第77話 小寺官兵衛孝高
【天正元年 上杉不識庵謙信】
毘沙門天よ。わしは戦が好きだ。籠城、攻城、野戦、夜襲、奇襲、海戦、小数での戦、多数で少数を圧倒する戦、破れかぶれの戦、余裕の戦、この世のすべての戦が好きだ。
ただ、わしはそこに義を求める。
だからこそ、毘沙門よ。われに惜しみ無く力を与え給へ。
【天正元年 山田大隅守信勝】
多羅尾から送られてくる情報というのは、なにか役に立つのかと言われれば、そうじゃない。むしろ役に立たない。
何某と何某の小競り合いとか、別所が東播磨で勢力を誇っているとか、そういう糞みたいな情報。
だが、海老で鯛を釣るということもある。
ただ、それが鯛とわかるのはおれが未来人だからだが。
多羅尾が放った忍に一人の男が食い付いた。いや、忍が山田家の手の者と知ると、その忍におれへの紹介を頼んだらしい。
名を、小寺官兵衛孝高という。
「官兵衛かっ!」
恐らく、部屋で一人で叫んだおれはどうかしてる。だが、叫びたくなる。
黒田官兵衛。正史において秀吉の軍師となり天下統一を助けた男。それだけではなく、野心家のようでどこか義理固い。そんな不思議な人物。
それがおれとの面会を望んでいるのか。
成る程なぁ。
今まで有名人とは何度も会ってきたが、慣れるということはない。いつも胸が高まり、振動を刻む。
「会おう。通してくれ」
さて。官兵衛とはどういう御仁かな。
◇
この池田山城は、田舎の城の癖に遠侍の間がある。遠侍の間とは、侍と謁見する場所。
そこも普通だ。畳が敷かれ、おれがいる場所は一段高く、肘掛けがあり、後ろにうぐいすが書かれた掛軸が掛けてある。
来たら、既に男が平伏していた。
顔は見えない。が、この男が官兵衛なのだろう。
「面をあげい」
大名らしく言ってみる。官兵衛と思われる男は
顔を上げた。
これが官兵衛か。
月代を申し訳程度に剃り、眉は極細まで剃り、顔は細く、目が大きく、何よりにやついている。
例えるなら、不良中年か。
「小寺家筆頭家老、小寺官兵衛孝高にございます」
筆頭家老を強調し、自己紹介をしている。
播磨情勢に詳しくなったおれは小寺についてもわかる。
中播磨の御着に本拠を置いている播磨の豪族。元は赤松家の家来であったが、やがて独立した豪族。当主は小寺藤兵衛政職。
この官兵衛は小寺の一族ではなく、元は黒田家だったが、長年の忠勤と能力を認められて、小寺の名字と姫路城を賜った。
まあ、そんなこの時代はまだ箸にも棒にもならないやつ。
「小寺家は公儀にお味方致すか」
公儀、大公儀は幕府のことだ。
「いえ。拙者にお任せを。播磨すべてを大公儀への忠勤を誓わせます故」
「本当か」
半分せせら笑いながら返事をした。なんていう自信家なんだ。
「今、公儀方は小寺家だけと聞くが?」
旗色を鮮明にしているのは、公儀方は小寺家、
毛利方は英賀城の別所某だけだ。別所姓とか多すぎて覚えれねえ。
で、他はどっちつかず。だから、毛利か、幕府、早く播磨入りをしたほうに靡くはずだ。
「毛利の播磨入りはあるか?」
「本格的なものはないでしょう」
ほう。官兵衛が言い切ったので、思わず身を乗り出した。
「なぜそう思う?」
「毛利は播磨を緩衝地帯としたいのでしょう。あの家はあくまで狙うのは御家存続」
「小官」
「はっ」
大して暑くないが扇子で風を入れる。
「小寺を乗っ取って別所を組み従わせ、播磨の国主となる気はないのか?」
これは疑問だった。小勢力がうじゃうじゃ溢れている播磨で、姫路城を持つ官兵衛なら、その気になれば播磨の国主になれると思うのだが。
「ハハハ、拙者は大名じゃなくて天下一の軍師になりたいのですよ。そこまで拙者を買っていただくのはありがたいですぜ」
大言壮語野郎だ。全く。
「ま、播磨入りまでまだかかる。今は下がってくれ」
「承知」
……小寺官兵衛孝高か。大口叩くが、頭は切れるようだな。
おれが官兵衛と会った3ヶ月後、天正二年となり、正月を祝ってすぐ、織田三十郎信包殿を主将とし、畿内のほとんどの兵を率いた軍が本願寺を包囲した。
おれは後詰めとして池田山に待機。




