雷の国へ行く前に
「マジかよ~……今度はオレんとこ、来て欲しかったんだけどなぁ」
ハスターは、リビングでトウマが雷の国イスズに行くことを聞き、がっくり肩を落とした。
トウマは、夕食後のデザートであるカットフルーツを食べながら言う。
「まあ、順番はどうでもいいだろ。それに、風の国も絶対行くし、そんときは案内頼むぜ」
「おう。でも、シロガネに先越されるとはなぁ」
ハスターは、トウマの隣でお茶をすするシロガネを見た。シロガネはズズーっと緑茶を啜り、ハスターに向かって言う。
「悪いとは思っていない。私は、トウマ様に来て欲しいと願っただけだ」
「はいはい。これで、トウマが来ていないのは、オレのところである風の国と、ヴラドの闇の国だけか」
「……オレぁどうでもいい」
ヴラドは、何故かナイフを研いでいた。
長い足を組み、ナイフにオイルを塗っている姿は、かなり様になっている。
すると、大浴場からマール、カトライアが出て来た。
「いいお湯でしたわ~」
「ふう、ここのお風呂ってすごく綺麗で広いから、つい長湯になっちゃうわね」
「そうですわね。ビャクレンさんはまだまだ物足りないみたいですわ」
二人ともパジャマ姿だ。共同生活をするようになり、こういう姿を見せても照れなくなっていた。同様に、ハスターたちも気にしていない。
すると、リヒトがセリアンに支えられ階段を降りて来た。
「あいたたた……ふう、まだ本調子じゃないや」
「リヒト、無茶はダメだよ? ほら、お風呂行くんだよね」
「え、いや、さすがに一緒は」
「湯着を着るから平気。ちゃんと綺麗にして、お湯で温まればすぐ治るからね」
「う、うん……」
そして、セリアンに連れられ男湯へ行ってしまった。
その様子をトウマたちは見て、ハスターが言う。
「ラブラブだねぇ……というか、セリアンちゃんってリヒト以外の男性にまるで興味ない感じ。オレも挨拶したけど、社交辞令みたいな挨拶だけだったし」
「クソどうでもいいだろンなこと。それよりトウマ……リヒトのヤツ、マジで七曜月下を倒したのか?」
「そうらしいぞ。でも、直接見たマール、カトライアから聞いた方がいいぞ」
「ふふ、お任せですわ。今回はお留守番ですしね」
「これまでのこと、あんたらに教えてあげる」
「いいね。なあヴラド」
「話に興味はあるな。ん? おい、そういやアシェは?」
ヴラドがリビングを見るが、アシェはいない。
ハスターが大浴場の入り口をチラッと見るが、マールが「お風呂じゃありませんわ」という。
「部屋でマギアいじりでもしてんじゃないか?」
「……その通り。アシェは、私のマギアを調整している。私の『タケミカヅチ』は、まだ調整、改造の余地があると……イスズに行く前に、できることはやるそうだ」
シロガネは再び茶をすする。
カトライアは、ソファにもたれかかり、不満そうに言う。
「はあ、私も雷の国イスズに行きたかったわ。マールもでしょ?」
「ええ。七曜月下との戦いは大変ですけど、わたくし、強くなりましたわ」
「ほー……じゃあマール、オレと摸擬戦やろうぜ」
「ふふ、構いませんわ」
「じゃあカトライアはオレと。レガリアの力、見せてくれよ」
「ふふん、上等」
それぞれが話で盛り上がり、トウマはそっとその場を離れた。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、アシェの部屋のドアをノックした。
「ん、はーい」
「俺。入っていいかー?」
「え、トウマ? まあいいけど……」
ドアを開けて中へ。
部屋にはアシェ、そしてルーシェがいた。
二人とも、大きなゴーグルを額に掛け、マギア用の部品を削ったり、細かい調整を加えている。
アシェは、シロガネの『タケミカヅチ』を置き、トウマに言う。
「どうしたの? 何か用事?」
アシェはラフな格好だった。
シャツに短パンというスタイルで、胸元が少し開いているせいか谷間がよく見える。トウマはそれを指摘せず、一瞬だけ見てから言う。
「いや、メシ食ったのかなと。お前、ずっとこもり切りだろ? ルーシェも」
「あたしはご飯食べたよ。アシェは熱中すると言っても食べないんだよねぇ」
「お腹空いたら食べるわよ。んで、用事ってそれだけ?」
「ああ。ちょっと、本気で頼みたいことあってな」
「……なに?」
アシェは作業の手を完全に止める。ルーシェも気になるのか手を止めた。
「俺さ、女を本当に知りたい」
「……アンタ、またそんなこと」
「本気だ。男として成長するためには、異性を知って、度胸を付けたい。コンゴウザンのやつも『女ぁ知れよ』って言ってた。当時は興味なかったけど……今は、純粋に知りたいんだ」
「わーお。アシェ、トウマはマジだよ? どうすんの?」
「ん~……だからその、アンタにはまだ早いというか、まだ十六歳、もうすぐ十七歳でしょ? 十八歳になるまで待つのも」
「俺はもう二千歳超えてるぞ。ビャクレンだってそうだ」
「うぐ」
アシェは黙りこむ……そもそも、なぜこんなにトウマが『女を知る』ことが嫌なのか、アシェもまだよくわかっていない。
「俺、もっと強くなりたい。だから、女を知りたいんだ」
「……あ、アタシに何を求めんのよ」
「俺の、相手になってくれ」
「…………え」
ルーシェは「わお」と言い、自分の口を押えた。
アシェは顔を赤くして、口をパクパクさせる。
「あ、アタシって、その」
「ダメか?」
「いや、その、アタシはその……まだ、っていうか、その」
「駄目ならいい。俺は、ビャクレンのところに行く。だから、邪魔だけはしないでくれ」
「……なっ」
つまり、トウマは……アシェが相手をするならそれでよし。相手をしないならビャクレンとする。その間、邪魔はするな……と、アシェに言いに来たのだ。
アシェはため息を吐き、トウマを睨む。
「あのね、アンタの言い分はまあ間違ってないわ。女を抱けば変わる男はいる」
「おお、だったら」
「でも、アンタには無理。アンタ、女をアンタが強くなるための都合のいい道具とでも思ってんの?」
「え、いや」
「まず、気持ちの問題よ。ビャクレンみたいな子は特別なだけ。女が男に身体を許すには、理由があるの。その理由もわからない、ビャクレンはしてくれるからする……そんなんで強くなれると本気で思ってるなら、アンタはクズよ」
「…………」
トウマは何も言い返せなかった。
アシェの怒り。トウマは俯き、頷く。
「……だよな。悪かった……俺、部屋に戻るよ」
「……そうして」
トウマは部屋を出た。
ルーシェは、アシェに言う。
「いいの?」
「……アタシの言ったこと、間違ってる?」
「正しいと思うよ。で……トウマがその気持ちにきづいたら、あんたはどうすんの?」
「……わかんない」
アシェは、言い過ぎたと自己嫌悪しながら、今日一番のため息を吐くのだった。




