第66話 見てくれは狸なのにな
【元亀四年 山田大隅守信勝】
「終わったか」
聞いたところで諾以外の返事が帰ってこないことぐらいわかっている。
「ああ」
やっぱりな。
岡部五郎兵衛、朝比奈備中守泰能、そして
刑部大輔氏真の首が並べてある。
今川に殉じたか。
戦国の世に来てそれなりの時間が立ったのに
この名家なるものの素晴らしさが分からない。
いや、今川は名家というだけでは無くむしろ、
多くの名家がこの争乱において流れ星のように
堕ちていく中で、今川は下剋上を許さず、させず
その守護の座を守り通した。
そして一度、すべての領土を失いながら再び復興。
それが今回、完全に滅亡した。
今川氏真に子供はいない。
鎌倉以来の今川家は、未来人で素浪人上がりのおれに、そしてけっして家格の高くないおれの仲間たちによって滅びたわけだ。
明日は我が身という……
明日、いや、このあとすぐにおれがこうなる可能性だってあるんだ。おれが今、こうして生きていられるのは運とすれちがいだけの話だ。
「兵をまとめるぞ」
だが、その幸運を噛み締める暇などおれたちにはない。
ふう。
【元亀四年
徳川三河守家康】
「ひきつけよっ!」
山県が督戦する赤備はすさまじい。震え始めている鉄砲衆をなんとか纏める。
「放てっ!!」
赤備の何人かが倒れるのを見るが、それでも向かってくるこの怪物たちに、わしは顔を歪める。
……勝つのだ!わしは必ずな。
戦国大名、徳川三河守家康としてこの戦は負けられない。
「兄貴」
「なんだ」
返り血に浴びているであろう平八郎に答える。
「ほら、笑って。笑って」
「笑えるか。ど阿呆が」
まだ戦場で傷を負ったことのない男を、ばしっと叩く。
迫り来る赤備を睨む。
奇跡などを望むな。
やめよ。
勝利とは勝つべくして勝つ。ただそれだけのこと。
わしが、徳川家が勝つべくして赤備に勝つのだ。
「待機!守備を固めよ!」
「兄貴、出ないのか」
黙って頷く。勝つべくして勝つには、敵の最も嫌がることをするべきだ。
今回、それは例え切っ先をこの首に突きつけられても守備を固めることだ。
「肝が座ってるな。すっかり見てくれは狸なのにな」
「黙れ」
わしは、狸のような見てくだ。しかしだ。
「わしは心の中に獅子を飼っておるのだ」
「んなこと、随分前からわかってるよ」
肩をぽんと平八郎に叩かれた。
【元亀四年
徳川三郎信康】
槍で突き伏せ、投げ飛ばす。
これを何度繰り返しただろうか。
すでに、自軍の損失も、減っていく馬廻り衆も
わしの目には段々と入っていかなくなっていった。
「落合左平次推参!徳川三郎殿、その首貰った!」
「十年早いわ!」
わしは、槍でこれを突き返すつもりで、振るったが、それをかわされた。
「頂戴つかまつるっ!」
落合と名乗った武士の槍がわしの頭に降り下ろされるのを感じる。
―もう駄目か。
わしは、その槍を睨み付けたその時、
落合の槍が別の槍に弾かれていた。
「助かった。名は」
「鳥居強衛門と申しまする」
「鳥居かっ!徳川三郎!」
落合を睨み付ける。
「その首、洗ってまっておれ。鳥居を討ち取ってから参る」
そうか。わしも一人でも多くを相手を討ち取ら
なければならない。
わしは、馬を駆け出させた、雑兵の冑に槍を一閃し、それを叩き割り、再度振るい、頭蓋を叩き割った。
ふと、落合と鳥居を見ると、
二人とも組み合い、やがて地面にそれぞれ脇差しを刺したまま組み合い、相討ちと相成っていた。




