第29話 浅井の桶狭間
【元亀元年
山田大隅守信勝】
一乗谷を焼き払った討伐軍の前に、朝倉宮内少輔景鏡が平伏している。
まるで平蜘蛛のように地面に這いつくばっている景鏡は、醜い。
その、薄紅色の羽織も、金色の袴も気持ち悪さをよりいっそう引き立てている。
この戦国の世にタイムスリップしてから3年。
裏切りは世の常だ。おれの恩人の義輝公も弾正に裏切られてあえなき最後となった。
が、その弾正をあまり上手く表現できないが、美学のようなものもっていたのではないかと思っている。勿論、おれはあいつが大嫌いだが。
だが、信長に這いつくばっているこの男には、美学どころか、人間であるプライドもなにも感じることができない。
「宮内少輔」
「は、はひぃ!」
信長の一言に景鏡は豚のように鳴いている。
「先に一乗谷を抑えたこと大儀であった。ぬしは大野に戻るがよい。褒美は浅井を滅ぼしてからあたえよう」
「は、はは!」
地面に頭をこすりつけながら景鏡は退出した。
【元亀元年
遠藤喜右門尉直経】
殿なら、浅井長政なら、天下をとれる。そう確信するのは、ここまで兵を増やせる力量があるからだ。
織田・足利連合軍が越前に入ったとき、殿は
兵糧を蔵から出すことと、鎌刃に使いをだすこと、比叡山方面に兵を配置することを指示した。
わしはなんのことだかわからなかったが、すぐにわかった。
比叡山延暦寺焼き討ち。
これで逃げ惑う僧兵を確保。そして比叡山と深い関係にあった鎌刃の農民もこの焼き討ちにおこり、浅井軍への編入を確約。
浅井8千は、1万8千の大軍へと化けた。
「殿、殿は信長が焼き討ちにおよぶとわかっておられたのですか?」
「義兄上のことだ。わかる」
にやっと笑った殿だったが、すぐに顔を曇らせた。
「……しかし、朝倉が一夜で滅びるとはな」
「左様ですな。しかし策はあり申すか」
すると、殿はすぐに顔を輝かせて
「無論じゃ」
「では、拙者は殿を信じまする」
殿は、わずかに顎をひき、頷いた。
【元亀元年
山田大隅守信勝】
京に入ったおれたちは比叡山をおとした光秀と合流。合計3万6千となった。
「このまま小谷〈おだに〉を攻める」
信長が宣言する。が、信長の意志は小谷攻めではないのはわかりきっている。小谷は堅牢な山城。
それに浅井は1万8千の大軍。おとせない。なら攻めるふりをして、長政を誘き出せばいいのだ。
「小谷城下を焼き払え!」
長政をおびき寄せるために、小谷城下を焼き、略奪をする。おれはこれが嫌いだ。だって、子供や女が巻き込まれるからだ。
【元亀元年
浅井備前守長政】
義兄上は、やはりこのわしを誘き出すために焼き討ちにでたか。
民には悪いが、わしは出ぬ。義兄上の首をとったあと、再興しよう。
まっておれ。義兄上。その首、わが目の前に据え置き、天下への第一歩にしてやる。
【元亀元年 織田上総介信長】
長政はでないか。なにをまっている?朝倉は滅び、すでに江北は囲まれておる。たしかに、比叡山焼き討ちで、本願寺は先程、決起したが。
四国の三好、摂津の池田、石山の本願寺、伊勢の一向衆。
これらと組んでなにかやるつもりか?長政……
なら、小谷は持久戦よ。
「ネズミ!おるか!」
「これに!」
ネズミが片膝をつく。
「ぬしは佐和山を攻めよ!」
「御意!」
さすが、われの草履取りより出世したネズミだ。すぐさま、向かいよった。
「残りのものどもは横山をせめる!」
【元亀元年
山田大隅守信勝】
おれたちは、小谷より陣を払い、横山に向かった。
おれたち幽斎さん率いる足利軍は、横山へ赴かず、姉川に陣取った。
姉川の戦いだよな。これ。
でも、浅井が出てこないし。
信長は、坂井さんと佐久間さん1万と共に龍ヶ鼻に陣取った。秀吉3千は佐和山攻め。のこりは横山攻め。
しかし、そんなときついに報告がきた。
浅井備前守長政、大依山に布陣。
【元亀元年 浅井備前守長政】
みておれ。義兄上。ここが浅井の桶狭間よ。
【元亀元年 織田上総介信長】
ついにきよったか。
「坂井は前備、佐久間は中備、われは後備へ布陣。横山の軍も戻せ。佐和山のネズミはそのまま攻めよと伝えよ!」
浅井軍がここまでくるのは、早くて明日の朝。
長政……殺す。
われは眠った。
◇
「殿、お目覚めください!」
久太郎の声で目を覚ます。
「如何した!」
「浅井の奇襲にござります!坂井隊、大苦戦にござります!」




