第24話 望むところ
安威川で、中川瀬兵衛を討ちとり、
茨木城を落としたおれに、義昭公からの使いがきた。その使いが手紙を渡してきた。そこには
『山田大隅守信勝を摂津守護職とし茨木左衛門尉を与力とする。』
ってあった。つまりおれは茨木城を勢力下におき
摂津の領土は切り取り次第におれのものにしてもいいっていうことだ。
と、いわれても手放しに喜べるほど摂津は甘くない。
古来より、ここ摂津は
京へ隣接しているため、争いが絶えず群雄割拠の有り様なのだ。
現在、摂津で有力な武将は、おれ、池田九衛門、
三好孫七郎、本願寺光佐、伊丹七郎兵衛の5人だ。
内、北摂津は、おれに、池田、伊丹の3氏がしのぎを削っている。
ま、荒木を倒したんだから、おれが北摂津の覇権を握るしかないな……
おれがそう決意していると
「殿、木下殿が見えられております」
長盛が、報告しにきた。秀吉か。なんのようなんだろう?まあ、通すか。
「どうも。木下藤吉郎にござる」
いやあ、と頭に手をおきながら、秀吉は挨拶をする。
「これは、秀吉殿、で、なにようで?」
「いや、此度の山田殿が池田軍に大勝したのを聞いて、殿はお喜びにござる」
なに?あの大魔王がおれの活躍を聞いて喜ぶだと?不思議なことだ。
「次の、浅井、浅倉討伐にも、その力を存分に
だすようにということにございます」
いや、これを大魔王語に訳せば
『おい、わかってんだろなぁ?その力を、おれの天下のためにちったぁつかえよ?じゃねえと
小指はねるぞ、コラァ』
ぐらいの脅しだ。まったく……
「織田様にはよろしくお伝えくだされ」
祝勝の使者がこれだけだったら、よかったのだが
ありえない人物からも来た。
「それがし、松永弾正忠様の御使いにござります」
「……はあ」
おれは、その弾正の部下とかいう可哀想な境遇の人から、手紙を受け取った。
どうせ、ろくでもねえようなことしかかいてねえんだろな?と思ってみたが、ちがった。
そこには、此度の貴殿の働き、うれしく思う、とか、まこと隅州殿はすぐれた御仁、とか、とにかくおれのことを誉めちぎっていた。
……どういうことだ。
おれの感じた違和感は、どう形容したらいいかわからない。
まあ、言うならば、家に帰って、リビングに入ると、知らないおっさんが自分を指さし、アハハーアハー(^^)/と笑っていたときに感じるものと、今回のは相似形だ。
そう、ろくでもないことが書いてあったならおれは弾正からの手紙をびりびりに破き、思いっきり弾正へ悪態をつき、ついでに使者へ悪口を言って、追い返すつもりだったが、こんなちゃんとしたことを書かれて、それをやったら、おれは頭が沸いてる奴と思われてしまう。
「弾正殿に、よろしくお伝えくだされ」
なんて当たり障りのないことをいうはめになる。
「それと、わが殿は、わが殿は所蔵の名物、松本茶碗を山田様にさしあげる、とのこと」
そういって、使者は、緑色の茶碗をおれに差し出してきた。
おれは、使者に礼を言い右近をよんで、この松本茶碗がどんなもんなんかを聞いた。
「松本茶碗といえば、名物にございます。たしか三好下野守殿のものだったのを、弾正が盗んだとか……」
「なに?あいつ、盗品おれにくれたの?」
右近が頷いたのをみたおれは、すぐにお礼の手紙をかいた。
『此度は誠にありがとうございます。三好下野守所蔵の名物、松本茶碗を大事に致します』
と、書いて、弾正に送ってやった。
おれは、その後、冷静に考えてみた。間違いなく、この後、信長は朝倉、浅井攻めに出陣するんで、そんときおれは出陣する。じゃあこの北摂津は、どうするかだ。
茨木殿を抑えでおくとして、池田が問題だ。
九衛門は、傀儡当主のだめだめだが、だれも好き好んで、傀儡をやってるわけじゃない。じゃあ、筆頭家老の村重が大敗した今、このだめだめは、権力を取り返そうとするだろう。
なら、その延長として、茨木を攻めるかもしれない。もしもがあったら困る。
村重を寝返らせるか……
おれは思ったが、良策は思い付かない。
「そういえば、呂宋って舞鶴か?」
「いえ、たしか、淀川の水運をまかされたとか」
「じゃあ、金持ちだよな?」
「ええ」
おれの策は決まった。
「いってくるわ。呂宋のところへ」
◇
「山田殿、どうなされました?」
突然の来訪にもかかわらず、笑顔で呂宋は対応してくれた。
「いや、火縄銃のお礼よ」
そう言うと、ハハハと呂宋は笑った。
「聞けば、その火縄銃が大活躍したとか。それがしもうれしいですよ」
「じゃあ、ここからが本題だが」
「なんでございましょう」
呂宋は真顔になった。
「おれを北摂津の主に押し上げてくれ」
「仔細を申してくだされ」
こんな突拍子もないことを言ったのに、間髪入れず対応するとはな。
「まあ、おれは池田に勝った。このまま池田城を攻めれば、九衛門以下全員を首にできる。が、公儀に逆らう、浅井、朝倉も討たないとだめだ。幕臣としてな」
無論、九衛門以下全員を首にできるなんていうには、嘘だ。
「おれが北摂津の主になるため、荒木信濃を寝返らせ、池田を滅ぼす。そのためには金がいる」
「なるほど」
呂宋はギラリとした目をみせてきた。
「もちろん、見返りは摂津の特産品だ。なにかおまえに一任してやる」
「……なにかとは?」
「おれは商人じゃねえんだ。知るか。呂宋助左衛門、おまえが考えな」
そう言うと、呂宋は考え込み、なにか思い付いたようだ。
「猪名川の水は上質と聞きまする。いい酒ができると思いまする。この猪名川を」
おれは頷く。
「成立だ」
「ええ。では、いくらほど入り用で?」
「……銭、5百貫。それと兵糧、弓、これに関してはおまえの案配にまかせる」
「委細、承知いたしました」
おれは笑って言った。
「呂宋のおかげで北摂津の主まで昇れそうだ。ありがとう」
「期待しておりますよ」
おれは、池田城へ向かった。
【元亀元年 荒木信濃守村重】
茶をもつ手が震える。うまく飲めぬ。心を落ち着かせる茶なのに……
原因はわかる。九衛門にしてやられた。
わしが、ほうほうの体で池田城へ戻ったわしは、
九衛門へ挨拶へ向かった。
そこに九衛門は家臣一同揃えてわしをまっていた。
平伏するわしの体をいきなり九衛門は蹴りつけよった。
「貴様のような無能に、茨木をまかせたわしが愚かであった!」
それだけ言って九衛門は拳をつきあげる。
「よいか!義栄公の御為に憎き足利義昭を討つ!
われについてこい」
みな、平伏する。
……やられた。この人形は当主の権力を取り戻しよった。
「殿、納屋から使いが参っております」
「……通せ」
納屋からなんであろうと思ったが、通すことにした。
入ってきた。男の顔をみてわしは驚いた。見間違えるはずがない。いや見間違えてたまるか
「山田ーむぐっ」
「おっと、喋るな」
声をあげようとしたわしの口を山田がふさぐ。
ここで討ち取ってしまおうか……
一瞬、そう思ったがそれをすることを選択肢よりはずした。ここで山田を討ち取っても、どうせ、九衛門は自分の権力を増すだけだ。
「なにようか……」
山田が手を離した。
わしは覚悟を決めた。
【元亀元年 山田大隅守信勝】
へっ。童顔に涙溜めてやがんの。いい気味だ。
だが、この童顔信濃が、正史では北摂津の主になるんだ。
「単刀直入にいくぞ。池田を裏切れ。おれにつけ」
「……なにを言っておる? わしは池田家臣だぞ」
んだよ。この欲張り童顔が。心にもないこと言いやがって。
「そう言うな。おまえが九衛門の下で収まる器じゃねえだろ」
「で、どういうことだ」
「おれは、朝倉、浅井を討伐せねばならん。なら。池田が動いても困るんだ。だから、池田が動かないようにして、時期がきたら裏切れ」
「ふん。生憎だが、わしは貴様に負け、権力を失ったわい」
「ここに5百貫ある」
おれが銭を差し出すと、村重は目を丸くさせた。
「このような大金……!?」
「まあ、これはおれのささやかな贈り物だ。
これが本題だ」
おれは紙をぴっと村重に投げる。
「それを納屋の呂宋ってやつに渡せば、兵糧、弓を工面してもらえる」
「ほう……」
もう察したか。九衛門は、自分の権力を磐石にするため、間違いなく村重を討ちにいくだろう。
村重はおれに負けたせいでまだ戦ができる状況じゃない。だが、呂宋から支援してもらえれば、
戦ができるし、九衛門にも勝てる。勝てば、九衛門は必ず村重に謝る。そうしたら、村重は執政に返り咲きだ。
「おまえは池田が動かないようにしろ。そして
おれが池田を攻めれば、家老の何人かを裏切らせろ。裏切ったやつを、池田滅亡後おまえの与力につけてやる」
「まことか!!」
村重は目を輝かせている。
「で、おれにつく?つかない?」
村重は、両手を畳みにつけ、顔をまっすぐおれに向けた。
「山田家のため、誠心誠意、働きまする」
け。平伏はしなかったか。
「せいぜい、おれのもとででかくなれ」
「望むところ」
村重がニッと笑った。おれは心の中で悪態をついた。




