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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第5章 転換!!
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第50話 右手中指

【元亀四年 荒木信濃守村重】


寝室に行くと見知らぬ男がいた。

わしに衆道の趣味はない。


「くせも……」


「おっと喋るな」


その男は、わしの口を押さえ、そのまま倒した。


この状況は既視感がある。そうだ。山田がわしを調略したのも、こんな状況だった。


くそ、あのときあんな甘言に乗らず山田を討ち取っておけばよかった。それができなかったから、わしは今、この有り様なのだ。


「荒木信濃守、おれを召し抱えろ」


「むぐ、貴様はだれだ!?」


「ああ、おれは伊賀忍の石川五衛門だ」


伊賀?たしか前の伊賀出兵で死に絶えたと聞く。

しかしこんな芸当がでくるのは、忍ぐらいのものか。


「なにが目的だ」


伊賀忍は、銭でしか動かないと聞く。


「この花隈城はすごいな。ようできてる。しかし

こんな城もらっといて裏切ろうとするなど

あんた、とんでもねえやつだな」


「わしは裏切りはせん」


「建前はいらねんだ。ここにはおれとお前しかいないぞ」


しかし、なぜ知っている?わしが山田に叛意を抱いていることに。


「周知の事実よ」


わしの質問を見透かしたような言葉。しかし、これは秘密裏に進めていたはず。


「無理だ。元池田の家臣に年貢を横領させ、それを花隈に流し、武器兵糧を揃えるなど急ぎすぎだ」


ふん。この男にはわかるまい、武田が来るときとあわせ、山田の首をとり、本願寺と同盟し畿内を武田と共に統治してやる。


「山田は多分気付く。おそらく武田が来る前に気付くさ。一代で摂津を切り取ったのを甘くみんじゃねえ」


「やつの器量が優れておるのは存じておる」


「ふうん」


忍の分際でこのような態度に出ようとは。


「わしが速攻で謀叛を起こすことにより

元池田家臣がやつに反旗を翻す。そこを討つ」


「割と頭いいな」


頬杖をついたままこの伊賀忍は言う。くそ。なんなのだ。だが、頭は良い。なにが目的かはわからないが。


「目的は?」


「お前のような悪党に興味をもったのと、山田大隅が気に入らぬことと、そして」


伊賀忍はゆっくりと右手を挙げた。


「忍などという軒下でしか侍に会えない身分への不満」


「なら、侍になるかね?」


つまり、侍になるつもりか?


「いえ、侍にもなりたくない。そうだな。うまく言えぬがおもしろきことがしてみたい」


ほう。なかなかおもしろきやつだの。ふむ。


「石川。お主を歓迎しよう。しかし与える席がない」


「相談役の僧ならいても不思議ではないだろう。失礼」


石川はわしの脇差しをとり、髪の毛を剃り始めた。


「随風と号する。共に山田大隅守を打倒しようぜ」


袈裟でも用意致すか。


【山田大隅守信勝】


「どういうことだ?」


「順を追う。聞け」


おれは今、祐光と向かい合っている。


「まず、池田元家臣の代官、これ年貢を横領していた。領民の訴えで発覚。しかしこの銭が、

花隈に流れておる。しかも花隈の主、荒木信濃、武器兵糧を盛んに買い集めているとのこと。

つまり」


祐光が、珍しく平伏する。


「荒木信濃守村重、謀叛」


多分、平伏したのは苦渋の面持ちをこの軍師が見せたくなかったからか?


くそ、どうでもいいことが頭をよぎる。


「ツッ-」


声にならない。


「なにが不満だ!存年を述べさせよ!長盛!」


「はっ」


「花隈に行き、村重を説き伏せてこい!」


「御意」


本能寺と花隈でおれを挟む気か。いや大和の弾正もこれに同心すれば、三方包囲か。くそ、村重め。なぜ謀叛なんて……


【元亀四年 増田仁衛門長盛】


「なにか不満があれば申されよ。殿は可能な限り答えるとの仰せ」


ここでの荒木殿の謀叛は危ない。下手すれば山田家崩壊もありえる。


「不満?フッ。わしを討ち取ろうとしたのがは、

山田大隅にござろう」


既に殿を呼び捨てか……


「仰ってる意味が今一つ。殿は荒木殿を信頼してたご様子。だから、花隈を与えたと思いまする」


「とぼけるなぁっ!」


立ち上がった信濃殿は、扇子をわしに突き付けてきた。


「以前の山田が妻を連れての視察!あれは花隈を落とす算段であろう!」


あー。そうか。


ふう。


そうではない。わしは殿が、舞鶴の太郎左衛門の頃より仕えているから、わかるのだが、あの殿はそういうことをしない。ただ、

妻とちょっと花隈を見に行こうみたいな安易な考えだったと思う。


岐阜の上総介も仕えづらいと聞くが、うちの殿も仕えづらい。


ふう。


わしはもう一度、天を仰ぎ息を吐いた。


【元亀四年 山田大隅守信勝】


そうか。おれの安易で安直な行動のせいか。


戦国大名失格だな。こうなるとは。


「信勝、こうなると池田元家臣も怪しいぞ。人質を取るか?」


「ともかく、陣触れだ!長盛、本願寺の抑えを命ず!」


「はっ」


「つれていく気か?池田家臣を」


祐光の問いにおれは無言で頷く。


「考えがあるのだな?」


もう一度頷く。


「多羅尾、耳貸せ」


「はっ」


「多羅尾、おれが家臣を説法致した後、池田家臣に村重討伐後、恩賞を弾むと耳打ち致せ」


「承知」


これはおれの戒めであり、おれの未熟さ故のことだ。


おれは家臣、寄騎を集めた。


沈痛の面持ち、挙動不審、いろいろ見える。だが

おれがすることなどもう決めてある。


「荒木信濃謀叛はおれの未熟さが招いた結果だ。責任を取る」


おれは脇差しを左手で持ち、右手を畳におき、右手中指を掻き切った。


血がとめどめなく、あふれる。家臣らはどよめいている。


おれは必死に歯を食い縛りながら、両手を畳につけ、正座し血溜まりの中に額をつけた。


「すまなかった。此度は、此度だけはおれを信じてくれ」


「殿」


……なんと、祐光じゃねえか。


「顔をあげなされ。某は殿についていく所存。

皆は!?」


「神に誓い、殿を裏切りませぬ!」


「某も山田殿についていき申す」


「その中指には答えてやる!」


「拙者も!」


「忍よりひきあげてくれた殿の御恩は裏切りませぬ!」


右近に、茨木殿、慶次、長盛、多羅尾が次々と答え、それが一同に広がる。


おれはそれに右手を上げて答えた。


【元亀四年 多羅尾四郎衛門光俊】


「殿にはよろしくお伝えあれ」


「はい」


まったく、元池田家臣のほとんどは加増の知らせと先程の雰囲気でわれらに靡いた。


ふ。浅ましい。これがわれらを顎で使っていた侍か。


それにしても


殿は凄まじかったな。中指を切り落とすとは。


大器也。わしは運がいいのかもしれぬ

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