第34話 天満、大和田
【元亀2年 徳川三河守家康】
「うむ。少し考えさせてくれぬか?」
「かまいませぬ」
わしは、武田家の名将と名高い、馬場美濃守信春殿を前にしている。
わしは馬場殿を下がらせた。
「して、武田家はなんと?」
「うぬ。武田家と同盟し、駿河を武田領、遠江を
徳川領とするという同盟の提案じゃ」
「それは願ってもないことにござりまする。しかし……」
「皆までいうな。弥八郎」
弥八郎は頭がきれるが、協調性がない。
信長殿ほどの器量もなく、信玄ほどの戦上手でもなきわしは家臣どもに支えられなければこの戦国を生きてはいけない。
「武田に同盟を守る気はないであろうな」
「おそらく、その通りかと」
おそらく、駿河をとった時点で遠江になんらかの対策をし、いっきに攻めこみ上洛を果すつもりか。
「比叡山の法親王が武田家に上洛を果すよう要請した手紙をおくろうとしたと」
「送ろうとした……?」
では、送っていないということか?
「は、明智殿が未然に気付き、法親王を幽閉したと。法親王はその後、病死なされたということにございまする」
「うむ……」
だが、同様の手紙は阿波の義栄も信玄にだしているであろうし……
いずれにせよ、同盟を結び、織田家、徳川家、武田家の三国同盟を結べばよい。
徳川は必ず後世に残す……
【元亀二年
松井友閑】
わしは、殿の右筆と和泉の直轄領の代官をやっておるが、殿はほとんどの手紙を自分で書くので、
わしの仕事はほとんど代官だ。
だが、殿は、うぬはわれの代官であろうと言って
代官所にいかせてくれない。
ここ岐阜城にいながら和泉の代官をしなければならないのだ……
「松井、みろ。近衛への手紙だ」
「蘭闍奢のお礼ですかな?」
「然り」
殿は明智殿の奔走によって蘭闍奢を下賜されたのだ。
手紙をみる。そこにはうれしく思う。信長から近衛へ
とだけかかれていた。
そう、これを右筆であるわしがちゃんとした丁寧なというか正式なものに書くなら普通だが、殿が
わしに求めているのは、誤字脱があるかないかなのだ。
つまり、内容はこのままで名門の五摂家の近衛様におくるのだ。
「はあ、ございませぬ」
というか、こんな短い文に誤字も脱字もあるはずがないではないか。
「では、これを」
「武田家にございますかな?」
「そうだ」
どれどれ、どういう内容なんだ?
『織田上総介信長、額を地面にこすり付けて申しあげます。この度の同盟の運びまことに天下の吉兆にございます。信長めは図らずして畿内を抑え申し上げましたが、これもひとえに徳栄軒様の御為にござりまする。畿内の政道はすべて徳栄軒様のご意向通りに上様に奏上いたしますので、ご指導のほどなにとぞよろしくお願い申しあげます。
さて、この同盟を末永きものにいたすために
わが愚息、勘九郎信忠めに徳栄軒様の御息女を輿入れさせていただきたいなと考えております。
身の程知らずなお願いでありますが、なにとぞ
徳栄軒様の慈悲のお心におすがり申し上げ、筆をおかせていただきまする』
……なんだ。これは?ちなみに徳栄軒というのは信玄のことだ。てか、下手にですぎであろう。
「誤字、脱字、ありませぬ……」
わしの役目はこれだけだ。うん。内容はどうでもいい。
「奇妙!」
殿は嫡子の勘九郎様を呼び出された。
「……お呼びですか?殿」
勘九郎様は父である殿を殿と呼ぶ。
三十郎様もそうだが、三十郎様は敬意をこめておるように感じるのに比べて、勘九郎様のそれは
なにか、皮肉が混じっておるように思える。
「よろこべ。嫁ができるぞ」
「はっ。では失礼」
勘九郎様は退出した。
「うつけが……」
ぼそっと呟いた殿の一言をわしは聞き漏らさなかった。
【元亀二年 山田大隅守信勝】
「よう、山田」
「久しぶりだな」
池田山城に日本助がきた。急になんだよ?
「その、あれだ。ここじゃあなんだしよ……」
「茶室に参れ」
んだ?なんかあるのか?まあいい。茶室なら二人でも大丈夫だ。
「おうよ、義昭は……いてっ」
「上様を呼び捨てにすんな」
義昭公を呼び捨てにした日本助の頭を叩いた。
「ちっ。うん、上様はどうするつもりだ?」
どういうことかわからんぞ。話が見えない。
「ごめん、わかるように言って」
「あ?てめえほんとに殿様かよ」
めんどくさそうに髪の毛をぐしゃぐしゃにしている。
「おまえは1万の兵をもっているな、足利本家は5千。坂本の明智は3千。で、てめえらは大嫌いだが上様の家臣の松永は8千。幕府は2万6千の兵を動かせるんだよ。もしだ、上様が織田と一戦するっていうなら、どうするんだ?」
「おれは幕臣だ。ま、ないと思うが、そうなったらおれは上様のお味方をする」
「即断かよ」
つまんねーな、と呟いた日本助をほっといておれは考える。
義昭公が二条から槇島に移り、挙兵。丹後、若狭の兵と合同して山城を制圧。越前の柴田さんは加賀の一向衆に牽制させる。んで、信長軍は坂本の光秀に足止めさせて、おれは和泉、河内を制圧しながら、弾正を脅して、これを仲間にして、義昭公と、おれと弾正で信長と一戦か。できないこともねえな。
「おい、まてまて。話は終わってねえぞ」
「あん?じゃあなんだよ」
へへへと日本助は笑い、ずいと人差し指でおれを指した。
「おまえがどういう道を辿ろうと、おれはてめえの味方だ。覚えておけ」
「そこまでいってくれんのか?でもなんで?」
「おまえがおもしろいからだよ」
日本助は相変わらず、人差し指でおれを指している。
◇
義昭公から命令が下った。
信長を主将として長島攻め。越前は景鏡を抑えとしてのこす。計8万。おれら山田1万は天満、大和田攻めに向かうべし。




