第81話 悪党にふさわしい死に方
【天正二年 随風】
「山田が単騎で来たらしいな」
「……」
弾正は何も喋らず、窓から外を見ている。
その目線の先には、突然出現した安土があった。
天主閣。
安土のこの天主の先駆けはここ信貴山の天守閣だ。
だが、安土の天主は、そんなこともお構い無しにそびえ立ち、畿内を見下ろしている。
「どうするつもりだ?」
「倅に任せる」
「そんなこと言って、ばっちり聞き耳立ててんじゃねえか」
「……」
弾正の白髪が風に揺れた。
埒が開かねえな。おれも山田の顔を拝む気にはならない。
【天正二年
山田大隅守信勝】
松永家の当主は、正確に言えば弾正じゃない。
その息子の右衛門佐久通が、松永家当主だ。もっとも、実権は弾正だが。
上座に座るのは、その久通。年の頃は40といった具合か。その下座左右に、松永家の家臣ども。で、その真ん中に座るのがおれ。あえて平伏はしない。
「これはこれは山田殿」
「どうも。山田大隅である」
「ッ……これは、随分なご挨拶ですな」
久通は不快感を顔に表した。
なんてやつだよ。弾正なら、もっと飄々としている。茶器以外のことならな。
「管領のおれはこうするのが自然であろう?」
久通の目を見据えてやる。 すると、この中年は立ち上がった。
「わが松永は足利義栄公に御味方致した!そちのような織田の犬など叩き切るぞ!」
「右衛門佐。落ち着け。義栄に勝ち目はあるのか」
「何を言うか!」
久通野郎は、立ち上がりビシッと指を指してきた。
だが、迫力も何もない。
数々の死線をくぐり抜け、勝ち抜け、魔王な義兄に睨まれ、隣国の悪党と腹のさぐりあいをしてきたおれにとって、こんな中年の叱責は何でもな
い。
「説明致せ」
「ようし、耳をかっぽじってよく聞け!」
うるせえな。頭に響くんだ。中年の怒鳴り声っていうのはよ。
「まず、西は毛利!さらに本願寺!南は三好!
さらに、紀州!東は武田、北条!聞けば、羽柴筑前は淡路まで逃れたと聞く。しかも丹波の波多野は勢力を盛り返していると聞く。極めつけはっ!
上杉不識庵!四方より囲まれた織田に勝ち目などなしっ!」
よく、こんなの噛まずに言えるわ。こいつは世が世ならアナウンサーとかいけるんじゃねえか?
じゃあ、こっからが山田大隅の弁舌タイムだ。
八管領(今、作った)の内の一人のさわやか満点の弁舌、行きますか。
「まず毛利。播磨入りした乃美の敗北で毛利は慎重になっている。毛利はこない」
「戯れ言をっ!」
「黙らぬか。おれの領国の摂津の隣国は播磨。それにおれは上様より内々に毛利討伐の御下知を戴くことになっている。そのおれより毛利の内情に詳しいのか?ん?右衛門佐?」
「それは……」
久通は言い淀む。だが、おれの目的はこの中年の
論破じゃあない。
「次に三好。すでに讃岐を失った三好では、淡路まで遠征は行えない。つまりここ畿内までこれない。次に本願寺。これは佐久間殿が包囲して手が出せない。次に紀州も同様。武田は徳川で押さえられるし、北条は関東しか頭にない」
ここまで言い切り、短く息を吸うと久通が笑いだした。
……なんだ。更年期障害か。
「ふっ。貴様は重要なことを忘れておるわ。軍神、上杉不識庵謙信をの」
勝ち誇った更年期障害の中年から、一旦、目をそらす。
「上杉は、畿内まで来るのに、能登、越中を落とさなきゃならない。だが、この内に冬枯れ来る。
雪国の北陸じゃあ、退路が途切れるから、上杉は退却しなければならない。それに、不識庵は
関東管領の職を義栄から貰ったらしいな。
じゃあ、北条を攻めるんじゃないの?そしたら、織田と北条に挟まれるぜ。じゃあ、畿内まで遠征できない」
ここまで言うと、久通野郎は既にちょこんと座り、目を瞑っていた。
じゃあ、ここで止めだ。
「そうしたら、貴様らは単体で幕府と当たらなきゃならない。勝てるのか?大魔王に」
一気に家臣団がざわつく。そうだ。こいつらは小競り合いしかやってこなかったから、こういう物の見方ができないんだ。
「静まれ」
おれは立ち上がり家臣どもと、久通を睨む。
そう、おれがしたいのはこいつらを説得し、幕府方につかせ、弾正を追放させることだ。
そうすれば、松永の反乱は鎮圧されるし、
こいつらもおれに頭が上がらなくなる。そして
こいつらも播磨に連れていってこきつかってやる。
なによりも。
弾正は、どこをいく宛も無く野垂れ死ぬしかない。
ぼろぼろの着物を着て、寒さに凍えながら死んでいくんだ。それこそがこの悪党にふさわしい死に方だろが。




