第151話 安土歓待
【天正七年 山田大隅守信勝】
毛利に大打撃を与えて、当初は浮かれていたが、ただ喜んでいられないことも知る。
降伏する豪族の歓待や、領内政治の仕置き、そして中央やほかの管領の噂。
滝川さんが、上野、信濃二郡、本領の北伊勢合わせて八十万石の大名になったのは驚いた。しかも、伊豆、相模、武蔵を領有する北条を寄騎に与えられたとも聞く。
滝川さんに追い抜かれた感もする。
ただ、滝川さんはこれから佐竹、宇都宮ぐらいしか敵がいない。まあこれを封じれば東北を柴田さんと信忠殿との三つ巴で取るんだろうが。
おれは違う。
まだ毛利は百万石以上の領土を持って安芸に盤踞している。しかもこれを倒せば、多分、俺と秀吉と丹羽さん、光秀との九州攻めだ。
あれ。厳しくないか。
……ともかく、おれはまだ光秀を抜くチャンスはあるんだ。
それに駿河を領土に加えた家康も東海の大勢力になった。
今日はそんな七人の管領、将軍である信忠公が安土に呼ばれている。
いや、正確に言えば筆頭である光秀におれらが歓待を受ける。そう、史実における本能寺までのカウントダウンがいよいよ始まるわけだ。
だが、俺はさほど心配していない。
多分、本能寺は起きない。光秀と信長、めっちゃ息ぴったりだし。もう前世からの因縁が浅くない感じだし。
多分、本能寺はない。
頭を掻きながら、安土城に入った。
大広間。そこにはもう全員が集まっていた。
上杉を追い詰めている柴田さん、不足なく内政を行う丹羽さん、東海の大勢力と化した家康、阿波、讃岐、伊予を抑え四国統一を目前とした秀吉、関東を制した滝川さん。全員、大大名たる風格がある。信忠殿は別として俺はこいつらと争わなくてはならないのか。
「お待ちしておりました」
でた。
奥から現れたのは、筆頭、明智日向守光秀。何故か信長はいない。
長い髪は、左目を隠し、しかし後ろ髪も地面にはつかない。
「では」
光秀が右手をあげると、次々と料理が運ばれてきた。
見たことのない料理。その中でカステラも目に付く。まさかこんなところでお目にかかれるとは。しかも南蛮物か。この料理も珍物なのだろうな。
酒もうまい。
「次にこれを」
光秀の合図と共に、能の役者が出てくる。当代一の評判をとる役者だ。正直、何がおもしろいのかはわからない。ただ、役者の足さばき、手の返しといった所作はすべてが流れるように行われていた。
能の演目の間に行われる狂言。これは滑稽で面白かった。
ただ、笑う気にはなれない。
よくここまで。
俺は光秀を見る。穏やかな微笑を携えているだけだ。ここまで見事なまで歓待をこなすとは。これが筆頭にまで登り詰めた男であるということなのか。
横目で秀吉を見た。焦りの色が窺えた。
「お楽しみでしょうか」
光秀は、たおやかな視線を俺たちに向ける。
「ああ。素晴らしいものだ」
信忠公が代表して、その返事をする。
歓待されるものと、歓待するもの、間違いなくここではするものが主役であった。
「では、次なる間へと」
「間?」
俺の発した疑問に光秀は答える。
「間でございます」
答えにはなっていないが。
「いくぞ」
立ち上がった信忠殿の後に続く。しかし、これから何があるんだ。ただのお楽しみ会ではないことは十分にわかっていたが、この不気味な感じはなんなんだ。
一度、天主を出て、庭に行った。さすが安土城の庭であり、とても広く、また置かれている石などにもなにか意味はあるのだろう。俺にはわからないが。
その庭をぐんぐん歩いた先、もうはずれと言っていい場所にその間はあった。
間というか、建物というか、寺。
「これは……」
横で柴田さんが驚いている。なんだ。なんなのだ。
「左様」
光秀が頷く。
「尾張の政秀寺、これを模したものでございます」
政秀寺。たしか、信長の守役だった平手中務太夫政秀を弔っている寺と聞く。それを安土に再現したのか。
「お入りを」
光秀の言葉につられて、その間に入る。
軒先、そこには胡座をかき、頬杖をついている信長がいた。信長はすぐに口を開いた。
「来たか」
信長の命を受けて、全員が車座になる。
一体、何が始まるんだ。
胸の鼓動が徐々に早くなる。
「織田を滅亡より救わねばならぬ」




