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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第14章 本能寺!!
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第154話 時には昔のことを思い出そうか

【天正七年 明智日向守光秀】


 雨の音は途切れることなく蕭々と降り続け、石段にぶつかり、その音を途切れさせる。

 今日という日は私にとって、大いなる日になる。


 やらねば。


 その為の愛宕百席なのだから。


 戦勝祈願の連歌会。くだらぬなりに面白い。だが、それが今日これほどの意味を持つとは。


 私は、織田信長を殺す。


 まだ始まるまで時間はある。それならば時には、昔のことを思い出そうか。


【天文二十二年 明智十兵衛光秀】


「十兵衛、ぬしはかわっておるのう」


「はっ……?」


 蝮と世間で言われるが、どちらかと問はれれば熊を彷彿とさせる斎藤山城守道三はそれがしに、異なる言葉を向けた。


「聡明である。あの土岐家の血が混じっておるとはおもえぬ」


「はっ。それがし土岐一族といえども、支流でございます」


「フハハっ」


 道三入道は、それがしの手から矢を取ると、勢い良く的に放った。矢は的の真ん中に勢い良く当たった。


 振動で的が震えている。それは決してこの春風のせいではないであろう。


「お見事」


 世辞ではなく、思はず声が出た。


「固いのう。そちは」


「はっ……」


 固い。よくこのお人に言われる。だが、そうだろうか。式目、判例、法度、これらのものは守らなくてはなるまい。それがこの油売が国を盗るような時代の道標。民に治世を見せるための。だが、反面、どうなのであろうか。民が為、治世を迎えるには一種、狂う必要があるのかもしれぬ。


「十兵衛」


 上から降りかかる言葉でふと我に返る。真昼に見える白い月は登る朝日よりも綺麗に見えた。


「お主は考えすぎよ」


 また、矢を取り、的へ向かって放つ。そしていつも同じ言葉が帰ってくる。


 お主は固いのうと。


「そうだ。十兵衛」


「はっ」


 突然、思い出したといわんばかりの声にそれがしは反応する。


「来週、婿殿と会うぞ」


「婿殿……?」


 それがしは始め、それが誰だかわからなかった。


 織田上総介信長という御仁だったか。たしか尾張の大うつけ。


 主君の娘の嫁ぎ先だというのに、それがしはすっかり失念していた。


「ぬしが忘れるとは珍しい」


 フンと鳴らされた鼻がどこかに響いた。


「しかし何故……」


 織田上総介信長。あまりいい噂は聞かなかった気がする。守役の平手中務に間者に踊らされ、謀反の嫌疑をかけて殺したとか。


「尾張をとれるかだ」


「ほう」


 道三入道は、弓を勢い良く地面に刺した。


「尾張の北半分を領有する織田伊勢守家はすでにわれらに降服の意思を伝えておる」


「……そうでしたな」


「また忘れておったか」


 これは傑作とばかりに、道三入道は大口を開けて哄笑する。


「東ではなく、西へ向かいなされ」


「西? 」


「そうです。京へ登って将軍家を助け、実権を握りなされ。殿にはそれだけの力量があります」


 道三入道は、その腹黒な面ばかりが諸国に喧伝されているが、それは誤解だ。この富国美濃を徳をもって治め、善政をしいている。商業を保護するなどを行い、ここ井ノ口を活性化させておる。


 それに、足利将軍家という外側だけの権威なれど、それを有難がるものもまた、天下には多い。なら、足利将軍を表に立て、その裏より政を行うのが、この日ノ本に広がる乱世の種をすべて摘み取り、日ノ本の民を治世へと連れて行けるというものではないか。


 斎藤山城守道三にはそれだけの器量がある。


「固いのう」


 また、だ。


「十兵衛。将軍家などこのまま放っておけば自然に滅亡するわ。ならば、その時の混乱する五畿内を切り取れば、たちどころに天下が見えるわ。力を蓄えるため尾張をとる。その為にも婿殿が、尾張の大うつけが如何なる人物かを見なければのう」


 そう言って、道三入道はそれがしに背を向ける。


 真昼らしく頂点に登った日輪は、その光を果断なくここ美濃国を照らす。


「そうだ、十兵衛」


「はっ」


 道三入道は振り返らない。


「治世の能臣、乱世の奸雄」


「……唐土の曹操ですかな」


「違うなあ」


 道三入道は顔だけをこちらに向けた。口角を右にあげまさに楽しそうな顔をしておる。


「お前じゃ。明智十兵衛」


 それだけいうと、道三入道は笑いながら去っていく。それがしはしばらくここに立っていた。


 からかわれたのか。恐らくそうであろう。だが、反面、本気で仰った、そうとも思える。


 治世はまだ無い。この先、斎藤山城守道三が皆を連れていくものであろう。


 今はまだ乱世だ。


 奸雄。


 この二文字がどうにも頭から離れ無かった。

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