第36話 窮地
本願寺。正史において信長に立ちふさがり、その天下統一の前に立ちふさがった勢力。
この本願寺がしぶとかった理由をおれは大坂の堅牢さだと思っていたがどうやら、違うようだ。
本願寺の強さの秘密はこの人間離れした兵。
おれの想像を越えていたわ……
祐光、もってくれよ。
おれは相変わらず、鉄砲を放つタイミングは祐光に一任している。
いや、策を仕掛けておくか。おれはその場で手紙をかき、天満を包囲している右近へと使者をだした。
豪族はおれのことを嫌っている。ここで負ければ北摂津から叩き出される……
ちくしょーが。ちょっと馬鹿にしすぎたか。豪族共を。
だが、ここで勝って、より家中を統率してやる。
「放てー!!」
祐光の大音声をおれは聞いた。
【元亀二年 沼田三郎兵衛祐光】
どういうことだ?鉄砲は命中している。でも、敵の出足が鈍らん。
二段目、三段目。
次々と撃っても、敵は狼狽えるどころか距離を縮めてくる。
「くっ……槍衾〈やりぶすま〉前へ!」
とりあえず、槍衾で様子をみるしかない。
敵もそれを見計らったのか、槍衾を用いてくる。
僧兵ながらも敵は一糸乱れぬ槍捌きだ。
上から下へと槍で相手の矛先を叩き会う。この単純なものは、乱れぬほうがより威力が高い。
「分が悪いかッ……」
こちらは新たに徴兵したものも多い。息をあわせられない。
どうするか……
途方に暮れる。いや、そんな暇はない。しかしどうすれば……
「沼田様!それがし本陣からの使い番!一度、退却されよとのこと!」
「どういうことか?」
いくらあのバカでも、ここでわしが退いたら厳しい戦いを強いられることぐらいはわかっているはずだ。
「はっ。一度沼田様は退き、前田様、茨木様に本願寺勢を凌がせ、次に前田様、茨木様が退き、荒木様が凌ぎ、退き、殿が凌ぎ、天満まで全軍を交代させます。そして天満を包囲中の高山様の軍を割かせ、本願寺勢の横を突く、とのこと!」
……そして全軍突撃か。数に勝る我らで押し込むということか。だが右近はでれない。おそらく。だが、万文の1、でれるかもしれぬ。
あいつを信じてやるしかないわ。
「退け!山田本陣の後方まで退くぞ!」
もう、知らぬわ。さよ、わしが死んでも悪く思うなよ。
【元亀二年 茨木左衛門尉重朝】
「なあ、前田殿」
「なんでい?」
わしたち二人は蜘蛛の子を散らすように逃げている沼田隊とそれを追いたてている本願寺勢を見ている。
「山田殿はおもしろい方ですな。こんな博奕を打つとは」
窮地のくせにわしはおかしくてたまらない。
「ああ、おもろいやつですな。お陰で退屈しません。まあそれだけの男ですが」
「ふふ、手厳しいですな」
「じゃあ、某たちが先陣きるんで、茨木殿らは、まあわれらの戦働きを奪わない程度に働いて下され」
「承知」
わしが笑っていると、前田殿が嬉しそうな顔をした。
「おお。茨木殿もこの戦場が好きなのでござるな。たしかに勢いづく敵へ向かうのは乙なものにござるからなぁ」
ちがうのだ。前田殿。茨木を守るだけしか見えていなかったときとは、全く違うものがみれるのが楽しいのだ。
【元亀二年 荒木信濃守村重】
前田、茨木勢が逃げておる。やつらは本願寺勢をある程度削ったようだな。
ちっ。それにつけても憎きは山田よ。
与力は、三人与えられたが、家臣は一部盗られた。全く、あのとき安威川で負けて以来、わしの人生はどうなってしまったのか。
あそこで、安威川で勝っておれば、今ごろこのわしが北摂津の覇者だったのだ。
いっそ、ここで裏切ろうか。反転命令を下し、山田の本陣を崩す。山田の首を獲り、本願寺と、松永と同盟。北摂津を席巻し畿内へ打ってでる。
しかし、わしは裏切る気にならない。
義昭と信長がすでに畿内のほとんどを平定している。でもこれだけではない気がする。
まさか、わしが山田大隅守信勝に魅せられているのか?
いや、ないな。
わしはあの男の首を狙う。
だが、今は家臣面してやる。
「いくぞ!者共!前田殿と、茨木殿が隊列を組み直すまで粘れ!殿の御前ぞ!恥ずかしい真似は致すなよ!」
山田、今だけは生かしてやる。 そう、今だけは。
【元亀二年 山田大隅守信勝】
あー。村重はまあまあ持ったな。というか、祐光は隊の損傷が激しいな。間に合わんな。てか次おれの番だ。総大将がでるんだから、敵も勢いを増すだろう。
右近は必ず来る。
「いくぞお!わが馬廻り衆よ!功名を勝ち取れ!」
「おう!」
次男坊。三男坊の底力、見せてくれよ。
【元亀二年
高山右近助重友】
「殿、山田様はなんと」
「本願寺勢の横をつけとの御下知だ」
「左様でござるか。しかし……」
わかっている。この天満の包囲もしなくてもいけないし、なによりここの者共がそんな冒険をしてくれるとも思えない。
「高山家だけならざっと3百か」
高槻を殿より預かっているが、ここの包囲にも残さなくてはならないし、なにより元々の兵が少ない。
「どういたしまするか」
「決まっておるだろう。3百を率いて横をつく」
「殿、本気にござるか!?3百ではなにができるか!?」
顔中汗だくでまさに驚いている家臣にわしは声をあげる。
「いくのだ!一豪族に過ぎぬ高山家を高槻城主にまで引き上げてくれたのは、誰であるか!?」
「しかし、戦国の世は勝つことがすべて!
ここで退却し、北摂津をまとめられるのも
一策にござる!」
そうだな。天のぜうすも機を逃すなと言ってる気がするが。
「勘違いいたすな。殿は大器。北摂津で終わるお方ではない。天下に名を轟かし、大大名となるべきお方よ」
家臣は、うううと唸っている。わしは構わず続ける。
「その殿の御為に、この高山右近助重友は命を張る!」




