第85話 加賀一向衆
【天正二年
山田大隅守信勝】
軍神の不識庵と、岐阜公方との間で大戦があるということは、風の噂か、はたまた口うるさい京童のせいか、既に周知の事実であった。
「信勝様……」
「まあ、そう心配すんなって」
その証拠に、普段は心配そうな顔を見せないお犬様もこんな感じだ。
史実とは違い、織田軍は4万。上杉は
2万5千。そこまで負けはしないとは思う。
だが、敵は軍神だ。
だが、だからこそ、この信長包囲網の盟主である謙信を倒せば、包囲網は瓦解する。
……なにより播磨入りをしたいんだよ。
播磨も混沌としている。毛利の軍を
官兵衛が追い払ったとはいえ、一時しのぎだし、風説によれば、備前の浦上遠江守、さらにその配下の宇喜多和泉守も、毛利方として、播磨を虎視眈々と狙っていると聞く。
「信勝よ。申すべきことがある」
祐光は、そう言いおれにそっと耳打ちをした。
「まあ申し上げるが、上様次第だ」
こう言いながらも、おれは内心祐光の策を気に入っていた。それをわかっていたのか、祐光は、
フンと鼻を鳴らしていた。
【天正二年 柴田修理亮勝家】
「一足先になにようか」
わしは、右大将様より遣わされた堀をじっと見る。
「お気付きでありましょう」
「何がかね?」
この才子の言うことは今一要領をえない。
「此度の戦、最大の鍵は貴殿にござる」
眉がピクッと動いたのが自分でもわかる。顎髭を触りながら唸った。
「無論、粉骨砕身するつもりであるが」
「右大将様は」
堀はそれだけ言うと、じっとその艶やかな目でわしを見詰めた。
「ご心配されております。不識庵に魅せられるのではないかと」
「そのようなことはない!」
「ですから」
わしの声をかきけすかのように堀は、大きな声をあげた。
「右大将様は、質朴なる貴殿に期待しておられるのです」
ふうと息を吐く。
「家臣を疑っておいでか」
「無理もなきことにございましょう」
「なに?」
きゅっと、口を真一文字に締め直す。
「右大将様の座る天下最大の大名の座は、大名級となった家臣たちにも、唾があふれるほど欲しきものにございましょう」
それだけ聞いたわしは、顎髭を触るのをやめ、
手を膝の上に乗せて、目を瞑った。
かくも下種なるものかな……
あの御方が覇道というものは。
【天正二年
山田大隅守信勝】
軍議の席には、北陸方面軍の幹部である、前田又左衛門、佐々内蔵助、不破太郎左衛門尉、別喜右近が、姿を見せていた。
それに加えて、おれや滝川殿、それに柴田殿などが、信忠殿の目下で座る。
「知っての通り、上杉不識庵が七尾城を攻めておる。どう救援致すべきか各々、存念を言ってくれ」
静まり返る。そりゃそうだよな。謙信相手になにかしようっていうのがまず思い付かない。
おれは祐光からカンニングしたにがあるが、まだ言わない。もったいぶっている訳ではなく、最後にポンとだして、記憶に残らせるためだ。
「明白であろう。今すぐ手取川を越え七尾城救援がため、上杉と雌雄を決すべし」
佐々殿は勇ましい。
「たわけぃ!手取川を越えれば退却は困難ぞ。そのような行き当たりの策は無用ぞ」
信忠殿が口から泡を飛ばしながら、これを却下した。
「このさい、七尾をあきらめ、手取川を前に陣をひき、持久戦に持ち込むというのは如何であろう?上杉を足止め致せば、右大将様や、佐久間様、明智様、羽柴様らが敵を抑えるであろう」
「……却下だ。北陸の風土に慣れておるのは、向こうだぞ」
前田殿の案も却下。
……そろそろか。
「申し上げるます」
「述べよ、隅州」
そうだよ。信忠殿。今回ばかりはおれを買い被ればいい。いやもっと買い被れよ。
おれはスウと息を吸った。そして微妙に笑った。
「加賀一向衆を味方とするべきかと」




