第39話 浜松崩れ
【元亀二年 織田上総介信長】
ふむ。武田が動いたか。半ば予想していたことだが、ここでとはな。
長島勢が思ったより粘り強い。ここで引くことはできぬ。
竹千代は裏切らぬ。われと信玄を天秤にかけた上でだ。
援軍は、松永か山田。松永では土壇場で裏切り、竹千代の首を挙げる可能性もある。そうなれば東国へわれが出張る必要があるが、そうなれば、本願寺やら、加賀の戦線も危うい。
竹千代はそういう意味でも、また
優秀なる男故、失うことはできない。
ならば、山田か。
……犬は夫に先立たれてしまうかもしれぬ。
わが天下の為だ。
「隅州に使いを送れ。3千を率いて、浜松にいけと」
「殿」
……汎秀
「1千の兵をつれていけ」
仕方がない。この男は言い出したら聞かない。爺の血筋故か。
【元亀二年 山田大隅守信勝】
死亡フラグじゃねえか。この時期の浜松への援軍なんて。
3千。妥当な数字だな。本願寺への抑えもいる。
「祐光、慶次、長盛。ついてこい。三州殿の援軍だ」
いつもは留守役の長盛をつれていくのは理由がある。
この摂津勢がおれについていく理由なんて、おれが戦に勝つからだ。ほかに理由はない。
この三人はそういう強さ以外のところでおれを信用してくれている。武田なんかと寡兵であたる戦など負けるとみた摂津勢は萎えるだろう。
そしたら、おれの首も危ない。
腹くくるか。
「はっ」
こいつらの顔をみることはやめておくか。
おれたちは、三千の兵を率いて、尾張清洲に至り、そこでもう一人の将である平手殿、平手監物<けんもつ>汎秀殿と合流した。
「聞けば、平手殿は援軍に志願されたとか」
「ええ」
「何故?」
「徳川殿が東を抑えてくれているおかげで、われらの織田家は勢力を伸ばせておるのです。そのお方のために援軍にいく、武人なら志願するべきでしょう」
すごいな。おれなんか死亡フラグが立ったと落胆していたのに。
「平手殿には頭が下がる思いです」
おれは正直に言うしかなかった。
◇
「よく来られた!」
浜松につくと家康は両手を広げて迎えてくれた。
「我ら4千、徳川殿のお下知のもと戦いまする」
この戦の総大将はこの徳川三河守家康だ。
「早速でござるまするが軍議を」
おれらは評定の間に通された。
「こちらは、援軍の山田大隅守殿と平手監物殿だ」
「ふん、随分遅い援軍だな」
一人の男が、おれたちに悪態をつく。
「これ!やめぬか!二郎左衛門」
おれもなんか言うことにした。
「まあ、それがしも上様の命に従い、摂津を切り取っていたのです。そう怒られますな」
「ほう。幕臣でござるか」
知らなかったようだな。
「拙者、山田大隅守と申します。貴方は?」
「拙者は夏目二郎左衛門吉信と申します」
夏目吉信か。家康の身代わりで死んだ男。こんな
意地悪そうな顔なんかい。
「では、軍議を始める」
家康が声を挙げる。
「知っての通りだが、既に二俣城はおとされた。
おそらく武田軍は浜松に向かうだろう。だが……」
「援軍の見込みはないのに、籠城すべきかどうかですかな?」
「そうじゃ。弥八郎。野戦に赴くか、籠城か」
たしか、信玄の最後は元亀4年。今は元亀2年の12月。
あと1年近くある。
ここが正念場なんだよな。
「籠城すべきかと。10ヵ月程度持ちこたえれば、
武田はひくかと」
「ほう、山田殿。それは何故か?」
信玄が死ぬ、なんて言っても信じないだろな。
「武田軍のほとんどは半農。それ故、農繁期になれば引くしかなく、それに此度の遠征、武田の物資は駿河から略奪したものです。籠城に及び、駿河の農民を調略いたせば、武田軍はひくしかないかと。本多弥八郎殿はそういうことに向いておられるかと」
ばあーと喋った。とにかく、徳川の知恵袋である
本多弥八郎正信がいることはよかった。
「そうですな。よし、弥八郎、駿河に潜入し、農民に一揆を起こさせよ」
「はっ。では早速」
正信は、退出していった。それと同時に使者が入ってきた。
「申し上げます!武田軍、浜松を素通りし、三河へ向かっております!ただ今三方ヶ原!」
そうだ。ここで家康は好機と判断し、出陣するのだ。そして大敗。
「みな!出陣じゃ!」
「お待ちを!武田相手に野戦は危険!」
おれはなんとか止める。
「わかっておる!しかしもう出陣しかない!」
……どういうことだ?
家康はおれのぽかんとした顔に気づいたのか、話し始めた。
「ここで武田を三河にいかせれば、徳川は臆病者とみられ、遠江の豪族どもに離反され申す。それに岡崎衆はわしの浜松行きを反対しておった。
遠江を叩き出されれば、徳川領は浜松と三河のみ。そのなかでわしに不信感をもつ岡崎衆と武田が結べば、
徳川は総崩れ。駿河で一揆が起ころうが、起こるまいが、三河、遠江は武田のもの」
そうか。たしかに。岡崎衆は保守的と聞くし、遠江は徳川のものになってから日が浅い。
「浜松崩れだけは避けねばなりますまい。では
出陣いたすぞ」
奇跡を信じるしかないんだな。




