第38話 武田徳栄軒信玄
天満、大和田を2ヵ月で落としたおれたちは池田山に帰った。
天満、大和田を含めた山田領に、
一向衆の辻だち、説法を禁じた。
違反したものは、釜茹で。
一向衆より、他の教えに帰依したものは、兵士になるか、田を与える。なお、田は一年間免税。開墾した土地もそのまま与え、開墾した土地も一年間免税。
免税に関しては批判もあったが、淀川の水運と、
猪名川の酒でしこたま儲けている呂宋に、たかるから大丈夫だと説き伏せた。
この飴と鞭で一向衆は減っている。まあ表向きだけかもしれないけど。だが、一揆を起こされなかったらいいんだ。
「殿、高山様が参っております」
「右近が?そういや、高槻ではみるみるうちに一向衆が減っているそうだな」
おれは、右近を通した。
「よ、右近。高槻では一向衆が減っているそうじゃないか。ようやった」
「お褒めに預り、恐悦至極。して殿にお願いしたきことが」
「おう。で?なんだ?」
「天満、大和田にはまだ一向衆が多いと聞いています」
そう言って、右近はおれを見つめる。おれはたじろく。
「あ、ああ。村重に代官をまかしているんだけどな。全然だ」
「では!」
「お、おう」
右近の目が輝く。なんだなんだ?
「では、某に!天満、大和田でキリスト教の説法をさせてくださいませ!必ず、一向衆をキリスト教にかえてみます!」
「おまえは高槻城代だろが!」
おれは手元にあった扇を投げつけた。
「む……だが、キリスト教を広めるのはいい考えだ。が、奴隷貿易はだめだ」
「いてて、勿論、奴隷貿易などは許しませぬ」
額をさすっている。そういや、クリーンヒットしたわ。
「うん。じゃあキリスト教の人、派遣して」
「はっ。ありがたき幸せ」
退出しようとする右近におれは釘を打っておく。
「右近、まさかとは思うが城下で説法するなよ?」
……ムンクみたいな顔すんな。
【元亀二年
馬場美濃守信春】
大小いくつのもの山々に囲まれた甲斐躑躅ヶ先館。ここから軍をだし、信濃を、上野を、駿河を、次々と奪ってきた。
そして、次に我ら武田朗党は、天下を奪う。
「集まったか」
御屋形様が目を閉じながら言う。
「駿河、上野、問題なく治まっているようでなにより。彦六郎、修理、大義」
「ははっ」
駿河の旗頭、穴山彦六郎信君殿と上野の旗頭、内藤修理亮昌豊殿が一礼する。
「美濃、織田はどうか」
「はっ」
御屋形はわかっているが。わしに言わせる事によって、皆がわかるようにしているのだ。
「伊勢長島をほぼ全軍をもって攻撃しております。どうやら、長島を干し殺すつもりかと」
「うむ。では時間がかかるな。織田は軍を反転させぬか」
「はっ。長島の一向衆は強大。ここで上総介が離れれば、盛り返しますゆえ、離れることできぬかと」
うむ、うむと一々御屋形様は頷く。
「聞いたか。上洛するよき機会よ。阿波の義栄に返事をおくれ。幕府副将軍の任、慎んでお受けすると」
おおっと歓声があがる。
「三郎兵衛尉。三河武節城を攻めよ。赤備を用いよ」
「御意」
武田最強の赤備を率いる、山県三郎兵衛尉昌景が頷く。
「膳右衛門尉は岩村を攻めよ」
「承知」
秋山膳右衛門尉信友が頷く。
「残りは我と共に遠江に進む。徳川三河守に調略を仕掛ける。みな、なにかあるか」
「幕府、評定衆に任じ、尾張一国を与えると申されませればいかがでござる?」
「それでいこう。美濃、遠江につき次第、そなたを使者に出す」
「はっ」
奪ってやるのだ。貧乏甲斐の田舎から、天下を。
できる。この武田徳栄軒信玄のもとならば。
【元亀二年 おつやの方】
「もういいでしょう」
うう、と泣く家臣たち。夫が先立ち、年上の甥である信長からの養子である坊丸の代わりに城を守ってきたが、限界であったようだ。
「秋山膳右衛尉と会い、この首を差し出します」
「奥方様、申し訳ございませぬ」
平伏する家臣たちを守らなければいけないのだ。私は。
「ほう。美しい」
秋山は面会した瞬間、こういい放った。私はむっとしながら
「つやにございます。この首を差し出すゆえ、家臣たちの命はなにとぞ」
すっと秋山は私の頬に手を当てる。
「あなたを信頼しますよ。故にあなたも拙者を信じてください」
いたか。このような男が。ずっと夫が死んでから女城主として気を張ってきた。
この男は私を女としてみてくれるのか。
わたしは信友に押し倒されるのを、拒まなかった。
【元亀二年
徳川三河守家康】
「武田軍、武節城を落としました!城兵は皆殺し!山県軍は本軍と合流!」
なにっ!武節を攻めてわずか3日だぞ!
「殿、織田様は?」
「長島攻めにいかれておるゆえ、援軍はまだだ……」
「くっ!同盟国の窮地に!?」
どうするか。武田は2万7千。われら徳川は8千。
「殿、使者として、馬場美濃守様が参っております!」
「通せ……」
人質より身を起こしてここまで来た。徳川家はずっと続かなくてはならないのだ。
わしは手に汗を握った。
「どうも。馬場美濃です」
「これは。わしが徳川三河守家康です。で、ご用件は?」
「わが主は、義栄公より副将軍の座を与えられました。その責務に従い、義昭を駆逐する所存。
徳川殿もお味方なされよ」
「わしと上総介殿は桶狭間以来の盟友ぞ」
「盟友!」
馬場がわざとらしい驚いた顔をみせる。
「なにも、援軍を送ってこないではありませぬか。なにが盟友でござるか」
一気にざわつく。そうだ。家臣どもが言おうとしたことだからだ。
「義栄公に味方されれば、尾張は徳川殿の領土とし、評定衆の座を与え、天下の政道に参加していただきまする」
破格の条件ともいえる。土豪あがりの徳川家が幕府の評定衆など大出世であろう。が
「ならん。我らは義昭公に、信長殿につく」
「戦国の世に義理など不用」
「義理に非ず」
わしは馬場をキっと見据える。
「勝つのは織田上総介信長だからだ!」
織田に全賭けよ。ええい、すべて失ってもそのときにはわしは死んでるから無関係よ。




