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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第8章 弾正軍神!!
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第90話 柴田修理亮勝家

【天正二年 山田大隅守信勝】


まるで決壊したダムから溢れ出す水のように、織田軍は、加賀一向衆の崩れたところに流れ込んだ。


……いったか。


それがおれの正直な感想だった。


上杉不識庵の中核部隊は間違いなく越後衆だ。


しかも連合したばかりの加賀一向衆などとは連携がとれていないことなど

わかっていたことだ。


「上様」


「暫しまて」


総攻撃の合図を、と言おうとしたが、それを予期したのか信忠殿は、すっと掌をおれに向けた。


【天正二年

上杉不識庵謙信】


黄色い永楽銭が、躍り狂っている。中でも、雁金を掲げている、二つ雁金の勢いも凄まじい。


柴田修理亮勝家。


織田家の譜代家老であり、掛かれ柴田の異名をとる猛将だという。


強敵よの。


楽しきことだ。


「加賀一向衆はわかっておろうな」


「万<よろず>、抜かりなく伝えてあります」


戦の真髄とは、各々の激情のもとにしてその体を動かすることよ。


戦の楽しさわかっておろうな。信長。


【天正二年

山田大隅守信勝】


総攻撃の合図はいつかということを、おれは待っている。


山田家の先陣は慶次だ。尼子殿が先陣を志願したが、おれは慶次を選んだ。


やはり、おれの、山田家の先陣といえば慶次しかいない。


おれたちは準備万端だ。


総攻撃は、越後衆に襲い掛かるまでか?


「ここで雪崩れ込み越後衆までの道を開くべきかと」


「……待機だ」


信忠殿は何を待っている?おれにはわからない。


いや、おれは不識庵謙信の撤退を目指しているが、信忠殿が目指しているのは、謙信の首をとることなのか。


謙信には親族がいない。いるには二人の養子だけ。


つまり、謙信が討ち死にすれば、上杉家は滅亡だ。たしかにそうなれば、この局面より一転、

北陸は平定される。が、それは上手くいきすぎな話だろ。


「不識庵の勢いを削ぐことが肝要ではござらぬか」


「……窮地を逆転させるべし」


やはり、そういう考えか。わかっていたつもりだが、大将の信忠殿がそういう考えならば、おれたちはそれに従うべきだろう。


いっちょ、頑張るか。


おれは、視線を織田軍に戻した。


冷たい風が、頬に当たり少し肌寒さを感じさせる。


ん?


おれは、思わず目を凝らした。


違和感があった。


崩されたはずの加賀一向衆が隊列を戻してきている。


どういうことだ?


この情景は起こり得ない。起こるはずがない。だが、実際、現実として起こっている。


「あ……」


おれは、その答えがわかり間抜けのような声を出したが遅かった。


加賀一向衆は、整然と隊列を整え、織田前衛の背後を勢いよく真一文字に攻めかかった。


これは、ムズいことだ。


どんな気心しれている軍でさえ、至難の技だ。ましてや、つい最近に共同戦線を張った、上杉家は無理なはずだ。


だが、できているということは常識外の要因があるということだ。それはわかっている。


「上杉不識庵謙信!!」


おれは、この日本の化け物の名前を大声で叫んだ。


【天正二年

柴田修理亮勝家】


「右大将様より伝令!加賀一向衆は右大将様が防がれるゆえ、柴田様は能登、越中衆にあたれとのこと!」


「あいわかった!わが背中、右大将様にお任せいたす!ふがいなければ刺されよ!」


兵が南北より挟まれ、恐怖している。


馬を降り、槍を捨て、大地を力強く踏みしめながら、歩く。


わしは、右衛門尉のように撤退戦に秀でているわけでも、五郎左のように政務に長けているわけでも、左近のように器用であるわけでも、三河殿のように、忍び難きを忍べるわけでも、日向のように、智謀があるわけでも、筑前のように意外性があるわけでも、大隅のように

離れ業をできるわけでもない。


ただ、わしはこの親より与えられた屈強なる体と、気骨だけは誰にも負けぬ。


逃げぬ。


無心にて、目の前の敵にのみあたる。


好機と見て能登、越中衆は勢いよく迫って来ている。


わが殿の、その下種なる覇道。その道を体を酷使しながら、切り開くのが、わしの、柴田勝家の道よ。


太股に力を入れ、迫る兵を睨む。


左手の手首を返し、左手一本で顎を切りつけた。そのままの勢いで、右拳で兵の顔を殴り付ける。


帰り血を舌で舐めながら、また迫る兵の膝を切った。崩れ落ちる兵の顔面を膝で蹴りつけた。


「われこそは柴田修理亮勝家たり!わが首欲しくばかかってまいれ!」


「いざ参らん!」


名乗りをあげたところに、一人の兵が槍を突き出してきた。



その穂先を切り落とし、刀を返し首を打ち落とした。


大量の血が体中に降り注ぐ、それでも。


進まねばならん。わしの道を。


さらに足に力を入れ、迫り来る兵に向かって大声をあげた。


血で視界が滲む。だがなぜか目の前は、はっきりしていた。






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