第28話 神妙にいたせ!
【元亀元年 山田大隅守信勝】
次々に武将を討ち取ったという報告がくる。その中には、真柄兄弟や、山崎長門守などという高名な武将も多い。
とくに、山崎長門守は、全身、矢に射されながらも奮戦。最後は切腹して果てたという。
対して、こちらの損害は少ない。それに、今、一乗谷にいた朝倉景鏡が、僧兵と組んで反乱を起こしたと聞く。
もう、朝倉は滅亡だ。
おれは、軍をまとめさせた。だって後は何をしなくても勝ちだしここで追撃して兵を失っては、浅井討伐戦、北摂津戦に影響がでる。
「信勝、慶次が止まらぬぞ」
祐光が困ったという顔をする。
「どうにかしてくれ……」
おれは、ラノベの主人公よろしく、頭を抱えた。
【元亀元年 鳥居兵庫助景近】
朝倉は織田に負けたのだ。わしは、殿の御首級を土の中に埋めて尚更実感した。
……朝倉の当主は景鏡となるのか。
わが鳥居家は代々、朝倉に仕えてきた。が、奏者にまで抜擢されたのは、わしであり、抜擢したのは、殿だ。
殿以外の主君に仕える気もなし。
だったら、ここで殿に殉死すべきなのだがなぜかそうすべきになれなかった。
すでに、朝倉兵の大半は逃亡している。このままでは、わしも敵の手にかかり、討ち取られる。
殿のお側にて、苦楽を共にするのが、わしの役目だ。
なら、することはただひとつ。
「鳥居殿、どこへいかれる!」
殿の旗本がわしに問いかける。
「わしは、殿より景鏡成敗の命を下された。それ以外の命は受けておらず」
景鏡成敗のため、わしは一乗谷まで走ってやる。
わしは覚悟を決めた。
【元亀元年 朝倉宮内少輔景鏡】
ここが朝倉館か!フフフ、当主となったのじゃ。わしはついに。わしはついに朝倉当主となったのじゃ。
聞けば、義景めは織田軍に大敗したと聞く。
ふん、わしこそ本来ならば、この座にふさわしいのだ。
「殿、義景めの側室たちにございます」
おお!美人だらけではないか!
「わしに、はべればいい生活をさせてやる」
わしは寛大な精神でいってやったのに、側室の1人は首をふりやがった。
「殿以外の男に抱かれるなど嫌です」
「なにぃ。ほかのものは!?」
ほかの側室もわしに抱かれるきとを拒んだ。
「ええい!こやつら全員を打ち首にいたせ!」
「は、ははあ!」
わしに逆らえばどうなるか見せてやるわ!
【元亀元年 鳥居兵庫助景近】
「さよ……」
「兄上!ご無事でしたか!」
なんとか、一乗谷にむかったわしは家に言った。
すでに、父と母は亡くなっており、わしは妻もない。この妹だけがわしの親類である。
「さよ、よく聞け。わしは殿を裏切った景鏡を討ちにいく。生きては戻れまい。そなたはここからおちよ」
さよはじっと黙っていたが、やがて頷いた。
「今生<こんじょう>の別れぞ。達者でな」
「はい。兄上」
わしとさよは家をでて、逆方向に向かって歩きだした。
【元亀元年 朝倉宮内少輔景鏡】
わしは、側室どもを打ち首に処した後、幕府に降伏の書簡を作成。そして酒宴の準備をさせた。
わしは、鎧冑を脱ぎ捨て、薄紅色の羽織、金色の
袴という朝倉当主にふさわしき姿に着替えた。
むろん、なにかがあっても困るので、朝倉館の警備は厳重にしている。
「さあ、朝倉に光りが戻った日、皆、とくと飲まれよ」
わしは杯を掲げた。
【元亀元年 沼田三郎兵衛祐光】
略奪は好きになれない。略奪を禁止されたときの織田軍は、ほんとにしないが、されなかったときの織田軍は、盗賊のように略奪をおこなう。
女は犯され、物はとられる。
栄華を誇った一乗谷が灰塵に帰していく。
信勝も、略奪は好きではないようで、自軍の兵には禁じている。
慶次も、興味はないようで鼻をほじっているし、右近は十字架をにぎり、あーめんとか言っている。留守役の長盛も好まないであろう。
「ちょっと、離して!」
「よいではないか!グヘヘヘヘ」
雑兵が女をつれていこうとしている。なぜかわしは、その場にいって、小判を投げ、雑兵を追い返した。
「あの、ありがとうございます……」
「ああ。構わ……」
わしはその女の顔をみて驚いた。整った目鼻に、気の強そうな目。
……なにが言いたいというと、惚れた。
「その、そち、名は……」
「あ、わたしは、さよともうします……」
「わしは、祐光だ。沼田三郎兵衛……その、さよ殿、頼みがあるのだが……」
「はい?」
怪訝そうな顔をさよ殿は向けてきた。わしは心を落ち着かせる。
「わ、わ、わしの妻になってくれぬか?」
「え?」
驚いた顔をさよ殿はしている。
「へええ。祐光くぅ~ん、やるねえー」
よく聞く声がする。わしは恐る恐る振り向く。
「信勝!?いつから」
「小判なげるときからサ!」
にかっと信勝は笑う。
「全部ではないか!?」
「んふふ~」
気持ち悪くにやつく信勝はさよ殿の方を向く。
「さよ殿、こいつすげえいいやつだからさ、妻になってあげてくれよ。ね、いいだろ?」
「……はい」
さよ殿は、わしの手をぎゅっと握った。
【元亀元年 鳥居兵庫助景近】
朝倉館の周りはたくさんの兵がいる。
「申し。拙者、朝倉義景公の奏者、鳥居兵庫助景近。景鏡殿にお目通りを」
「ああ、悪当主のー?」
目の前の門番のその言葉を聞いてわしは怒り、槍をつきさした。
「な、曲者ー!?」
騒ぐ周りにわしはいい放つ。
「朝倉左衛門督義景公家臣、鳥居兵庫助景近、参る!」
それが、わしのすべてだ。
わしは走りだし、槍で片っ端からつき伏せていく。
「なんじゃ、騒々しい」
「あ、開けるな!」
外の騒ぎを聞き付けた、館の内部の警護兵が門をあける。わしは一気にその中に飛び込む。
「鳥居景近、参上」
わしは、にぃっと笑い、前の男に槍を出す。
「弓矢はなてええー」
弓矢が放たれる。
「ぬるいわ!」
わしはそれらを槍で打ち落とす。
しかし、その隙に兵が槍を出す。
「ぐう……」
腹をつかれ、わしは片膝をつく。 終わった……そういう雰囲気が流れる。
終われるわけなかろう。終われるはずなかろうが。
わしは立ち上がり、一気に前へ出る。緩んだ雰囲気のお陰か、すぐに蹴散らせる。
「殿のもとにいかせるなあ!」
その言葉に兵がでてくるが、もうわしには関係ない。
「道をあけろおおおー」
槍を振り回す。景鏡の場はもうすぐだ。
【元亀元年 朝倉宮内少輔景鏡】
「なんじゃ。騒々しい。ヒック」
いい気持ちで酒に酔っていたのに、外から聞こえてくる騒ぎで興醒めだ。
「さあ?足軽どもが喧嘩でもしているのでしょうか」
家臣の軽口にわしの頬も緩む。
「申し上げます!て、敵襲が!」
「なに!敵は何人じゃ!」
「そ、それが一騎……がふっ」
ふすまが倒されると同時に矢が飛んできて、使者は倒れる。
前をみる。
……間違いない!忌まわしき奏者、鳥居兵庫じゃ!
鳥居は、腹に槍が刺さり、血だらけであり肩で息をしている。右手には槍をもっている。
弓はもっていない。ということはさっきのは投げ矢……
鳥居は血走った目をわしに向ける。
「ヒイッ……」
わしは思わず後退り、酒が足にあたりこぼれた。
「逆臣かげあきらぁぁぁ!神妙にいたせ!!」
そう鳥居は叫ぶと走り出した。わしは思わず失禁してしまった。
【元亀元年 鳥居兵庫助景近】
景鏡は目の前だ。いける。いける。
「うおおおお!」
わしは槍を景鏡に向けて突進する。
景鏡は震えている。討ち取るのだ。
「ぐっ!」
ひとりの家臣がわしを羽交い締めにする。思わず槍を落とす。
「邪魔だ!」
わしは体を回しそやつを床に叩きつける。
もう、槍を拾う余裕はない。
わしは、景鏡に向かい、走ろうとするが、倒れる。
こいつ、足を!
わしは先程、叩きつけた男がわしの足を持っているのを、横目で見た。
わしは立ち上がる。が、この一瞬がだめだった。
立ち上がった瞬間、ひとりの家臣が脇差しでわしの胸をさす。
わしは、膝から倒れる。
刹那、フッと笑う殿の最後の顔が思い浮かんだ。
思えば、殿が笑ったとこなどみたことなかったな……
死ぬときは心穏やかなものじゃな。
殿の言葉が思い浮かび、わしの目から涙がこぼれる。
もう、なにも見えない。




