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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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とあるエルフの場合・前

 エルフと聞けば、大抵の人間はどんな想像をするだろうか。

 森に生きる半妖精?

 長命で耳の長い美形?

 風の妖精と戯れる魔法種族?

 自然を愛する平和的種族?

 ……ファンタジー小説ではそんな風に描写され、一般的にもそういう認識が広まっているのは間違いないだろう。

 だがこのゲームの――<PHOENIX SAGA>のエルフの設定は、トールキンに全力で喧嘩を売っているに違いない、とエルモは思う。


 いや、大筋においてはそう違ってはいないのだ。確かに住処は森の中だし、長命だし、美形も多い。身の回りのものは総天然素材で、金属製品なんて釘や金具、たまに銀食器を見かけるくらいだ。魔法至上主義が横行していて科学的な視点が欠けていたり、耳がロバのように長すぎる点などは、最近の和製ファンタジーとしてはありがちな設定なので許容範囲だと思う。

 だが、問題は別のところにあるのだ。


 ご飯が不味い。


 それもとんでもなく。ここはどこのマズメシ連合王国だと言わんばかりの不味さである。

 大先生は英国出身だからそれをリスペクトして……なんて言い訳など通用するものか。だったらどうしてどんな料理にも砂糖や唐辛子やその他香辛料を山のようにぶち込むのだ。

 高校の修学旅行で行ったシンガポールの料理がまさにあんな感じだった。砂糖と未知の香辛料が絶妙な風味を醸し出しして口内を襲うあの感じ。対して紳士の国の料理とは、下拵えもしない食材を適当に鍋にぶち込んでひたすら煮崩し、味も素っ気もなく食卓に並べてもそもそと咀嚼する代物だ。つまり調味料なんて塩くらいしかない。この大陸のエルフが食している劇物とはまるで違うのだ。


 そりゃあ週末の土日に近場のカフェに行って特製パフェを食べるのが楽しみの、体重が気になる年頃な女子としては、いくら食べても太らないエルフの体型やら、歓迎の宴で歯の溶けそうな甘さの焼き菓子を供されたときは喜んだものだ。……ここが私のユートピアだと。


 だが飽きた。飽きたんです。


 大陸南部は温暖な気候で、サトウキビが豊富にとれるのはわかった。湿度が高く頭上が濃密な森林に覆われ日の光に当たりにくいため、辛い食べ物を食べて発汗させる必要があるのも納得している。


 でもね、たまには辛味や甘味以外の味覚を取らないと気が狂いそうになるのです。


 砂糖のないほうじ茶が飲みたい。山菜の天ぷらは苦みがあるからおいしいと思うのです。酢の物が食べたい。塩気の効いたスルメを齧りたい。というかお米が欲しい。ご飯を噛みしめることで湧き出るほのかな甘みを堪能したい。エルフの秘伝レンバスは美味しいけれど、それを常食とするのはちょっと違う。カロリーメイトだけで一生過ごせるほどエルモは人生達観してない。


 自分で調理してみようとも思った。だが森で穫れる木の実も畑でとれる野菜も、そのことごとくが甘かった。必死な思いで見つけてきた苦い野草は『疾病耐性』を促進させる効果があった。

 そしてエルモ達エルフプレイヤーは確信したのだ。……ここが私たちの地獄か、と。


 三年経って耐え切れなくなった五人のプレイヤーが大森林を脱出する計画を立てたのは、むしろ当然の成り行きだと思う。

 エルモはそれに同道できなかった。弓術の訓練過程でどんづまって、支部族長直々に教えを受ける羽目になってしまったためだ。これでは計画に参加なんてできなかった。

 理想郷に行ってくる――そう言い残して彼らは出発し……そして道中でリザードマンに殺されて掲示板に出現していた。もはや何も言うまい。


 エルフプレイヤーは三通りに分けられた。諦めて順応しようとするもの、絶望してログアウトするもの、湿地帯に向けて無謀な特攻を繰り出すもの。様々だ。

 エルモはどちらかというと前者で、何年もすれば味覚も慣れてくれるのではないかと希望を抱いていた。

 だがゲーム開始から四年して、とある事件が状況を一変させたのだ。


 プレイヤーに、痔になった者が現れた。


 彼はリアルでは飽食が祟った糖尿病で、食事に制限がついていた。なので健康な身体で存分に好物を食べられるゲームでは、抑えが効かなかったのだろう。

 特に辛いものが大好きで、四川ラーメンなら一日一食で十年食べていける――そう豪語した彼は十年もたなかった。今は水に溶いたレンバスを摂って病状の改善に努めている。

 当然残されたプレイヤーは愕然とした。……このゲーム、成人病があるの? と。

 エルモだって同じだ。花も恥じらう乙女が痔で寝たきりなんて耐えられない。現地のエルフはともかく、プレイヤーは何故か疾病耐性が低い。このまま悪食を繰り返していたら自分もああ(・・)なる。

 何とか状況を脱する必要があった。


 だが現状を打破する方法は見つからなかった。

 パルス大森林を脱出するには、北西の湿地帯を抜けるか、他の三方を囲む海に漕ぎ出すかくらいしか手段がない。湿地帯にはエルフの天敵のリザードマンが徘徊していて、こちらを見つけるや大喜びで襲い掛かってくる。彼らは森林はともかく沼地では恐ろしく俊敏で、ぬかるみに足を取られたエルフでは簡単に追いつかれてしまうのだ。

 エルフがリザードマンに対抗するための戦術は定石化している。すなわち、森に引き込んで樹上から矢の雨を降らせること。……まさに引きこもり万歳な戦法である。

 矢の雨と言ったからには当然集団でかかることが絶対だ。牽制射を当て続けて動きを止め、強弓持ちが鱗の隙間を狙い、ようやく仕留められる。水魔法を当てれば爬虫類の性質ゆえ動きが鈍るが、それにしたって蜥蜴の回復力を上回るのは難しい。つまりは削り切れない。

 常に二対一以上の優勢で戦うこと――それが対リザードマン戦の鉄則であり、できなければ逃げるか食い殺されるしかない。

 そして、この条件が満たされるのは森の中のエルフの領域であり、この種族の引きこもり属性を極端化させる一因にもなっている。

 脱出希望者を募っても、沼地に向かえばあちらは種族全部が敵だ。絶対に囲まれてしまう。脳筋リザードマンに包囲された貧弱エルフの末路など推して知るべしである。


 だったら海を泳げばいいじゃない、とどこぞの中納言みたいな発言をした馬鹿がいるが、できるものならやっている。

 裸で泳ぐ、という意見は論外だが、船で漕ぎ出すというアイディアはあった。だがあえなく潰れてしまった。

 ……笑えることに、引きこもりエルフには造船技術がなかったのだ。釣りのための小舟なら用意もできるが、他国を目指すほどの大船は皆無。

 だったら自分たちで造り上げようと発奮し、試作を建造しようと木を伐りだしたところでエルフの年寄りに大目玉をくらった。……筏を作るくらいならまだしも、遠洋を渡れるほどの船には大量の木材が要る。神聖な森を何と心得るとのこと。


 この老害。エルフなんて滅びろ。


 ……もっとも、船を造ったところで行き先に当てがないのだが。

 湿地帯を迂回して大陸中央を目指すルートは、東回りと南回りがある。そしてこの二通りの航海は、どれも絶望的な困難が予想されていた。


 まず東回りだが、森の東から出発して東辺海を越え、コロンビア半島の付け根に到達するという、口にすれば単純で、かの征服王もこれを計画していたとされている代物だが、この東辺海を越えるというのが難しい。

 東辺海は、大陸屈指の荒れ海として知られている。

 大雨大雪大嵐、不安定な気候に加えひっきりなしに渦潮が行く手を阻むという、エルモ達素人船乗りではそれだけで諦めたくなる条件。それに加え強力な水棲生物が出現し、その中でもクラーケンは容易く舟を海底に引きずり込むという。

 この時点で東回りの線は消えた。


 そして南回りは南海を通り王都まで続く経路なのだが、やはりこれにも困難が伴う。

 海は比較的穏やかで水棲生物もさほどではないのだが、問題は経路にルイス群島海域が含まれていることだ。

 そう、野生のドラゴンひしめく、南海のナガン火山のお膝元をかすめて通る必要があるのだ。火属性に弱点を持つエルフにとって、ブレスを吐くドラゴンなど天敵以外の何物でもない。

 おまけに王都寄りの群島には王国軍にも取り締まりきれていない海賊が跋扈していて、エルフの船など格好のカモにしかならない。


 ……そんな説明を受けたのは、エルフの工芸品を求めて沼地を突破してきた満身創痍の傭兵からだ。彼はエルフを上回る隠密の使い手で、仲間を囮にしてリザードマンから逃げきったらしい。男はドワーフ製の宝飾品とエルフの短剣を交換すると再び森を離れていったが、その後どうなったかは神のみぞ知る。


 じりじりと過ぎていく時間。刻々と迫る高血圧へのタイムカウント。もうゲーム開始から五年がたっている。

 諦めてログアウトしようか、と半ば希望を捨て去った時、彼らはやってきたのだ。


 北東の海から大きな帆を掲げてやってくる、一隻の商船が。


 エルフたちは騒然となって商人を迎えた。今まで数人規模でしか見なかった人間の商人。それが大船に乗って到来したのだ。それはエルフたち引きこもり種族にとって、これまでの静寂が脅かされることに他ならない。

 彼らは自信に満ちた顔つきで、今後もこんな商船は来るだろうと語った。是非とも森のエルフと友好的な関係を築きたいとも。

 エルモは彼らを見て希望を得た。そして身辺の整理を始めた。

 なにがどうやって、なんてどうでもいい。


 乗るしかないのだ、このビッグウェーブに。

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[一言] どことなくサングラスとモヒカンを思い浮かべた
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