03 キジトラ君と白い犬神(前編)
長閑な春の日のことである。
暖かい午後の陽射しが降り注ぐ中、オイラは店のデッキの隅にある昼寝場所の一つにいそいそと移動した。
さっき、メグ――この喫茶店のにーちゃんから、半生のキャットフードと食後の煮干しをもらって、腹八分目の丁度良い状態だ。
日光で温まったデッキの板にごろりと寝転がれば、じんわりと身体に熱が広がる。ぽかぽか陽気にぬくぬくのデッキ。
……くうぅ~、何たる至福!
ああ、オイラが猫でよかったと思える最高の時間である!
ぐーっと伸びをして体の力を抜くと、もう後は来たる睡魔に身を任せればよい。
さー、寝るぞ寝るぞー。白いのが来るまで時間はあるし、ゆっくり寝れるぜ。
あいつが来ると、最近は容赦なく『遊んで』攻撃してくるからなぁ……その前にゆっくり寝とくか……ふわぁ……にゃむにゃむ……ぐぅ……
「――へぇ、珍しいな」
『ほんに、珍しい』
ん、むにゃ……何だ?何が珍しいってんだぁ…?
「まさか、こんな昼間から猫又に会うとはな」
『まだ若いようぞ。小さくて可愛らしいこと』
ほほ、と鈴を転がしたような軽やかな笑い声が上から降ってくる。
……つーか、何だ。今オイラを小さいって言ったの誰だコラ。可愛いってのはまあ許せるが、小さいってのは許さんぞ!
ぱちっと目を開けて身を起こし、威嚇してやろうと(小さいけれど)鋭い牙を向く。
低い視界には、スーツの足と、真っ白い毛に覆われた足。ふーっと唸りながら顔の角度を徐々に上げていけば――
「ああ、起きたか」
『おや、愛らしい』
目の前には、オイラを一飲みできる大きな口。赤い口の中には、オイラの十倍以上あるであろう鋭い牙がずらりと並んでいた。
――あ、無理だわこれ。
確実に喰われる。
ジ・エンド・オブ・オイラ。
硬直するオイラの耳に「え?……白姫さん!?何でここに…って達央さんまで!?」とメグの慌てた声が聞こえた気がしたが、定かではない。
緊張のあまり意識が遠のいたオイラは、ぱったりとデッキに倒れてしまったのだった。
*****
その後のことはあまり話したくはない。
意識を取り戻したオイラが、駆け付けたメグに「いやぁぁ喰われるぅぅ助けてメグぅぅぅぅ!!」と飛びついてにゃあにゃあ泣いてしまったことは誰にも言いたくない……。
あー、こほん。……ともあれ、現在デッキ上にて、オイラの横にでっかい白い犬神が座っている。
メグの話だと、このでっかい白いのは、どうやら白いのの姉さん的な存在らしい(スーツの男が大大大大叔母辺りじゃないのかとか言ってたけど、犬神にしっぽで結構強めに叩かれてた。痛そうだった)。
なので、別に猫又を退治にしに来たってわけじゃあなさそうだ。
やれやれ、なーんだ一安心――ってそんな簡単に受け入れられるわけない。
破魔の気を放つでっかい犬神だぞ!?氷みてぇな青い目で見据えられたら硬直するってぇの!(あ、白いののは例外な。あんなぽややんした犬神は怖くもなんともねぇからな)
オイラ一応猫又!妖怪!!そこんとこ忘れちゃ困るぜ!?
だから隣に座られるとめっちゃ怖いよぉぉぉ。でも本音を言ったときの反応が怖くて何も言えねぇぇぇ。
かちーんと姿勢を正すオイラに、でっかい白いのは知ってか知らずか「驚かせてすまなんだ」と謝ってきた。
『喰ったりせぬから、安心おし。そなたのような小さき妖を喰ったところで、腹の足しにはならぬのでな』
……あれ?オイラ今さりげなく馬鹿にされた?つーか、また小さいって言ったな!
おうおうでっかい姉さん喧嘩売ってんのか上等じゃねぇか山椒は小粒でもぴりりと辛いってぇこと教えて――
『猫又、なんぞ用かえ?』
何でもございませんですはい!オイラみたいな小物の戯言なんぞ聞き流しておくんなまし!
……メーグー、早くこっち来てー、このでっかいの何とかしてぇぇぇ。
店内にいるメグをちらちらと横目で見ながら泣きそうなオイラに、でっかい白いのは再び軽やかな笑い声をあげる。
『すまぬ、冗談だ。……そもそも、そなたを喰う気は元より無いのだ。高階から聞いておる。そなたが雪尾と親しいとな』
え?……ま、まあ、親しい……のか?一方的に遊ばれている感が半端ねぇんだが。
『あの仔は寂しがり屋でな。あの仔にそなたのような可愛い友ができて、嬉しいのだ』
そ、そんな滅相もございませんです。
ぶんぶんと顔を横に振るオイラに、でっかい白いのは青い目を細めた。
『礼を言わせておくれ。……ありがとう、猫又殿』
柔らかく、優しく。慈しむ眼差しは、まるで子供を見守る母のようだ。
ああ、この犬神は白いののこと、大事なんだなぁって、わかった。
だからだろう。抱いていた怖れが薄れて、オイラの口からぽろりと言葉が零れてしまったのは。
……あのさ、でっかい姉さん。
事情も知らないで口出しすんのはどうかって、わかってるけどさ。
オイラに礼を言うくらいなら、白いのに会いに来てやってくれよ。寂しがり屋だって、わかってんだろ。
その方がさ、きっと白いのも喜ぶし、あんただって、ずっと嬉しいだろ。
だから……
そこまで言ってから、はたと我に返る。でっかい青い目がオイラをじっと見下ろしていて、まともに目があった。ひっ、と喉が鳴る。
す、すすすすすんません調子乗りました!
あんたって言ってすんません!生意気言いましたごめんなさい!
身を縮こまらせて平身低頭で謝れば、やがて白い大きなしっぽがオイラの身体をするりと撫でる。それは危害を加えるものでなく、宥めるような優しいものだった。
『猫又殿、そなたが謝ることは一つもないであろう。どうか顔をあげておくれ。……すまぬ、我は思い違いをしておったようだ。そなたは可愛いのではなく……』
な、ななな何ですかい?
どもるオイラに、でっかい姉さんはふわりと柔らかな笑みを見せる。
『とても、格好いいな。惚れてしまいそうだ』
――どっきゅーん。
犬神が見せた無防備な笑顔と告白に、オイラの胸は不覚にもときめいてしまったのだった。
新しいカップル誕生……かもしれない。
種族差と体格差と年齢差が半端ないですが、書いていて意外と好きな組み合わせになりました。
でもキジトラ君には憧れの黒真珠の君(黒の貴婦人ともいう)もいるので難しい所です。




