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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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夏至祭りに水垢離をする神職の心労やいかに

 この村ではその年に結ばれた連中の集団結婚式と、畑の作付け前にその年の豊穣を願う初夏祭りが同時に開催される。

 特段由緒のあるわけでもない開拓村である以上、これを考えた発案者の、催し物レンチャン開催とかきついし、祭りと集団結婚式を同時開催して色々手間を省いてしまおうという魂胆が丸見えで、何とも言えない気分になる。

 今年この村で結婚したカップルの数も三組と、過疎村にしては多いのか少ないのか微妙な数で、催しもどちらかというと祭りの方に比重を置いた形になった。

 さて、そんな廃棄村の初夏祭りだが、いつ頃か誰が考えたか奇妙な風習が出来上がっていた。


 その説明をする前に、とある植物を紹介しよう。

 村の南西にある森林の、さほど深く入らないところに群生しているもので、ちょうどこの季節に果実を実らせる。味もなければ栄養価もなく、色は汚い黄土色。熟れたトマトのようにじゅくじゅくに崩れそうな果実で、役に立つことといえばかろうじてその悪臭で虫除けや魔物除けに使われるくらいか。

 ……そう、この果実、潰すとひどい悪臭を放つのだ。

 どんな臭いかというと、アケビに干し椎茸と柚子を合わせ豚骨で三日煮込み、腐った卵をトッピングしたような形容しがたい代物で、俺も最初間違えて踏みつけたときはあまりの臭いに死にたくなった。


 ……いや、洒落になってないから。ブーツに染みついた臭いのせいで獲物にことごとく逃げられ、その日はまともな狩りにならなかった。

 灰色達には群れごと敬遠されて出くわすことすらなく、ギムリンたちには笑われた上に新しいブーツまで投げ寄越された。古い奴は捨てろと言いたいらしい。


 誰が名付けたかは知らないが、その名もまんまな『魔物跨ぎの実』。先代は腐れトマトと呼んでいた。

 こんな果実を実らせる木だが、初春の頃に咲かせる花は乾燥させて磨り潰せば魔物除けの香の原材料になる。本来果実の方が効能が強いのだが、匂いが強すぎるうえに持続性が低いのだという。

 ただしこの香、現代のトレンドからすると時代遅れであるらしく、都会の方ではもっと効き目のあって匂いもフルーティなものが流通しているのだとか。つまり金の種にならない。


 今となってはもはや見向きもされないHDDVDみたいな果実だが、この村では初夏祭りの際、意外な形で活躍することとなる。


 さて皆さん、ここまで説明すれば大体のことは察していただけると思う。わからん奴はトマッティーナでググれ。


 ――投げるのだ。果実を。


 祭壇に上った長老の仲介を受けて誓いのキス。村人たちが万雷の拍手と万歳三唱で三組の新郎新婦の門出を寿ぎ、長老がそそくさと祭壇から退場した後。

 がたりと音を立てて立ち上がる結婚式出席者のお歴々。立ちのぼる不穏な雰囲気に感づいた幹事役が目配せすると、待機していた独身男たちが魔物跨ぎの実がいっぱいに詰まった籠を並べ立てる。集まった村人たちは無言で籠の中から果実を引っ掴み、思い思いに構えて待機する。


 すてんばーい、すてんばーいと呪文のような小声が聞こえるが、こいつら絶対意味が分かってないに決まっている。


 結婚式の主役どもが祭壇から踏み出したら開戦だ。手に持つ凶器を打ち放て。

 妬みと嫉みとやっかみと、日ごろの憂さを祝福の声に乗せて全力投球。特に独り身の男どもは今日のために鍛え上げた強肩を新郎に向けてここぞとばかりに振るうのだ。

 普段付き合いの悪い雑貨屋も、この時ばかりはニッコニコ。この野郎美人な嫁さん貰いやがってこれでも食らえ。――あらあんたあたしが嫁じゃ不満だっての? と奥さんから華麗なスライダーを顔面に食らって昏倒するまでが流れである。

 当然そんなものを投げていれば流れ弾が発生する。悪臭溢れる暗黒物質をその身に受けた被害者は、報復を胸に誓って新たな果実を手に取るのだ。こうやって次から次と憎しみの連鎖はつらなり、最終的には村を上げてのバトルロイヤルに発展する。

 ひどい話だ。もはやこの場は怒号と腐れトマトの行きかう阿鼻叫喚図。鼻は曲がりまともに機能せず、辺り一面は汚い黄土色に彩られて今後一週間はこの臭いが消えないという。


 その被害はやはりというか外部参加者にも及ぶ。誰あろう先日この村に訪れた傭兵たちである。

 彼らにも一応一籠分の果実が支給されていたのだが、用途の説明が不十分だったのか彼らは臭いを嫌って手を出そうとせず、無手のまま宴に参加した間抜けたちは村人たちの格好の餌食となった。

 ……約一名、嬉々として戦争に参加していた若者がいたが、多分あれは希少な例外だろう。


 そして用意していた腐れトマトを撃ち尽くしたあと、村人たちは歓声を上げて海に向けて突進を開始する。体中を汚く彩る液体を海水で洗い流すためだ。この行為には果汁を海に流すことによって水棲の魔物が浜辺に近寄らなくなるようにという儀式的意味合いも含んでいるんだとか。

 式場に残されるのは海水での水垢離が許されないカップルたちと、呆然と立ち尽くす傭兵たち。ちなみに俺は海水で体を洗ったあと、水魔法と自家製の石鹸で念入りに身体を洗浄した。魔物狩りの猟師が魔物に臭いで避けられては仕事にならない。


 新郎新婦は一応樽一つ分の水を使って身を清めることが許される。清潔な衣服に着替えてそれぞれの新居にゴールイン。あとは夫婦二人きり、めくるめく睦み事をお楽しみください、という展開だ。


 ――――洗いきれずに体中を覆う、目が痛くなるほどの悪臭に耐えながら、だが。


 やったね新婚さん! これで初夜のベッドで魔物に襲われることはないよ! まあその臭いの中で起つもんが起てばの話だがね!


 この行事を考えた奴は絶対に性格がねじまがった独身野郎だ。是非ともお友達になりたい。


 伝承に曰く、この祭りは開拓期に魔物の襲撃に怯えながらも、それでも結ばれようとする男女を守ろうとして考え出された儀式なのだという。嘘を言うなと言ってやりたい。

 でもまあ、やっていること自体は理に適っている。この魔物跨ぎの実の果汁が放つ悪臭は、村の地面に染みついて魔除け成分のいくらかが定着する。これなら鼻の利く灰色達のような魔物は近寄ってこれまい。

 何にでも生活の知恵というものはあるということか。


 そうそう、これは酒場の主人情報なのだが、これまで開催された結婚式の初夜において、本懐を遂げられた男女は皆無であるという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 祭りの考案者はリア充に親を殺されたんかってくらいの手の凝りようだな… [一言] ひっでぇw
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