第47話 伊賀

殺気立っている村重との会談を終えたおれは、池田山に帰った。

あいつは野心家だが勝てない戦をするやつじゃない。では、おれに叛意があるとすれば、勝算があるのだろう。では

多分、池田家の元家臣と連携しての

謀叛か。

洒落にならんな。下手すりゃ、領内政治の不手際で所領没収もありえる。

一応、間者をまいておこう。

「祐光、元池田家臣と、花隈に間者をまいてくれ」

「わかったが、なんかあったか？」

「ああ」

ふうと祐光は息を吐いた。

「わしら寄騎衆に、増えた直臣衆。まあいろいろあるわな」

うん。寄騎の祐光、慶次、右近、茨木殿は

おれを信用してくれてるが、直臣は長盛と、馬廻り衆以外どうだ？なんかなあ……

家中もこんなんだし、武田も第二次西進の準備をしている。だが、その時が偉大なる戦国大名、武田徳栄軒信玄の最期だ。多分。

「殿、上様よりの御使いが」

「わかった。今行く」

で、その使いから見た手紙には伊賀出陣に8千を出すようあった。

山田家単独ではない。

伊賀攻めの総大将は織田勘九郎信忠。

しかも、伊賀を囲む侵攻路には数々の諸将が選ばれた。

近江口、主将織田勘九郎信忠、配下に羽柴筑前守秀吉、丹羽五朗左衛門長秀。計1万5千。

大和口、信長の弟の源五郎長益を主将とし、配下におれ、山田大隅守信勝と松永弾正忠久秀。計1万5千

伊勢口、三介信雄を主将とし、配下に滝川左近将監一益。計1万。

山城口、信長の弟の三十郎信包を主将とし、配下に細川兵部大輔藤孝、一色式部大輔義道、計五千。

全軍合計4万5千。

伊賀の総人口は10万。

なぜ、こんな大軍を動員するかは、伊賀に忍びが多いからだろう。忍びと言っても、雷起こしたりする忍術じゃなくて、放火や間者働きが優れているものたちのことなんだって。

しかし、各口の大将が全員織田一族か。

なんかあるのか？これ。

◇

大和と伊賀の国境で、おれは大将の源五郎殿と会った。

後世の有楽斎。それしか知らない。

「おお。隅州殿。よろしく」

「はい」

源五郎殿は、赤い鎧で、冑ではなく紫の頭巾をかぶり、つけ髭をつけ、眉をかなり細くしていた。

まあ、言うならおしゃれさんだ。

「わしは、戦には興味はない。まあ弾正とそなたでやってくれ」

まあ、こういう人なんだろうな。

「しかし、大将がふたりでは軍はどうしようもなりませぬぞ」

「うむ。そうじゃな。じゃ、軍師にどちらかをめいじ、采を任せよう」

おお！よし弾正を顎で使ってやる。見とけよ。

「じゃあ、軍師をわしに……」

「聞かせてもらった！」

弾正がズカズカと不快な音を響かせて入ってきた。

「けっ！なんだ！」

「源五郎殿よ。わしを軍師にしてくれたら、

名器、平蜘蛛で茶を馳走致そう」

「おお！軍師は弾正だ！」

にやにやする弾正がこちらを向く。なんという

なんという茶器好きなんだ。

【元亀三年

風間平助】

「おい。お師匠。幕府が四方から来やがったぜ」

「わかっておるわ。取り乱すな」

取り乱してねえよと目の前で座禅を組む、師匠の拓殖平左衛門清広さんを毒づいた。

「われら伊賀の160家の忍どもはだれも幕府に降らぬ」

「でも、協力もしないんだろ？」

チラとお師匠は目を開け、また瞑った。

「ああ」

「みんな一致して、カンクローの首とらなきゃいけないと思うんだよ。百地さん死んじゃうよ」

伊賀の盟主の百地丹波守の名を出してみる。

「百地は百地。拓殖は拓殖だ」

バシッと頭を叩かれた。

「いてて」

「よいか。伊賀の侍にとって討ち死には恥ぞ」

「じゃ、どうすんの？この大軍の前に」

「生き延びよ」

「ま、どーでもいいんだけどさ」

と、一応、おれは前置きしとく。

「恥とかほかの侍と同じような感情をもってるのになに忍とか、かっこつけちゃってるのかな？おれたち」

「お主は優秀なる下忍よ。わが拓殖の家督もやってやってもよいほどにな」

「えへへー」

お師匠に誉められておれは思わず鼻の下が伸びる。

「だが、おだてに乗りやすいから下忍なのだ」

うっ。なんつうお師匠だ。

「お主の一歳年長の山田大隅守などもう大名だぞ」

「あいつは運いいだけじゃん。おれなら今頃将軍だね」

「下忍が言うな」

またバシッと頭を叩かれた。

「よいか。わが拓殖家は、大和口の源五郎と当たる」

「えっ。カンクローの首をとりにいくんじゃないの？」

「あほ。織田勘九郎が死んでもまだ信長がおるわ」

「あ、ほんとうだ」

おれは頭を掻く。でもなんで源五郎なんだ？

「大和は寺社領が多く、摂津は本願寺があるせいか不安定。落ち延びやすいだろ」

「けっ逃げる前提なのね。でも」

「ん？」

「その山田大隅守には興味出てきたよ」

ハハハッとお師匠は笑った。

「ならその首をとれ」