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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第12章 甲州崩れ!!
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第138話 森勝蔵長可

【天正七年 山田大隅守信勝】


「ご戦勝おめでとうござりまする」


 よくもまあ、変わりなき狐顔だ。こんなんでも備前、美作の太守というんだから恐れ入る。


 姫路にやって来た宇喜多和泉守直家はいつものように白々しい。


「ふん」


 おれは相変わらず正直者だった。この悪人特有の禍々しさに思わず鼻を鳴らしてしまう。


「八郎は元気ですか」


「恐らくな」


 こいつから受け取った人質の八郎はおれを通じて安土に送った。信長をして

『岡山からの子、涼やかである。格別とせよ』という評価を得ているらしい。


 おれはそいつをこいつに教えていないが。だがまあそれをこいつは知っているだろう。なんたってたって悪党だ悪党は耳がいいもんだ。


「あと、小西弥九郎は使えるな」


「左用ですか」


 八郎を連れてきたというかその供をしていた小西弥九郎行長は商人出身らしく銭感情に明るく口が上手い。


「拙者が見出しましたからな」


 松永弾正や村重、数多の悪党と同じく独特な下卑たある種の笑いを浮かべている。


「まあ、な」


 ふうと息を吐きながら答えたおれはそのまま頬杖をついた。


【天正七年 森勝蔵長可】


 上様に呼ばれた。上様つっても元々は奇妙様でよく遊んだ仲だった。石合戦もしたし、川に入って手づかみで魚を取ったし、野山に分け入って木苺も取った。


 それが片方は征夷大将軍。もう片方はただの城主。


 差がついたのは仕方が無い。だがなんだか釈然としない。わしは金山城主として五万石を拝領しているが、そのほとんどは父の武功によるものだ。


 父は言わずと知れた金ヶ崎の森可成。


 弟は右大将様の小姓である森乱丸。


 兄は既に討ち死にで、わしは織田の重臣たる森家を継いでいるが、如何せん武功が少ない。


 いや、前に行われた岩倉攻めでは武功を挙げた。だが、それは先陣の滝川殿が大手門を叩き割り、わしは乱入して首をとっただけにすぎない。


 つまらない。故に奇妙様に呼ばれても何にも思えない。春風はそよ風として優しくわしと愛馬の肌を優しく撫でる。それに栗毛が揺られるのを見て、溜め息をつく。


 森勝蔵の春は退屈だ。


 溜め息は春風と共にどこかに吸いこまわれていった。


 豊かな深緑を湛える山の頂上に岐阜城はある。安土が中心といえども、ここが幕府の場所であることには変わらないのだ。


 上から下にわしらを睥睨するこの姿はなにか自然な感じがした。


 下馬し、供の者に轡を取らせる。


 山を登るようなこの登城はひどく坂が長く感じる。


 そういえば、奇妙様はえらく山田大隅殿を気に入ってるな。それに最近は、鳥取城を短期間で落としたと聞く。


 奇妙様に見る目があるのか。それともそうではないのか。


「勝蔵よ。見習うなら山田大隅を見習え」


 最近、言われた。確かに摂津を独力で切り取ったのはすごいが、どこを見習えばいいのか。


 わからない。


 いや、もしかしたら奇妙様は山田大隅を取り込みたいのかもしれない。山田大隅は若い。安土の右大将様亡き後、その柱石たらんと欲しているのか。


 それもわからない。


 ようは武功だ。


 わからないことをわかるようになるためには武功を挙げるしか無い。


 ようは武功だ。


「来たか。勝蔵」


 岐阜城の広間は脇にたくさんの家来が居並んでいる。個人的にいえば、一度登ったことのあるあの安土の八角形の間。あれは良かった。悪趣味だなどと密やかに嘯く奴らもいたが、わしにはそうは思えない。


「茶室に参れ」


 茶室。どういうことだ。


「上様。拙者は茶などできませぬ」


「いいから来いっ!」


 少し大きな声で上様は言うと、そのまま立ち上がり、歩いていった。


 仕方が無い。


「玄以殿。案内してくれ」


 上様に仕える僧で前田玄以殿は頷いた。


 奇妙様は何がしたい。まさかわしと友宜を暖めたいわけでもあるまい。


「茶室は便利ぞ」


 奇妙様は幼いときと変わらない顔をわしに向けた。


「茶室ではこう二人で話せる。ぬしが茶をできぬことは存じておるよ」


 やはり、柔らかい笑顔を向けた。


「そうしてだ」


 奇妙様は脇から地図を出してきた。見たところ甲斐、信濃の地図らしい。


「武田大膳大夫、新府に城を築いた。新府は笛吹川を臨み、故郷諏訪、伊奈に繋がる。これを長期的に居座れては武田の国力が肥大となる」


 まるで説明口調だな。生真面目なところも変わらないらしい。


「して、武田を攻める」


「ほう」


 坂祝で大損害を被った武田家だが、いまだその国力は強固だという噂だ。


「尾張、美濃、伊勢、三河、遠江の諸軍を率いて攻める」


 なるほど。五万にはなろうか。


「先陣は勝蔵。ぬしに任せる」


「まことですか」


 思わず声が漏れた。あの武田相手にわしが先陣か。


「まことよ。東美濃衆、尾張衆の一部をぬしの麾下に加える。一万にはなろう」


 一万。そのような軍をわしに。


「必ず手柄を立てるんだ。よいな」


「しかしなぜ拙者に」


 ふうと奇妙様は息を吐いた。


「この武田攻めを期にし、わしは力を強める。勝蔵。ぬしはわしの柱石となると信じているからな」


 次の政権などは目には見えない。だが、武功だ。武功の好機がめぐってきた。







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