第95話 宇喜多和泉守直家
【天正三年 毛利備中守隆元】
山田大隅が、播磨入りを果たしてわずか3日で南但馬を制圧し、その武威で
播磨を制したことはすでに聞いた。
だが、案ずることもない。
「兄上、揃いました」
「ご苦労」
何事に関しても、決意表明というのは大事だ。
それが、幕府という強大な敵なら尚更。
父より受け継ぎ、さらに孫へ、さらにはその息子へと、毛利の家を代々まで受け継がせるために、
いまこそ、決意の時。
「集まられたか」
山陰山陽より集めた毛利に臣従する豪族たち。
「今、摂津より山田なる成り上がりものが迫ってきておる。だが、心配すること無い」
上座に立ち、下座で膝を合わせる豪族たちを見回す。
「山田には、信が無い。成り上がりであるからだ。だが、わしらは違う」
右手をあげる。特に意味は無いがする必要があると感じたからだ。
「先祖の幾千もの武功、そしてそれにより勝ち取った先祖伝来の土地。それをこの戦国の荒波を乗りきり守りきったそなたたちなら」
そこで一度言葉を切り、唾を飲み込む。
「必ず勝ち能う。その力を貸してくれ。わが毛利に」
父が常々言ってきた、百万一信。一致団結すること。その言葉はいつでもこの胸のなかにある。
「百万一信。この名の元に山田大隅守、打倒せん」
一気に豪族たちが平伏する。
雄叫びも、鼓舞も一切ない。だが、戦意だけは容易に感じることができた。
【天正三年
多羅尾四郎右門光俊】
殿に浦上家筆頭家老、岡山城主、宇喜多和泉守直家の調略を命じられた。
たしかに、今、宇喜多和泉守の所領は主家である
浦上家に匹敵する。これがそう簡単に裏切るのか。わしはこの懸念を殿に申し上げたところ
『大丈夫だ。やつは悪党だから』
それはわかる。宇喜多和泉守は、祖父が暗殺され、父が病死し、勢力を失った宇喜多家を一代で最盛期を築かせた男だ。ただその方法が
常道を逸している。
毒殺、狙撃、果ては自らの手で手打ち。
戦などは用いず、ここまで登り詰めた男だ。
だが、殿はこうも言っていた。
『だがまあ、二流だな。悪党としては』
クスリと笑った。殿の中で一流の悪党とは
松永弾正かと。そう申すとたちまち、むすっとした顔になった。
『ああ?あんなんはおれの糞以下だよ。うーんこだよ。うーんこ』
なかなか面白いと思い、少し笑いそうになると
それに気付いたのか、殿は、少し不機嫌になった。
『さっさといきやがれっ』
半分、叩き出される感じで、岡山まで向かっている。
宇喜多和泉守、どのような御仁か。
得体が知れない。ただ、殿は不安など抱いていなかったようだ。
―あの方の人物評はよくあたる。
陣笠に手をかけ、青空を見上げた。
◇
岡山城には、すんなりと入れた。
通された間は、質朴なる様子だ。
勝手な想像だったが、いかにも一代で成り上がったような、下卑なる様子だと思ったが、よくも悪くも普通である。
座が暖かい。つまり、わしをどこかで見ておるということか。
「ほう、鋭いな」
背後より声が聞こえた。振り返る。
「世辞はいらぬぞ。本題に入られよ」
狐のような、つり上がった切れ長の目。しっかりと結われた髪に、頭の上に乗る烏帽子。
そして、口元を扇子で隠しているため
何を考えているのかがわからない。
これが、宇喜多和泉守直家か。
「では、単刀直入に申し上げます」
そう言って、和泉守の顔を見たが、変化はない。
「浦上家を見限り、幕府につかれませ」
「……わしを、浦上家筆頭家老と知っての言葉か」
ねっとりとした、ゆっくりとした物言いがこの男の喋り方か。
「我が殿曰く」
じっと、黒目がわしに集中した。
「宇喜多和泉守は、悪党である、と。その魂胆は
浦上家を滅ぼすことのみを考えていると」
普通なら、こんなことを言ったら、打ち首であろう。だが、不思議とこんなことを言わなければならない、言う必要がある、と根拠なき考えが頭の中を駆け巡った。
「ほう。山田殿はそう仰せか」
「はい」
「ふむ。山田殿にお伝えくだされ」
扇子で顔を指された。やっと見えた和泉守の口元は、存外平凡で拍子抜けした。
「わしは、織田家にも、毛利家にも、ましてや、
浦上家の家臣でもない。わしは、宇喜多和泉守直家だ、と」
狐のような目が鈍く光った。




