第78話 天王寺
【天正2年 山田大隅守信勝】
おれは後詰めと同時に、兵を送ることも命じられていたので、大将に茨木殿、副将を右近、兵4千を送った。
信長の考えはわかる。本願寺を攻め、その救援に来た紀州勢を自らが、一門衆などを連れて出陣し、
これを滅ぼすつもりだ。
「信勝よ。おれらの戦は?」
慶次は鼻くそをほじっている。てかいつ入ってきた。
「おれらは後詰めなの。あと一押しで戦が終わるときか、窮地の時に戦にいくんだよ」
多分、紀州勢が来たら、おれにも出陣命令が下される。
「そうかい」
てか、慶次よ。後詰めぐらい知っといてくれよ。
幕府軍は、守口に幽斎さん、森河内に佐久間さん、野田に茨木殿、天王寺に光秀、原田殿、総大将の
信包殿を置いた。
対する本願寺は三津寺、難波、木津に砦を置いて、これに対抗。
本願寺は毛利水軍の支援を受けている。そういえば、前、これを倒すため木津川に織田水軍を送ったが、ボッコボッコのフルボッコにされてしまい、補給路を断つことができなかった。
というかだ。今、信長に対抗し天下を二分する勢力を誇る足利義栄とはどういう男なのだろう。
いや、傀儡に過ぎないが。
義輝公が松永弾正に弑逆遊ばされた後、擁立され、義昭公上洛のとき、四国に逃れた。
今は三好、武田、北条、毛利、本願寺に担ぎ上げられているが、どうせろくな男ではないのだろう。
どろどろでぐっちょぐちょな顔面をしているのだろうか。
まあ、恐らく、四国攻めをしている秀吉に殺される運命なんだから、ただただ黙祷。勿論、笑いながら。
【天正2年 雑賀孫一】
「ようこそ」
「や、やあ下間殿」
筋肉達磨とした表現できない下間殿に頭を下げられると圧倒される。
「しかし、本当に織田が来るとは」
呆れたように呟く下間殿に頷く。
顕如さんの指示でおれは雑賀衆数名と三津寺砦に入った。
あのおちゃらけた風にしか見えない顕如さんだって、優秀だということ。
ただの馬鹿だったら、信長と対抗なんてできない。
―考えたら当たり前か。
細かいことからコツコツと。
まずは、三十郎信包の首を。
そして最後は信長の首を。
【天正二年
織田三十郎信包】
殿の命は三津寺を攻めかかること。三津寺は
本願寺最大規模の砦。ここを落とせば対本願寺戦線を優位に進められる。
殿の、息子の三七郎殿と三介殿を追い抜き、修理、筑前、勘九郎殿と並ぶ方面軍司令官となったからには、失敗は許されぬ。
それに管領の佐久間、明智、両将をつけられているとあるということは、それほど殿の期待が大きいということだ。
なら、一気に落とす。
まだ攻めかかるとは思ってもおらぬだろう。
まだ刈田働きをやっているだけだからだ。
ここで虚をつく。
「天王寺に日向を置き、わしは三津寺を攻めかかるぞ!」
馬に飛び乗り、馬印を掲げる。
三津寺は、やけに静かだ。
「掛かれ!」
方面軍司令官の力量を見せる。
槍を強く握り締め、太陽を睨み付けた。
◇
「伝令!お味方、敵の奮戦に大苦戦!」
「ふがいなし!わし自ら赴かん!」
馬を進め、大声を張り上げる。
まだ一月というのに無償に暑く、珠のような汗が吹き出る。
「進めや!進め!坊主共に幕府の力、見せてやれ!」
その瞬間だった。
どこかでなった火縄銃の音に振り返った瞬間、
振り乱した汗と弾が重なった。
【天正二年
斎藤内蔵助利三】
「三十郎信包様、御討ち死に!」
総大将の討ち死にだと。
さらに追い討ちが掛かる。
「本願寺軍、余勢でこの天王寺を包囲!」
くそ!明智方は三千。しかも兵糧も少ない。
たしかちらりと外を見ると、かなりの多数の兵が向かっていた。
日差しを後ろに従えたその姿は絶望の形をしていた。
敵はおよそ一万五千か。
三日。
いつまで持つか。冷静に弾き出してみるとこの数日しか出てこない。
「殿!」
「お静かに!援軍を要請します!」
殿の声は、どこか余裕さがなかった。
時間が立てば、紀州や石山から増援が来るだろう。
わしも討ち死にか。
いや、わしよりも殿の方が無念であろう。
流浪の身より、大名、幕府管領にまで出世したのにここで命果てるなど。
時間を止めてほしいと願っておるのやも知れぬ。
あの殿が人間らしいことを願うのか。
こう思うと、気休めにはなる気はする。
【天正二年
山田大隅守信勝】
「陣布れだ」
天王寺で明智日向、包囲。
これを聞いたおれはすぐさま兵を集めるよう指示を出した。
これは本願寺戦線が崩壊するから、だけではない。
光秀を死なせたくない。
義輝公よりの仲間だし、何より助けたい。
「信勝、今すぐだと集まっても二千だ。策を考えさせろ」
祐光と反対はしていない。こいつもおれと同じ考えなのだろう。
「いや、兵を増やす。あてはある」
「ほう。どこだ?」
「安土」
「……右大将か」
今から、安土まで飛ばし、信長自ら援軍に赴くよう言う。
「けして無理はするな。堪気を被れば打ち首だ」
「心配すんな。ツンデレが」
おれは祐光に右手を差し出し、握手をした。
◇
「山田様、どうぞ!」
堀は、おれが安土に着くやいなや、おれを城内まで通した。
「お待ちを!まだ右大将様に申し上げておりませぬ!」
「黙れ!」
あのときの美童が手を広げておれと堀を止めようとしたが、堀が胸をおし、美童を突き飛ばした。
「右大将様!」
「……義弟か」
信長はあの八角形の間の畳の上で胡座をかいていた。
なにしてやがる。
おれは怒りがわいた。
「至急、ご出陣を!」
「まて。兵が集まらぬ」
ああ?なんつった。この無謀を絵にかいたこの男が。
「このままでは日州殿は討ち死に致しますぞ!」
「わかっておるわ!それぐらい!」
信長は立ち上がり、刀の柄に手をかけた。
「お切り遊ばすなら、覚悟の上でございます」
「言うたな」
いける。こうまで信長が怒るということは
信長も光秀救援ができず苛立っているということだ。
つまり、信長も光秀救援に行きたいのだ。
「しかし、切られる前にひとつ」
「申せ」
柄を持つ手が震えているぞ。大魔王。
「織田信長は不可能を可能にする男にございましょう」
「痴れ事を」
ついに刀が抜かれる。
「金ヶ崎、姉川、坂祝、次々と困難を乗り越えたあんたなら、おれと二人で光秀救援できる」
「左様か」
ガンという大きな音と共に、目の前に刀が突き刺さった。
と、同時に平伏しているおれの脇腹を信長は思いっきり蹴り飛ばした。
転がるおれなど眼中にないかのよう、信長は
出口の前まで行った。
「今すぐいくぞ。うつけが」




