第155話 であるか
【天文二十二年 明智十兵衛光秀】
それがしの主君の斎藤山城守道三入道は突飛な行動を取ることも少なくない。
「婿殿を見るぞ」
今日もだ。
「殿、正徳寺で上総介殿とお会いなさるのでは」
それがしがこういうと、道三入道はカカッと笑い、馬鹿じゃなあと呟いた。
「その前に、じゃよ」
人とは時たま、わけのわからぬ行動を取るものだ。それは人にすべからく該当し、この目の前にいる梟雄も例外ではない。
「何故、このようなことを」
それがしの半ば、恨みがましき言葉に道三入道はまるでそれが愉快であると言わんばかりに笑った。
「婿殿を見るのよ」
それがしと道三入道は、美濃の堀立小屋にいる。ここに籠って、上総介を見るらしい。
勿論、いや、この状態にふさわしく服はぼろを纏っている。
二人で入るには十分な広さではあるのに、その格子自体が狭いので、顔を二人で近付けて見るハメになる。なので、体感としては非常に狭い。
狭い格子から差し込むきらきらとした光が湿り気を多く含んだこの木々を照らす。
その蜘蛛の糸が如き光に誘われるよう、騎馬武者を先頭とした一団はあらわれ、こちらに近付いてきた。
数としては数百であろうか。全員珍しく火縄銃を持っている。
火縄銃。
遠く南蛮のものがここ日ノ本に伝えし武器。縄を切り、皿に火薬を盛り、閉め、引き金を引く。
この気の遠くなるような手順を必要とするが、それがしはこの武器が好きだ。いずれどの大名もこれを戦場に大量に投入する時代が来ると信じておる。
「貴様と気が会いそうだの。みよ」
道三入道が指さしたその先には白い着物を左肩をはだけさせ身にまとい、柿を右手に左手に火縄銃を担ぐ、目付きが嫌に鋭い男が見えた。
「あの御仁が……」
「婿殿よ」
前評判通りのうつけか。あれならば守役の筆頭家老、平手中務殿が御腹を召されるのわかるとそれがしは得心した
道三入道は如何に思っているのか。これが少し気になり横の顔を仰いだ。道三入道はその顔のシミを歪ませ、にやついていた。
「おもしろい。楽しみだわい」
なにがであろうか。それがしは少し途方に暮れたがすぐに理解はした。何せ、このすぐ目の前にいるのは斎藤山城守道三なのだから。
正徳寺はさすが会見の場所にふさわしく大きく出来ている。時代を感じさせる床板や、柱の木が相応しくある。
ただ、目の前にある開け放たれた扉より爛爛と差し込む真昼の光が、今この場においては妙に苛立たしい。
遅い。
時間はとうに過ぎている。だが、肝心の織田上総介がまだだ。
やはり、大うつけか。
道三入道の下を纏める家臣団の苛つきが頂点に達したその時、
その差し込む光は遮られた。
ただ光を後ろに組み従えし御仁だけがそこにいた。
織田木瓜の入った羽織に、袴。髪は月代を剃り大銀杏に髷を結う。
「斎藤山城守道三である」
道三入道は少し食い気味で名乗りを上げた。男はそれを冷ややかな目で見ている。
「で、あるか」
男はそれだけを言った。すると、その面長な顔を少し緩めた。
その場に着座する。
「織田上総介信長にございます。遅れて申し訳ございませぬ」
上総介は先程の傲岸なる立ち居振る舞いと打ってかわり、床に手を付け頭を下げた。
短くてすいません。ここしか切るところがありまんでした




