第94話 竹田陥落
【天正三年 山田大隅守信勝】
どうせするなら、ドラマティックにしよう。
おれが三木の別所のもとにいって人質を要求。しかし別所は応じない。
そこに、竹田城陥落の報せ。慌てふためく別所に、澄まし顔のおれ。
いい構図だ。
祐光に四千の兵を率いらせ、竹田城はそのまま呉れてやるし、但馬一国切り取り次第の許可も出してやる。
別所の当主は別所小三郎長治っていう若輩者。若輩だから、叔父二人が補佐をしてる。それぞれを
別所山城守賀相、別所藤助重棟だ。
おれは小寺官兵衛を連れていく。
「別所殿は」
官兵衛の言い方にもどこか敬意を感じる。
「東播磨八群の大名にて播磨の盟主にあられる」
「小官」
「はい?」
官兵衛はきょとんとした顔をする。
「……いや、なんでもない」
祐光は、いつも減らず口を叩き続ける
減らず口ファクトリーだが、孫子や呉子、などの
兵法書に基づき策を立案し、実行するいわば
優秀なるやつなのでそつなく但馬を平定するのだろう。で、但馬の国主になる。
そうなると、常におれを補佐する軍師は、
小寺官兵衛ということになる。
最近、おれはこいつが後世で言われるような
希代の軍師なのか怪しくなってきた。
おれが、北方の但馬まで戦線を無理に拡大せねばならんのは、別所めがおれに付かないからだ。
希代の軍師なら、どうにかするだろ。
主家の小寺家の勢力を伸ばし、別所を牽制するとか。別所を口説き落とすとか。
難しい話なのはわかっている。ただ、やりようはあったと思う。
それができないのは、こいつの世界が播磨で完結しているからだ思う。
かつて、金ヶ崎からの逃避行で、最後の難関となった、朽木信濃は、朽木谷で世界が完結していた。
それと似ている、と思う。
自分が生まれる前から盟主を張っていた別所には
どうしようもないとか、播磨はこうあるべきだ、とかそういうのに固まってんだろ。
官兵衛の才子ぶっている顔を見る。
たしかに幕府を選んだその先見性は素晴らしい。
ただ、それは軍師の技能ではない。
スポーツ新聞とかの競馬予測が上手いぐらいの話だ。
田舎の競馬予測士。それが今の官兵衛。それが小寺官兵衛。
いつの日か、こいつが希代の軍師になる日は来るのだろうか。
◇
「山田大隅にござる」
おれは右手をあげて、別所小三郎、山城守、藤助に挨拶をする。
たしかに小三郎は若い。それが、この播磨の盟主とは笑わせる。
だが、その座ももうすぐ降りることになる。播磨に君臨するは、おれだ。
「おお、山田殿。どの様な用件でございますか」
「人質を寄越してもらいたい」
単刀直入にズバリと言う。小三郎だけではなく、
山城守、藤助の顔色がみるみるうちに赤く染まっていっている。
そして、横で官兵衛は、あわあわしている。
「いえ、別所様。そのようなことではなく―」
「黙れっ。小官っ!」
訂正し、取り繕うとした官兵衛をおれは一喝する。
おれにとって別所なんざは関係ない。播磨の盟主なんて関係ない。おれは、この日ノ本に八人しかいない管令だ。
背をピアノ線のように張り、心持ち顎をあげ目だけで小三郎らを見る。
「わが別所は、どこにもつくとは言っておらぬが……」
後ろの山城守が、唇をプルプル震わせながら
顔を真っ赤にして言う。
「ほう。幕府にはつかぬのか」
「ああ。別所は別所よ」
別所は別所。それを言うべき立場にあんのは、山城、てめえじゃなく、当主の小三郎だろうが。
唾を吐きたい気持ちに駆られる。幾人もの英雄と
命のやり取りをしてきたおれにとって、
こんなおっさん、なんでもない。
「小三郎殿」
「なんでしょうか」
思いの外、凜として返答されたことに驚く。
「あなたの考えは?」
「……」
間があった。ていうか、官兵衛。いつまで黙っているつもりだよ
「ただわしは別所の家のことのみを考える」
答えになってない。だが許してやるよ。なにも言わん。
「殿っ!」
別所の近習だろうか。走りながら少年が入ってきた。膝を畳につけ、肩で息をしている。そのまま、小三郎のもとにいき、何事か、耳打ちをしている。
なんだと思ったが、顔が強張り、小さく、なにと言葉を発した小三郎を見てすぐにわかった。
竹田陥落のお知らせだ。
それをしったのか、叔父二人の顔色も変わっていっている。
「もう一度言うぞ」
おれは、目の前で人指し指を立てた。
「人質寄越しな」
返答は待つまでもないし、それによる結果も
知っている。




