第52話 磔
【元亀四年 前田慶次郎利益】
山を下る前、そっと山田に耳打ちされた一言が頭の中に残っている。
「そなた討ち死にでも構いなし。存分に働け」
非情だな。義輝公のときからずっと一緒だったおれに向けてのこの一言。
だが、どこかうれしく思うおれもいた。
やつも覚悟を決めたんだろう。
花隈を一日で落とせば、摂津の豪族は地べたに額をこすりつけ、山田への忠勤を誓うだろう。
この摂津にやつは大名として君臨する。
そう、うつけ若様、あの信長と同格だ。
いや、それだけじゃない。
おれはこんなところでは死なない。もっと後世に語り継がれる戦場で死ぬと決めている。
ここでは死なねえよ。
「かかれっ!」
敵の大物見を攻撃する。
さて、敵はどうくるかな?
【元四年
荒木信濃守村重】
来たっ。ふん。数を頼みとしているのか?この馬鹿共め。
わしこそ摂津の主にふさわしき男よ。それをここまで舐め腐るとは。
「荒木殿、敵は来ましたね」
「ああ」
まずは、わが本陣以外の武将を出す。これで左右より打ち掛け前田部隊を倒す。
「山田の首を」
「随風」
「なんだ?」
「わかりきったことを抜かすな」
……わしに抜かりはないわ。必ず倒す。
その阿呆な面をした首、必ず晒す。
わしは、采を握り締めた。その横で随風が、
欠伸をしたのを見たが、まあ許そう。
【元亀四年 山田大隅守信勝】
大手門が開き、一気に兵が押し出しているのが見える。
口ではああ言ったが。
おれは慶次に、みんなに生きてほしい。
だが、もし死んだとしてもおれは後悔しない。
覚悟は既にできている-
「敵は少数だが、包囲されれば苦戦は免れまい。皆、油断はすんなよ」
「ああ」
「多羅尾、この一戦お前にかかっているぞ」
「ははっ」
一日でこの花隈を落とせるか。落とせないか。
フッ
笑みをこぼしたとき、祐光が
「なんだ?気色の悪い……」
「黙らんかい」
あー。こいつらと別れるのは寂しいな……
【元亀四年 前田慶次郎利益】
「伝令っ!左右より敵軍!その数8百!」
「みりゃわかるわ!」
おれらは1千。さて、もうすぐ大倉山より祐光やら、右近やらが降りてくる。でその6千の兵でこれを
殲滅する手筈だが、そこまでもつか。
「それぞれ、目の前の敵だけ切り伏せろ!後ろや横は気にすんな!」
だが、四方からの攻撃で、浮き足立っている。
ええい。おれがでるしかないか。
槍をつきだし、さした雑兵を空に放り投げる。
「おれに続け!声出せ!声を!」
オリャアアと雄叫びをあげていると、兵もそれに続いてきた。
そういや、姉川で遠藤の首を取って以来、ほとんど武功はない。
ここは武功立て放題か。
「オラ!」
槍をふる。俄然、やる気が出てきた。
「いるんだろ!!村重!!出てこいや!」
大将首はおれがいただく!
【元亀四年 随風】
チッ……荒木は熱くなりすぎておるわ。そんなんでは見えるものも見れなくなるわ。
だが、荒木に賭けたのもおれだ。だが、こいつを見限る準備もいる。
……次は弾正のもとにいくか
「ようござりますな。ここで山田軍が降りたところに荒木殿が攻撃をし、包囲完成」
山田は大倉山を降れまい。そう、戦線を維持する必要があるからだ。
で、生田の森の茨木もこの乱戦には参戦致すまい。やつは茨木を先祖代々受け継いだきた身。
それが浮浪人上がりの山田のため命は張らない。
武士とはこのような薄情なる者らだ。
まあ、忍もだがな。
【元亀四年 沼田三郎兵衛祐光】
いっきに、わしと右近が慶次の応援にいったところ、ふたたび大手門が開かれた。
ここでかっ。
最良の好機。
荒木信濃守村重とは、ここまで優れた男だったのか……
見誤っていたか……
わしが、歯軋りをしたとき
「伝令っ!高山様、敵大将、荒木信濃に攻められ
大苦戦!」
くっ。大将格の右近がっ。
「至急!至急、援軍に向かう!」
おれも軍師失格か……
いや、わしこそ天下無双の軍師に相違なし。
【元亀四年
山田大隅守信勝】
やるな。村重。さすがおれと一時は北摂津最大の勢力を築いた男。
多羅尾が搦め手を落としたとき、多羅尾が鏑矢<かぶらや>をあげる。そのときこそ
おれら本陣が山を下り、花隈を落とす。
【元亀四年 茨木左衛門尉重朝】
「援軍に参るぞ」
「殿!おやめください!」
この乱戦へ向かえば討ち死にもありえるからな。
「わしは家を継ぎ、ここまで戦ってきたが、どこか空虚であった。だが、山田殿を見てみよ」
わしは瞼を閉じると、額を血に濡らし、歯を食い縛っている山田殿が思い浮かぶ。
「意思を持ち、目の前のことに立ち向かっておる。その姿は美しい」
「意思?」
「家を保つだけしか考えてこなかったわしらにはわかるまい。だが、わしは知りたい、わかりたい」
無言で頷く家臣を横目に、わしは立ち叫ぶ
「全軍、大手門に移動!」
こんな大声をわしは出せたのか。
にやっと笑った。
【元亀四年 随風】
どういうことだ。どういうことだ。ああ?
何故、茨木が動く?家は?命は?惜しくないのか。
おれの思考は同じところをくどいほどグルグル回る。その刹那、
ヒュルルルルル
鏑矢の音が響く。
なんの合図だ?
その瞬間、
ワアアア!
一斉にときの声が響く。
……搦め手をかっ!
くそ。負けだ。負け負け。山田に負けたのだ。
くそ。この花隈にはいられない。弾正のもとへいくか。へっ。荒木、あばよ。
【元亀四年 山田大隅守信勝】
おれたちは一気に大手門に殺到し、やがて流れ込んだ。
一気に花隈に火が広がる。
「報告致します!信濃守村重見当たりませぬ!」
まさか、逃げたか……
【元亀四年 荒木信濃守村重】
負けたか。だが山田がこれからも生きていけるとは思わず。
わしは道の糞と蔑まれようとも、生きて山田の最後を見届けてやる。
ハアハア。四国に落ち延びようぞ……
【元亀四年 山田大隅守信勝】
「皆のもの、大儀」
「はっ」
荒木信濃が反乱一日で鎮圧。
しかし、あとやらねばならぬことがある。
村重が逃げたとしては、とるものなどひとつだ。
「謀叛人村重が一族、女子供問わず 磔に致せ」
「……」
「聞こえなかったか?」
「いえ」
おれもやりたくないが、首謀者の首がない以上、こうするしかない。
「多羅尾四郎衛門光俊、短時間で搦め手を落とした功、比類なし。花隈城主に任ず」
「御意」
おれは、花隈に多羅尾を残し馬に乗り、池田山に帰った。
鴉は今日も鳴いている。




