第27話 言いたい言葉は
おれたち諸将は、その場に立ち止まったままだ。
当たり前だ。おれたちの大将が意味の不明なことを言ったんだから。いや、言葉はわかる。おれたち皆、日本人だし。ただ、今回知りたいのは、なぜそういう結論にどういう過程でなったのかを知りたいんだ。ただ、それを求めるのに織田家総帥の信長は不適格だ。多分、おれがいた現代では、信長は政治家になれない。選挙でこんな短い言葉で言われても困るだけだ。
一座に重い雰囲気が流れる。
「わしは殿を信じる。織田家をここまで大きくされたのは、殿だ」
柴田さんが立ち上がり、大きいお腹をぽんと叩いた。
「それがしも、殿を信じます。草履取りより引き立てていただいた殿を疑うなど出来ませぬ」
織田の出頭人、秀吉も柴田さんに同調する。
……信長は優れた人間だ。性格以外完璧だからな。
おれも、魔王を信じることにした。
◇
「はあ?今、何て言った?」
おれは、ずいと顔を近づけてきた佑光をどかし、
おれたち高槻勢の動きを説明する。
「信長によれば」
ここは強調しないといけない。
「朝倉は明日の夜、撤退する。だから今日は寝ろ。で、明日は追撃する」
「……気は確かか?迎撃されたら大損害を被るぞ」
「うん、ついに信長は人間離れしてきた」
気は確かなんざだれも思えないに決まってるじゃないか。
「ま、おれは戦ができればいいけどよ」
そう、慶次は慶次で人間離れしている。
「殿」
十字架を握りしめる右近が目を閉じながら言った。
「ん?」
「もし、本当に朝倉が引くならば、それがわかった織田様はぜうすに匹敵するお方でございますね」
「ああ。じゃあ、お前ら寝ろ。明日は一乗谷まで進軍だぞ」
神か……じゃあ、朝倉が引いたら魔神に昇格だ。
大魔神信長。横浜の抑えみたいだな。
おれはこの時代でおれしかわからないことを思って苦笑した。
【元亀元年
鳥居兵庫助景近】
我々は木瀬ヶ原に布陣した。朝倉軍は1万7千、織田・足利連合軍は2万5千。少々数は差はあるが、
戦えないと言うほどではない。
……しかし、我々の敵は織田だけではない。
筆頭家老の景鏡が挙動不審なのだ。
なら、処罰したらいいだけの話なのだが、やつは今まで、治水に励んだりなどと朝倉家に貢献をしており、疑わしいだけで罰することができない。
ただ、あやつは何かを行うだろう。
大方、賢松寺の僧兵、3千と、自軍3千、計6千で一乗谷を占領するつもりだろう。
その程度のことお見通しだ。
やつに不審な動きがあり次第、速攻で軍を戻し、織田とつながる前に景鏡を成敗。
そしてとって返し、織田を迎撃。
景鏡も倒し、信長も倒す。
越前の安寧のためにだ。
「鳥居様、それがし一乗谷からの急使」
ひとりの男が、わしの前に現れる。
……来たか。
「この手紙をご覧じられよ。動かぬ証拠にございます」
その手紙は、景鏡が信長にあてた手紙だ。自分が朝倉当主になるとし、その支持を求めている。
宮内少輔景鏡、挙動不審。
わしはこれを殿に報告した。
【元亀元年
山田大隅守信勝】
めっちゃ、朝倉臨戦態勢にみえるんだが……
でも、織田の武将は全員、信長を信じるに一票いれている。
……もうどうにでもなりやがれ
【元亀元年
鳥居兵庫助景近】
「うむ。景鏡の馬鹿め……」
手紙をみた殿はすこしばかりは、景鏡を信じていたようであった。
「こうなってしまった以上は仕方ありませぬ」
「うむ。敵に気づかれぬ様に今宵、引くか」
「はっ」
「全軍撤退!景鏡を成敗いたす!」
【元亀元年山田大隅守信勝】
「おい……信勝!」
おれは、朝倉が退却していくのをみて、唾をごくりと飲んだ。
大魔神信長……
まさか、ほんとに!?
「いけえ!てめえら!もうなにも無関係だ!
その手に手柄をつかみやがれ!」
なりふりかまってられるかよ!
【元亀元年 鳥居兵庫助景近】
「伝令!織田軍の追撃にあい、真柄兄弟討ち死に!」
なに!?
織田軍はすでに景鏡謀反を知っていて……
いや、その手紙はこちらにあるし、そのような時間もない。
なら、考えられることはただひとつ。
信長は、朝倉の退却を予測していたということか……
ありえない。そんなこと。だがしかし
わしは目の前の軍を見る。すでに退却準備に入っていた朝倉軍は、次々に討たれている。
追撃戦は、追う側が有利である。迎撃しようにも、もう指揮も混乱してとれない。
「殿!急ぎお逃げをば!」
わしは、殿をみる。なにが起こったか、信じられないといった顔をしておられる。
殿がおもむろに言った。
「わしは、切腹する。景近、介錯を頼む」
「なにを申されるか!朝倉は必ずたちあがることでき申す!」
「もうよい」
殿は、鎧を脱ぎ、地面に正座し脇差しを抜いた。
「一乗谷はすでに景鏡が抑えておる。もう帰る場所もなし。それに」
殿はフッと笑った。
「わしは齢13で朝倉当主となってから28年間、一度も心休まるときなかった。もうここらが頃合いであろう」
「弱気なことを仰せられるな……」
わしが、止めようと言葉を発したそのとき殿は脇差しを腹に突き刺した。
「殿!!」
「ぐふっ……死ぬときはどうであっても心穏やかなものじゃな。景近、介錯を……」
「殿!」
わしは絶叫して、刀を降り下ろした。言いたい言葉は山ほどあった。しかし何一つ言葉にならなかった。




