雷の国イスズ~港にて~
イカ料理は、連日続いた。
アシェは二日で飽きたが、トウマは毎日でも大丈夫だった。何よりもイスズの調味料である『ショウユ』で味付けしたイカ焼きを何よりも好み、美味しそうに食べていた。
途中、「もっと食おうぜ」と船から素潜りでイカを捕まえに行こうとしたが、アシェが阻止。
トウマにとって、忘れることのできない船旅となって四日後……ようやくイスズの港に到着した。
船から降りると、妙な格好をした連中が出迎え、頭を下げる。
「シロガネ様。お迎えに上がりました」
「ああ、ご苦労」
シロガネが言う。
アシェは怪訝そうな顔をしたが、トウマにはすぐわかった。
「サムライか」
「さすがトウマ様。ご存じのようで」
「え、え……さむらい?」
アシェにはわからない。
トウマが言う。
「サムライってのは……マギナイツみたいなモンだ」
「……それ、説明になってないわよ」
「まー確かに。でも、こいつらの恰好サムライだぞ」
袴に着物、中には陣羽織を着たサムライもいた。
シロガネが説明する。
「彼らは、イカズチ家に所属するサムライです。そうですね……アシェで例えるなら、イグニアス公爵家に仕えるマギナイツといったところでしょうか。全員、マギアを装備しているのでマギナイツとも言えますね」
「なーるほど。俺の言ったまんまだな」
「シロガネの説明のがわかりやすいわよ。ったく」
サムライというのは、雷の国で言うマギナイツだ。
だがトウマは気付く。
「でもこいつら、一人一人がかなり強い。イグニアス公爵家のマギナイツじゃ相手にならねーな」
「……それ、本当?」
「おう。俺が間違えるわけないだろ」
「トウマ様の言う通りです。イスズのサムライは、普通のマギナイツでは太刀打ちできないほど、対人戦に特化しています」
すると、サムライの一人が頭を下げる。
「お初にお目にかかります。イカズチ家筆頭サムライ、ゲンジと申します。トウマ・ハバキリ様……お会いできて光栄です」
ゲンジと名乗ったサムライは、丁髷を結った四十代半ばの男だった。
一人だけ陣羽織を着ていること、そしてトウマから見て、シロガネよりやや強い印象を受けた。腰には刀を二本差しており、よく見ると鞘が普通よりも太く、マギアであることがわかる。
「───御免!!」
バチィン!! と、アシェもシロガネも反応できない速度だった。
ゲンジは刀を抜刀、鞘に施されたマギアとしての機能により、刀が爆発的速度で抜けた。
居合に特化した刀型マギア『ユメウツツ』の抜刀術により、トウマの首を両断……しようとした。
「イスズの挨拶か?」
「ッ!?」
だが、トウマは『ユメウツツ』の抜刀よりも速かった。
ゲンジがマギアを起動させ、抜刀し、トウマの首を刎ねようとした瞬間──トウマは動き、ゲンジの刀の柄を押さえ、抜刀を封じた。
ゲンジの目の前に、冷たい目をしたトウマの顔が見えた。
その目が、暗い闇に沈んでいくのがわかり、ゲンジの背中に冷たい汗が流れる。
イカズチ家に仕えて二十年、シロガネの師を務めたこともあるゲンジ。シロガネと同い年の男の目を見て、その深さ、闇に飲まれそうになった。
そしてようやく、シロガネが言う。
「ゲンジ!! 貴様、何を……!!」
トウマが柄から掌を話すと、ゲンジは下がる。
そして、ゲンジは往来というのを無視し、部下のサムライたちと一緒に土下座した。
「申し訳ございませんでした!! トウマ様……あなたを試しました」
「ああ、いいよ別に。というかお前、強いな」
「……ええいゲンジ、説明しろ!!」
シロガネが言うと、ゲンジは顔を上げる。
「お館様のご命令でした。トウマ様を殺せと」
「なっ」
驚愕のシロガネ。だが、トウマは言う。
「なるほどなあ。殺すつもりで挑めじゃなくて『殺せ』か。もし『殺すつもりで挑め』だと、殺さないよう無意識に手加減が入るかもしれない。だから、『殺せ』と命令したんだな。お前が本気出しても、俺を殺せるわけがないしな」
「おっしゃる通りでございます……トウマ様、ハバキリ家のお方に手を上げた罪、この命を持って」
「待った。死ぬんじゃなくて、美味いメシ奢れよ。それでいい」
トウマはニヤッと笑い、シロガネに言う。
「お前の親父が命じたんだろ? ふふ、そいつわかってるじゃん……イスズの女皇もだけど、お前の親父とも喋ってみたいな」
「トウマ様……わかりました。ゲンジ!! トウマ様は食事をご所望だ。用意を急げ!!」
「ははぁ!!」
「あ、できれば海鮮系で、鍋とかだと嬉しいな。あとスシとかも食いたい。イカは山ほど食ったし、カニとか食いたいな」
「用意しろ!!」
「ははぁ!!」
ゲンジは部下を引き連れ、ダッシュで港町に消えた。
トウマはウキウキしながらアシェに言う。
「おいアシェ、今日は港町グルメ堪能できるぞ!!」
「……来たばかりだけど、アタシ頭痛くなってきたわ……」
この日、トウマたちは港町の海鮮グルメを堪能するのだった。
◇◇◇◇◇◇
この日は港町に泊まり、翌日馬車で雷の国イスズの首都へ向かうことになった。
宿屋にて、トウマの部屋にアシェ、シロガネが集まる。
三人とも、宿屋の浴衣に着替えていた。
「いや~、やっぱ浴衣っていいなあ。しかもこの宿温泉もあったしな。海水泉とか最高だぜ」
「お湯、しょっぱいの驚いたわ。でも、お肌スベスベ……すごいわね」
「イスズは温泉地帯でもあるので。地図に乗っている町や村のほとんどに、温泉があるんですよ」
「最高すぎる……俺、ここ住んでいいかも」
トウマはニコニコしている。
うまい食事、温泉と、トウマが好きなものしかないところだ。
シロガネが言う。
「明日、イスズの首都へ向けて出発します。道中の護衛はゲンジたちがするのでご安心を。それと、女皇に合う前に我が家へ向かいましょう。父上がお待ちです」
「おう。お前の父、たぶんめちゃくちゃ強いよな」
「はい。私なぞ足元にも及びません」
「確か……アタシのお父様と同級生だったっけ」
アシェだけでなく、カトライアやマールの父母とも同級生だ。
それからしばらく話をし、トウマは言う。
「女皇ミドリか……俺の子孫らしいけど、実感ねぇな」
「アンタの家族の子供なんでしょ? 似てるんじゃない?」
「私が見たところでは……似てはいないかと」
「だな。とにかく楽しみだ。それに……たぶん、ここにも来るぞ」
「え、何が?」
「もちろん、月詠教だよ。ここも半分支配されてんだろ? だったら、これまでの展開通り、俺を狙って天照十二月が来る。ワクワクしてきた!!」
「……あ~、アタシは嫌だけどね」
「トウマ様。恐らく……女皇の願いも、月詠教に関することかと」
こうして、トウマたちの新たな戦いが、始まろうとしていた。




