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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第7章 包囲網!!
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第79話 信長包囲網

【天正二年 山田大隅守信勝】


「池田山」


それだけ言った信長は馬飼いから馬を分捕ると素早く駆け出した。


急な出陣なので、信長の供はおれを含めて数えるぐらいしかいない。いや、少なすぎで数えるのをやめた。



で、おれは右近衛大将なんていう途方もない官位を得ている織田信長と轡を並べて走っている。


「これほど少なくていいんですか?」


「たわけ。桶狭間を知らぬか」


楽しそうに信長は笑う。


「金ヶ崎を思い出すのう」


「そうですね」


いや、金ヶ崎の時は轡を並べていなかったが、並べて走った方が都合がいいだろう。


「池田山に兵は」


「ざっと二千」


「であるか」


信長の戦っていうのは、相手より多数の兵を集めて言わば勝つべくして勝つ戦だが、やはり

信長にはこんな無謀としか言えないような戦が一番似合っている。


信長も心なしか面白そうな顔をしている。


おれもなんか、無謀じゃない気がしてきた。



「沼田を呼べ」


池田山に入った信長は開口一番、祐光を呼んだ。


すると、すぐに具足姿の祐光が入ってきた。


「沼田。そちを義弟の軍師の軍師と見知って聞く。如何なる策を取るべきか」


「はっ」


祐光は信長の顔を見据えた。


「突撃を敢行し、天王寺の明智様と包囲軍を挟撃し、是を石山まで押し込みます」


祐光は、乱戦の覇王と呼ばれる信長相手に言い切った。


おれがこの策を聞いて吹き出しそうになった。


策と呼べる代物ではない。


意訳すれば、敵を殴って殴って殴りまくって、おまけに殴って、相手をボコボコにするぐらいの

脳筋戦法だ。


だが、光明はある。


敵の大勢は百姓。なら、血相を変えて突撃すれば

相手は逃げるかもしれない。


「それでいこう。兵がある程度集まり次第、突撃せん」


やがて、信長池田山入城を知った諸将、

丹羽、池田、蜂屋、松永、筒井がやがて集まってきた。

だが、急な出陣のため、それぞれわずかな兵しか集めていない。


ざっと三千。


おれの兵と合わせて五千。


一万五千の兵に突撃する。この五千で。


「突撃は三段構え。先鋒、山田大隅、二陣、丹羽五郎左、蜂屋兵庫、松永弾正、三陣われ含めてそれ以外」


全員、無言で頷く。


「無謀の果てを掴みとれ」


信長は、それだけ言うと、背中を向けた。


おれは、出陣のため、歩くと弾正が声を掛けてきた。


「なんだ」


「聞いたぜ。右大将の腰を上げさせたんだってな」


「いや、右大将ならおれがしなくてもそうしたさ」


「そーかよ」


ケラケラ笑う弾正を無視して行こうとしたところ、また呼び止められた。


「先鋒じゃねえか。死んでもいいから道開けよ」


「お前こそ心おきなく死んでこいや」


おれは、それだけ言って外に出て、馬に飛び乗った。


相変わらず弾正は笑ってやがる。



この数で勝つなら、おれ自身槍を振るわなければならない。うん。中指ないこの右手で。


まあ、やれることはやるさ。


「長盛。いいのか?」


日頃、留守役の長盛も、志願してこの軍に加わっている。


「ええ。拙者も武士ですし、殿の初めての家臣でありますしね」


最後の方は理由とも言えないだろ。


「慶次、こんな戦だ。先駆けが戦を決めるぞ」


「誰に物言ってやがる?おれは前田慶次郎だぞ」


さすがだな。


「多羅尾に祐光、死ぬなよ」


「はっ」


「わかっておる」


この空の下、窮地の光秀がいる。


さあ、いこうか。


おれは鞭を振るい、坂を駆け下りた。


【天王二年

織田右近衛大将信長】


「報告致します!敵の火縄銃、雨あられの如く降り注ぐも、山田様の果敢な突撃により敵、崩れだしております!」


「であるか。五郎左と弾正をだせい!」


「御意っ!」


われはすぐさま伝令を送る。


入れ替わるよう入ってきた、伝令をわれは睨み付ける。


「なんだ!」


「はっ!丹羽様、御自身の判断で既に突撃を始めております!松永様、蜂屋様ももこれに続いております!」


「でかしたぁ!」


火縄銃ということは、雑賀も混じっておるということか。


「われもでるぞっ!生きて帰れると思うなっ!」


「承知ぃ!」


槍を思いっきり振りかぶりながら、大軍の波に突撃する。


確かに、包囲軍は崩れだしていた。


先陣までいざいかん。


この調子なら、先陣を督戦し、槍を振るえば、いずれ崩壊する。


馬を進めたその時、火縄銃の轟音とほぼ同時に、

太股に強烈な痛みが襲った。


「―クッ」


「右大将様!」


「大丈夫だ。敵に悟らせるな」


近づいてきた馬廻りを手で制し、そのまま馬を駆け出させた。


確かに、血が溢れでている。が、それがどうしたというのか。


われが進んできたこの道に、安全なる道などあったか。


平穏なぞは捨てるべし。


戦を肯定し、受け入れ、そして進む。


それが戦国大名と知れ。


駆けていると、義弟の姿があった。


顔中、汗をかき、左で槍を振り回している。


危なっかしすぎて、奴の馬廻り衆が四苦八苦しながら、敵をさばいている。


無様。されど、かくあるべし。


「ウオオッ」


彷徨をあげたその時、砦の門が開かれ、光秀の家紋、水色桔梗が踊り始めた。


それを見た、本願寺勢が逃げ出していく。


「―ハアハア」


さすがに息が上がる。


「包帯を巻け」


部下に命じ、包帯を巻かせる。


苦痛で顔が歪んでいるのが自分でもわかる。


情けない。


これが親族を手にかけてまで大名となった男か。


「軍議だ。光秀と合流する」


馬を降り、歩く。その度に激痛が襲い、汗が吹き出る。


だが、同時に乾いた笑い声も出てくる。


無謀の果てが見えるようだ。


【天正二年

山田大隅守信勝】


「まさか、右大将様御自ら……」


初めて見たな。光秀の驚いた顔。ま、不気味には違いない。


「ふ。光秀を含め、うぬら、行くぞ」


信長はそれだけ言うと、馬に飛び乗り、石山に逃げた包囲軍を追いかけ始めた。


―まじかよっ!


恐らく、だれもが思ったことを皆、共有した。


共有したのがわかったのは、皆、馬に飛び乗るタイミングがほぼ同じだったからだ。


「追撃ぞ!」


信長をおれたちは追いかけた。



結論から言うと、追撃は大正解だった。


まさか、追撃が来ると思っていなかった包囲軍は慌てふためいていた。そして、これを散々に打ち破った。


得た首は五千。


大勝だ。


これに乗じた、茨木殿、佐久間さん、幽斎さんが攻めかけ、砦をすべて落とした。


これで、石山は孤立した。


この孤立した石山方面軍の司令官に佐久間さんが昇格。


結果的に、石山戦線は前進した。


意気揚々と城に引き返したおれの元に、目眩がするような情報も持たされた。


上杉不識庵謙信、武田、北条と和議を結び越中侵攻。


書かれてあったのはこれだけ。ただ、これが示すのはただひとつ。


上杉不識庵謙信、謀反。


北は上杉、加賀一向衆。南は紀州勢、三好。

東は武田、北条。西は毛利、本願寺、波多野。


東西南北、幕府領を囲む、信長包囲網が勢いよく姿を表しやがった。





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