第46話 腹積もり
【元亀三年 織田上総介信長】
奇妙の越権行為は構わぬ。天下のためだ。そしてこの程度の武功では、家臣は奇妙に懐かん。
北陸の雄、上杉不識庵謙信は、義昭公の求めに従い、越後以南には攻めず、
関東ばかりを狙っている。
権六と右近頭の力量ならば、すぐに越中まで侵攻でき、不識庵と同盟し、北条をも叩ける。
それにしても、武田が今川と同盟するとは。
銭を理解しておるな。
……だれだ?信玄ではないな。わかっておればとっくに富国をやっておる。では、だれだ?
武田を別の視点から見れ、かつ信玄に信用されてる者。
……おそらく、四郎勝頼か。
信玄の息子ながら、諏訪の人質として育ち、信玄の息子の中では最も武功をあげている。
信玄亡き後、勝頼が継ぐのであれば、織田は武田に勝てる。
四郎勝頼の先進性はほかの家臣には理解できまい。
武田は、此度の西上で得た北三河、北遠江、東美濃の政治、上野の地侍の安定、北条との交易に、今川との調整、1年は軍を動かせまい。
その1年の間に、どこまで敵を潰せるか。
本願寺、三好、今川、北条、武田、紀州、伊賀。
「岸和田の笑岩に手紙を出せ」
「はっ!」
勢いで反義昭を掲げるものの性根を確かめてやる。
【元亀三年 山田大隅守信勝】
「は?」
「だから、岸和田の笑岩、降伏だ。上様に家宝の茶器を献じた上、岸和田を退去したとのこと」
祐光が、立て板に水を流す如く喋っているが、
どういうことだ?なぜ笑岩は?
「上総介殿が、笑岩に岸和田退去をしないと
10万の兵で皆殺しにすると言ったらしい」
「なるほどね……」
そんな手紙一枚で降伏するならおれも手紙だせばよかった……
「で、岸和田は?」
「上総介直轄地と相成った」
「かっ~!ずっと笑岩と相対してきたおれが代官、または領主になるかと期待してたのに!」
岸和田5万石は魅力だ。岸和田を得たら、呂宋と日本助と手を組んで、本願寺に経済制裁する気でいたのに。
「信勝よ。もしそうなったら、岸和田の代官だれにするつもりだったのだ」
「長盛だけど」
「信勝の直轄地のほとんどの代官はあいつだぞ。過労死するわ」
「あ……」
そうだった。村重を花隈に封じてから、天満、大和田の代官も長盛にしてたんだ。
でも、ほかに代官は、祐光にはやらしてる。で、右近、茨木殿にもたらしてるけど、
みんな他にすることあるしな。ほかの直臣は今一信用できない。この直臣供は成り行きでおれに仕えているだけだ。
思いきって、仕事でも与えるか……
「よし、あいつらにも代官職を与えよう!」
おれは一気に裁定した。
「で、村重はどうよ」
「順調らしい。まだ花隈城はできてねえらしいが」
いつまでってんだよ。いっちょおれが乗り込んでやろうか!
「よし!おれ花隈に視察にいこう!犬といく!」
「は?奥方といくのか?」
「おう。どっかの軍師と違っておれは清く正しい交際をするんで」
「昼に夜這いかけたお前が言うな!」
なんて、もっともなことをいう男なんだ。この男は……
◇
「信勝様、なぜ私も視察に?」
おれと一緒に馬に乗っているお犬様が言う。
「ん?犬と出掛けたかったの。だめ?」
「だめなんてそんなことは!」
ぶんぶんと首をふるお犬様はまさにやばい。
彼女いない歴16年だったおれにとってはまさに天国。
「まあ、供回りもいるから大丈夫だよ。じゃあ、いこう!」
おれはお犬様を抱き抱えた。
【元亀三年 荒木信濃守村重】
なにっ。山田が来たと。どういうことだ?
……まさかわしが抱いている叛意にきずき、花隈の
土地を知るためか?
たしかに花隈は要所。だが、あいつはわしに築かせるだけ築かせてわしを処分する腹積もりかもしれぬ。
そういえば、大量の元池田家臣が代官に命ぜられたとか……
ふ。山田よ。その方がその気ならわしもやってやる。
今は、まだ兵が、武具が足りぬ。しかしこいつらを使えば……
今、討ち取れぬ。まだ城ができておらぬ。だが……
ふ。わしこそ摂津の覇者にふさわしいのだ………
【元亀三年 山田大隅守信勝】
なんか、村重の雰囲気が重い。なんか殺気立ってるというか……
なんだ?




