第98話 播磨の大名への道
備前から、摂津までに広がる広大なる
瀬戸内の利権は獲得せねばならない。
たしかに、日本助と呂宋にとられちまうが、税だけでも莫大な収入だし、これほどの利権を呉れてやるんだ。奴隷の如く使役してやっても、文句は言われない。
「わかりました」
狐は、至極簡単に頷いた。こいつが約束を守るなんて、思えない。なら、守らすだけだ。
「言っとくが、渡さなかったらその場で殺すからな。別にそれで美作、備前が混乱して毛利が来ても構うかよ。蹴散らしてやるよ。山田信勝を舐めるなよ」
狐が、低く蠢くような声を出した。
それが笑っていると気付くのにおれは少し時間が必要だった。
「笑えんのか」
「山田殿は、某をどのようにお思いか」
「あ?化け狐だろ」
「そうかもしれませんね」
そうかもしれませんね?は?ふざけんな。そうに決まってんだろ。糸目狐目。
上月が落ちたらしい。官兵衛が、上月への山道を見つけ、別所小三郎に、別所山城を向かわせるよう指示。迅速に落とした。
「尼子殿にお渡し致せ」
おれが、こんな丁寧な物言いをしたのは、単純に捨て石として置かれる尼子一党の同情のためだ。
自分の情けなさを取り繕うとするこんな、あさましい姿を早く消してしまいたいおれは、官兵衛を思い浮かべた。
あいつもよくやったな。
播磨では、神様、仏様、別所様な扱いの別所に対して下知を行ったのだ。これで官兵衛も覚醒したはずだ。
官兵衛は姫路の屋敷にいると聞いている。
「おお。官兵衛……えっ?」
そこには、めっきりふけこみ、その無精髭がしょぼくれている男がいた。
いや、誰だよ。
おれは、無言で扉を閉めた。
はて。
あれは誰だ。まさか正史で希代の大軍師の評判を欲しいままにしている官兵衛ではあるまい。
希代の大軍師なら、大軍師らしい顔つきある。
さっきの屋敷の中にあった顔はよくて足軽組頭だ。
再度、扉を開けた。
「いかがされましたか。山田殿」
やはり、官兵衛かよ。あー?
なんだ、播磨衆を率いるのはそんなに大変なんかい。
覚醒はまだまだか。
但馬平定も時間の問題なんだ。つまり祐光の後釜はこの足軽組頭風情の田舎者なんだ。
軍師は必要だ。
今までは、信長や義昭公、義輝様にひきずられて、つれまわされ、結果として勝ってきたが、これから司令官として毛利に勝つためには、場を俯瞰し、眺められる奴が必要だ。
つまりそれが軍師。
祐光は、但馬から山陰を牽制してもらう。
はやく、大軍師になってくれよ。
大きな溜め息をつき、足元の石を思いっきり蹴っ飛ばした。
【天正三年
別所小三郎長治】
「……小三郎っ!いいのか。このままでっ!」
「……叔父上」
わしを後見せし、二人の叔父のうちの一人、
山城守賀相殿は幕府からの離反を勧めてくる。
「ならんわっ!幕府の勝勢は明白っ!」
幕府へ残るべしと意気をつくのが、もうひとりの叔父、藤助重棟殿。
「あの山田の仕打ちを見たか。格下の小寺の、その家臣如きの組下につけられて、名門の別所を舐めきっておるわっ!」
「それくらい我慢せぬか。幕府につき別所の家を残すのが寛容」
「なに!山田風情、軽く勝てるわっ」
……山田大隅守を、わしは尊敬しておるのだ。
播磨に入り、わずか3日で兵を出し、南但馬を制圧し、我々の度肝を抜き、屈伏させた。
これこそが英雄であろう。
荒木一党を族滅させた野蛮なる男と聞いていたが、まさしく英雄ではないか。
こんな、英雄に勝てるはず……勝てるはず……
その後に続くべき、ないという言葉がなぜか、喉の奥にひっかかった。
まて、まて、わしは何にひっかかっておる。
もし、わしが謀反したとき恐らく播磨の豪族はほとんど味方につくだろう。
さらに、領土内の僧兵どもも、焚き付け一揆を起こさせ、浦上、毛利と通じ、軍を請い、さらに
智将と名高き、淡河の淡河弾正忠定範殿と結べば……
勝てる。勝てるではないか。
思わば。
播磨を短期間で制圧したその勢いに、ただわしは
騙されていただけではないのか。
別所小三郎は、ただの青年に非ず、戦国大名なり。
戦国大名であれば、常に争い、栄えていくのが道であろう。
山田大隅を討ち取り、播磨の大名への道を。
「幕府を離反し、山田大隅を討つ。だが、そのために少し準備致す」
「正気かっ。小三郎!」
「藤助」
わしは、立ち上がり鞘から刀を思いっきり抜き、
白刃をきらめかせた。
「な……なんだ」
「殿と呼ばぬかっ!無礼者めがっ!」
そのまま刀を横に打ち、藤助の首もとに直撃させた。
藤助の目が大きく見開かれ、やがて充血した。
大量の血が羽織と、袴、それに顔に付く。
「山城」
「は、はいっ」
「淡河殿をお呼びせい」
青い顔をし、走りさった山城を見て、鼻で小さく笑い、転がっている首なしの藤助の亡骸を
二度、小さく蹴った。




