の扉が開くのに気が付いて、ジゼルは咄嗟に目を瞑った。


 意識を取り戻していないふりを、したのだ。


(……誰?)


 かつかつと足音を立てて、その人物が物置小屋に入ってくる。


 少し歩くたびに埃が舞い上がる所為で、せき込んでしまいそうだった。……が、息を吸わないようにして、耐える。


「全く、手のかかる奴だ」


 誰かがジゼルの側に立って、そう吐き捨てる。


 ……間違いなく、ジゼルの父の声だった。


「私たちの言うとおりにしていれば、こうなることもなかったのに」


 その言葉に、ジゼルは反応してしまいそうになった。でも、こらえた。


「それにしても、バティスト殿下も便利なものを持っているものだな」


 父がジゼルの身体に絡みつく鎖の端に触れて、そう呟く。……今、聞き捨てならない名前が聞こえたような気がした。


「こんなもの、そう簡単には手に入らないだろうに。……何処の商会で仕入れたんだか」


 そこまで言った父が、鎖から手を放す。じゃらりという音がジゼルの耳に届いて、苦しくなりそうだった。


(バティスト殿下が、なにか噛んでいるのね……)


 頭の中で素早くそれを理解して、ジゼルは意識を失ったままのふりを続けた。


 すると、もう一人の足音が聞こえてくる。その人物は、ジゼルからしばらく離れた場所で、立ち止まる。


「旦那様。……本当に、なさるのですか?」


 何処か苦しそうな声だった。この声の主もジゼルは知っている。


 このエルヴェシウス侯爵家に仕える執事。彼だ。


「当たり前だろう。この後、バティスト殿下がこちらにいらっしゃる。ジゼルを引き渡せば、計画は完了だ」

「……さようで、ございますか」

「あぁ。……あの邪魔な侍女はナデージュが捕えているし、問題はない。邪魔するものはいない」


 父が執事に向かって告げた言葉に、ジゼルはサーっと血の気が引くような感覚に襲われる。


 ……マリーズが、捕らえられている。


(しかも、お母様に……)


 ナデージュは癇癪持ちだ。どういう風に八つ当たりを受けているか。それが、定かじゃない。


「お前も、くれぐれも邪魔はするなよ」

「……承知、しております」


 執事が苦しそうな声で、了承の返事をする。……もしかしたら、なにか弱みでも握られているのかもしれない。


 頭の中でそう推理していれば、足音が遠ざかっていく。扉が閉まり施錠する音も聞こえた。


「……んっ」


 だから、瞼を上げる。


 もう一度身をよじるものの、やっぱり身体は動かない。


「でも、いつまでもここにいるわけにはいかないわ。……マリーズを、助けなくちゃ」


 それに、父の話が正しければ父はジゼルをバティストに引き渡すつもりなのだ。……そうなれば、逃げることも叶いそうにない。


(なんとか、逃げ出さなくちゃ。逃げて、マリーズを助けて、エヴァリスト様の元に……)


 ぎゅっと手のひらを握って、そう思う。エヴァリストに事の顛末を伝えれば、彼のことだ。助けてくれるに違いない。


「逃げる場所は、王城でいい。……バティスト殿下も、人目があれば大々的なことは出来ないわ」


 王太子という身分を持つ以上、行動は慎重になるはずだ。ならば、人目がある場所で暴挙に出るとは思えない。


「と、とにかく。……逃げ、なくちゃ」


 だけど、やっぱり。この鎖が、邪魔だ。


(しかも、この鎖、変な付与効果があるみたいだわ。……なんだか、疲れているもの)


 もしかしたら、魔力を吸い取る効果でもあるのかも……と、思っていれば。不意に、扉の鍵を開けるような音がした。


 まさか、もうバティストが来たのだろうか――?


 そう思い、ジゼルは自然と身構える。しかし、扉が開いて現れた人物は、ジゼルには予想もしていなかった人だった。


「ジゼル」


 その人物が、ジゼルのほうに近づいてくる。彼女はヒールと床をぶつけ、小気味よい音を鳴らしながらジゼルのほうに近づいてくる。


「……お母様」

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