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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第6章 坂祝!!
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第67話 放てっ!

【元亀四年 山県三郎兵衛尉昌景】


いつから戦を好むようになったのか。


いや、違う。


いつから駆り立てられるように戦をするようになったのか。


わかっている。


兄が切腹し果てた時からだ。


兄がいた。


名を飯富兵部少輔虎昌。


12歳離れた兄だ。


いつも、その背中を追い、よく兄の後ろを付いて回った。


鬼の兵部少と言えば、諸国に知らぬものなどいなく、そしてまたわしの誇りであった。


それが、謀叛を起こした。


いや、正確に言えば、謀叛未遂だ。


たまたま兄上の部屋の前を通った時、たまたま聞こえてきた会話。


「ここに至れば、義信公を立て、御屋形様を廃するほかなし」


わしは愕然とし、そして同時に激しい怒りを覚えた。


兄は見る目を失ったのかと。


どう考えても、義信公と御屋形様、どちらが優れた武将かは明白であろう。


わしはそのことを御屋形様に報告。兄と義信公は死刑となった。


実の兄を死に追いやり、掴んだものは

名族山県の姓と、赤備。


飯富家は、断絶した。


もう既に兄の姓である飯富も、そして鬼の兵部少もこの世にはない。


ただあるのは、兄が作り上げた赤備。


わしなら、兄より上手くやれる。


最後に見誤った兄よりも、わしのほうが。


そんな自信があった。


それがどうか。


誘きだした徳川三河を討ち取れていない。


それに正面をも打ち崩せていない。


わしの策は完全に嵌まったはずだ。


それが結果を出せていない。


完璧なる策を施しても負けることはある。


それは、施した者の力量不足に他ならない。


脳裏に兄の顔が浮かぶ。


わしは……わしは……


「わしは兄上とは違う!」


体の奥底より溢れでる言葉をわしは抑えることができなかった。


わしは馬の尻を鞭で思いっきり叩く。


「全身全霊をかけよ!赤備の勝利は徳川三河の首、ただ一つ!」


今まで、督戦するだけだったが槍を徳川勢の中に打ち込んだ。


この身、尽きようとも必ず勝って見せる。


「山県が出たぞ!」


ひとつの足軽組が槍を一斉にこちらに向ける。


「そこをどけ!」


槍を振るい、これを一蹴する。


「打てっ!」


その瞬間、火縄銃が放たれた。


わしは、前方だけを向き、馬を走らせた。


弾はかすりさえもしない。


徳川勢―本多隊と三河守本陣は、愚直なまでに

守りを固めている。


矢と弾が降り注ぐ。


が、ようは徳川三河を討ち取ればいいだけの話だ。


「突っ込め!」


わしは大声をはりあげる。


戦況を見渡して見ると、守備を固めている。徳川勢の中に赤い一団が一部分だけ突発していた。


間違いない。


この突出した場所を本隊を以て叩くつもりか。


もはや、徳川の手とはそれぐらいしかない。


それしか徳川の勝つ手はない。


そこを援護するため馬を走らせた。しかし

徳川三河は来ていない。


「臆したかっ!三河!」


そこまでして赤備とやりあうのを避けたのか。


「申しあげます!」


「如何したぁ!」


使者の口上を待つ。


「正面の赤備、徳川三郎の突撃により崩されました!」


……つまり、この徳川三郎が援護に回れば我らは包囲されるということか。


だが、それも関係ない。


徳川三河を討ち取るか、包囲されるか。


どちらが遅いか、どちらが早いかの違いだけだ。


行く。


わしは馬首を向こうへ向けた。


「殿、どちらへ!?」


「決まっておろう。三河を討ち取る」


「なっ。わずか数騎でござるか!?」


それに答える必要もない。わしは死しても

赤備が勝てばそれでいい。


遠目に、徳川三河の旗本が円陣を組んでいるのが見える。


―逃がすかっ


わしが馬を走らせ、近付いたその時さっと円陣が

解け、旗本全員、火縄銃をこちらに構えた。


……はめられたか。


一瞬でそれを悟る。だが大将首は目の前だ。


すべての旗本は将椅に座り采を掲げる三河の横に配置されており

前方にいない。


ここから突っ込み首を挙げる。


「うおおおお!」


雄叫びを挙げながら三河の胸元に槍を定める。


「放てっ!」


三河の采が降り下ろされ、数十発の弾が一斉に放たれる。


そのうちの一発がまるでそこだけ時間の進みが遅いかのようゆっくりと顔に迫ってくる。


兄上。


いつもどこかでわしは兄上を感じていたし、

その背中を追い続けていた。それは、この命果てようとも変わらない。


わしも、誰かに感じていてもらえるのだろうか。


それは分からない。


ただ、そうであれば、そうであれば

それはきっと幸せなことだ。


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